第5話 秋を迎えた加納幸助。

5000発はあっという間に終わる。

加納幸助は残ったたこ焼きと、唐揚げと未開栓のビールを見て辟易とする。


横で女は呆れるように「君っていつもそうなの?」と話しかけてきた。

女を見ると、荷物は綺麗さっぱり片付いていた。

缶チューハイは空き缶で、つまみは無くなっていた。


「たこ焼き、あれだけ一個にこだわったのに残してる。唐揚げもだね。冷めて不味そうだし、ビールも欲張って買うから残って温くなる」

その通りなのだが、加納幸助はプライドの高さからそれを認めたくない。

たこ焼きにしても、お得感のあった8個にしたかったし、からあげも大カップに入った方のが、どう見てもコスパが良かった。ビールだって6本入りを買った方が1本辺りが安かった。


加納幸助が自分は間違っていないと思っていると、「身の丈に合った買い物をする。大事よ?」と言った女は、手を伸ばすと「ビール、温くてもいいや。くれるならたこ焼きと唐揚げを手伝ってあげる。捨てたら勿体無いわよ」と言われて、加納幸助は女に缶ビールを1本渡して唐揚げとたこ焼きを半分食べてもらった。


花火大会の帰りは動きが鈍くて、まだ周りに人はいるし、ヤンチャな高校生は花火を買ってきて、個人花火大会を始めている。


そんな中、名前も知らない女と温いビールを片手に、冷めたたこ焼きと唐揚げを食べている。


不思議な時間だった。


加納幸助は改めて女を見た。

やや痩せ型だが身長は高い。

胸まで伸びたロングヘアに目がいく。


顔は整っているわけでも、整っていないわけでもない。

この声かけに意味があるのならと加納幸助は考え始めていた。


「まあ言われたら受け入れてもいいな」


そう思った時に、「図々しい」と言われる。

女の顔に目を戻すと、「イケメンでもないのに人を値踏みしない」とジト目で言われる。


慌てて誤魔化そうとしたが、女には通用しなかった。


「君、彼女どころか友達も居たことないな?」


加納幸助が慌てて「え?」と聞き返すと、「この花火大会もバカにしてたでしょ?」と言われる。


加納幸助が「そ…それは5000発だから」と言ったら、女はため息を吐きながら「あのねぇ、バランスでしょ?ここの規模に合っていれば関係ないの。カメラと一緒だよ。良いカメラを持っていたって、撮れなきゃ意味ないの」と言い、「そんなだと、何を見ても感動しないよ?君は花火を見て感動した?「やっぱり5000発は」なんて思ってるようじゃダメなんだよ?私はあの花火を見て、明日からまた頑張ろうって思えたね」と言った。


加納幸助は女の言葉に雷に打たれたようなショックを覚えた。顔に出ていたのだろう。女は達観した顔で「全てに感謝して、全てに感動しなさい」と言う。


加納幸助は負け惜しみではないが、女に向かってせめて「お前こそ人の顔を見ているじゃないか」と言いたかったが、また先読みされるように、「私は視野が広いの。仕事柄そうなったの」と言って立ち上がると、「じゃあね。ゴミは捨てておいてあげるよ。残りのビールは持って帰って冷やして飲みなさい」と言って、女は立ち去ろうとした。


加納幸助は慌てて女を呼び止めると、「名前」と言った。


女はクスりと笑って「初対面で名前を聞くなんて野暮な子だね」と言うと、「私はこの街に住んでいるし、この街で仕事をしてる。縁があったらまた会える。名前はその時にね」と言って、ゴミすら楽しそうに持って歩いて帰っていってしまった。



翌日、加納幸助は朝から彼女がいてもお構いなしで、宮澤優に連絡をする。


連絡を貰った宮澤優は、盛大にアテが外れていた。


きっと加納幸助は地元の花火をバカにする。

ビールやつまみ一つにしても、「みなとみらいやびわ湖なら」と言うだろうと思ったが、花火で出会った謎の女が加納幸助を変えていた。


アテは外れたが良かったと思い、受け入れた後はそれはそれで厄介だった。

加納幸助は地産地消といった言い訳の下に、飲み会も食事も全て地元で行った。


なんとしてでも謎の女に再会して、名前を聞きたいと思っていた。


夏休みを終えて、秋が始まっても女は見つからなかった。加納幸助の「絶対に再開できる」という自信はベキベキにへし折られていた。


狭い街だから女くらい見つけられると意気込んで居たのに見つからない。


宮澤優の「もしかしたら家庭の事情で引っ越したのかもしれないぞ?」という言葉にも、加納幸助は反応しない。

今もカメラに残ったあの女の撮った一枚の花火写真を見てため息をついていた。


「そんなに見てたいなら、現像して部屋に飾れば?」

加納幸助は何を思ったのか、それを聞いてA3サイズにしたいと言い出した。


「お前、そんなに大きくしてどうすんだよ?それ、もうコンビニじゃなくてお店に行くしかないやつだぞ?」


呆れながらも宮澤優は面倒見がいい。

加納幸助に着いていく形で、街の写真館に入る。


写真館なんて子供の頃しか来なかったが、時代背景なのだろう。

軒先にデジカメプリントやってますと書かれていた。

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