第4話 横に座った女。
花火大会当日、加納幸助は憂鬱ながら最大効果を狙おうとして、高級カメラを持ち出していた。
これもカメラがあれば何か変わるかもと始めたが、試写と称して親の金で京都まで行って、カメラおじさん達にアレコレ口出しされて嫌な気持ちで終わらせていた。
首から高いカメラをぶら下げて河川敷まで歩くと、あまりの人の多さに辟易としてしまう。
みなとみらいの混雑の比ではないが、それでも人は多いし、この規模の花火大会なのに、なんで皆して来るのかと首を傾げたくなる。
花火会場が近づくと露店が出てくる。
加納幸助はお祭り割り増しのビールと、たこ焼きと、唐揚げを買って歩き、とっくに埋まった特等席は無理でも、そこそこ花火が綺麗に見える場所を取れたと思った。
花火が始まるまで食べながら待つか、花火会場とビールの組み合わせで、写真でも撮ろうと思っていると声をかけられた。
少し年上の女、暑いからかショートパンツにノースリーブの出立ちの女は、「お兄さん1人?」と聞いてきた。
加納幸助が頷くと、女は「場所ないから近く座っていいよね?」と言って、加納幸助の返事を待たずに座る。
女の距離感に加納幸助はタジタジになりながら、ビールとたこ焼き、ビールと唐揚げの写真を撮って、出来栄えにホクホクしながらスマホに転送して、ネット投稿を行なっている。
「お兄さんもネット人かぁ」
そう言った女は、呆れるように加納幸助の手元を見て、「来れない人の為には、空気感を伝えるのって大事だけど、人の為に撮ってるんじゃなかったらそれいる?」と言って笑い、「会場の空気、暑く湿った中のビールとおつまみ。それで十分じゃない?」と続けてから、「たこ焼き頂戴」と言って、返事も聞かずに勝手に一個を食べて、「熱、おいし」と言うと缶チューハイを飲んでいた。
「俺のたこ焼き…」
「8個もあって一個取られて怒るなって、そんな高いカメラを持ってるんだから、たこ焼きなんて安いでしょ」
女はシレッと言い返すと、「夏、あちー。酒、おいしー」と言って、草原に足を伸ばしている。
不思議な距離感に負けじと、女に向かって「俺のたこ焼きを食べたんだから、何か返してくれ」と言うと、女は自分の袋を見て「んー…釣り合うのはないかな?」と言って笑い、「そんなにたこ焼き好きなの?一個なくなると、願い事とか叶わなくなるの?」と言った。
加納幸助は女の返事に苛立ちながら、「袋を見せて」と言って手を伸ばす。
「えぇ?女の子の荷物を見たがるのは、変態さんのすることだよ?」と言った女は、「仕方ないなぁ」と笑って袋を見せると、確かに手を出しにくいつまみが多い。
唯一交換できそうだったのは、2本あった冷やしきゅうりだったので、指差すと「えぇ?釣り合わないよ」と言われてしまう。
加納幸助は、今まで得をして終わらせてきたので、相手の損を気にしなかったし、等価交換の意識も足りない。
女は「仕方ない」と言って、加納幸助の唐揚げも一個貰うと、「これで釣り合うでしょ。私はそんなに食べたくない唐揚げも貰った。これでちょうどよ」と言って、缶チューハイを飲む。
加納幸助は渡された冷やしきゅうりを片手に、「こっちのが損だ。これがみなとみらいや、びわ湖ならこんな事は無かった」と思っていた。それでも食べた冷やしきゅうりは、温くなり始めていたが冷たくて美味しかった。
加納幸助は、側に女が居るのに会話もなく、自分が放っておかれるような感覚が不快だった。
今、加納幸助の中では比較対象がおかしいが、これが母親なら話を聞いてきて、自身を引き立てたはずだし、宮澤優なら声をかけてくれる。
ここでふと宮澤優の事を思い出して、たこ焼きの写真を送ると、「行ったのか。これで何か変わるといいな」と返信があった。
「彼女?」
また女に話しかけられた。
加納幸助は「違います」とだけ返して花火を待った。
花火大会は開会式なんかがあって、なかなか打ち上がらない。
ようやく打ち上げられた花火はとても綺麗で、音と振動が下っ腹に響いてきた。
加納幸助は、慌ててカメラを出して撮ってみたが、ブレてしまって綺麗に撮れない。
横で女の笑い声と共に、スマホのシャッター音が聞こえると、「ほら、写真はスマホでも綺麗だよ」と言いながら撮った写真を見せてきた。
加納幸助は顔を赤くして、捲し立てるように「スマホはセンサーが小さいから、被写界深度が…」と言いかけたところで、「センサーが小さかろうが、綺麗に撮れれば十分でしょ?そのカメラで撮った写真は何かに使うの?ポスターにするの?大会に出すの?違うよね?」と言い返される。
何も言えないところに「何?カメラのことも知らないでよくもって?」と言いながら、女は「貸して」と言ってカメラを持つと、「キットレンズ?ストロボ禁止?」と呟いて、呆れながら「ISO感度を引き上げて、三脚無いんだからシャッタースピードは速める」と言って撮ると、同じカメラで撮れた写真とは思えない出来栄えの一枚が撮れて、加納幸助は何も言えなくなった。
「カメラ、好きならレンズを見直して、後は被写体に合わせた設定を勉強しなさい」
そう言って「肉眼に勝るモノなしよ。キチンとその目で見て感動しなさい」と続けると女は花火に戻った。
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