第25話 気まずさと弱さ…
夜のバイトが始まるまでのわずかな時間。
そんな隙間のような時間をソウタの家で過ごすのに慣れたカナデ。
それでも未だに慣れない事が一つあった。
「ちょっ…」
「…痛い?」
「痛くは無いねんけど…う~ん…強いと言うか…」
今日も後ろからガッツリとソウタに抱え込まれたカナデ。
そう言えば、前もこんな形でソウタ抱え込まれた事があったと、ソウタの甥っ子達と一緒に山のような状態になった日の事を思い出した。
ハグと言えば、付き合う前はソウタの犬化で横から抱え込まれる事はあった。
けれど今のように全体的に密着するような形になったのは付き合ってからだ。
改めて今の状況を冷静に考えカナデ。
背中越しに感じるソウタの体温の高さ、お腹に回る太い腕の強さ。
それらを強く感じると心臓がギュっと鷲づかみにされるような感覚に覆われる。
「ソ、ソウタ…」
「ん~?」
照れた気持ちもあったから、その戸惑いをソウタに軽くぶつけてみる。
けれど返っては腕の力強さとは真逆のような間延びした声。
そんなソウタのギャップに笑みが零れると共に、柔らかな居心地の良さも感じる。
それでも少し前から、この心地の良さの中にほんの少しだけ違和感が混じるようになった。
そう。
最近のソウタは少し変だ。
だからカナデは素直にその言葉を口にした。
「なぁ、ソウタ、何かあった?」
「え?何も無いけど…なんで?」
「何となく、やねんけど…」
「ナントナク…」
ソウタはカナデの言葉を繰り返えすと、さっきより強く彼女に抱き着いた。
そう、何となく…。
さっきはそうんな言葉で濁したが、カナデは気が付いていた。
この所、ソウタは自分のスマートフォン…いや、スマートフォンに届く通知を気にして妙に落ち着かないらしい。
「誰…やろ…」
「え?」
「ううん、別に何もない」
ソウタがスマートフォンの通知を気にしている…。
相手は誰?
浮気?
「…は流石に無いかぁ」
「??」
情けなくも、ソウタを疑う気持ちが湧いてくる。
カナデはソウタに抱えられながら、小さく息を吐いて気持ちを切り替える。
カナデはゴソゴソと身体を動かし、ソウタへと振り返る。
何となくソウタの顔が見たくなったからだ。
(ソウタはそんな事する人ちゃうしなぁ。もしあるなら本気…とか?)
突拍子もない答えに行きついたカナデは勢いよくソウタの腕を振りほどき抜け出だした。
「え?何、カナデ、急に何?」
「ソ、ソ、いや、いや、ちょ、流石にそれは飛躍しすぎや」
咄嗟に自分の考えを否定するカナデ。
それと同時に、今の自分はまるで漫才の独り突っ込みの様だと、どこかで冷静に俯瞰が出来ている自分も居た。
「カナデ、さっきから何なん?急にどした?」
カナデの内情を知る由もないソウタは、ただ目の前の彼女の様子に戸惑いを表す。
(ごめん、何も無いねん)
カナデがそう言いかけた時、その気を逸らすかのように、ソウタのスマートフォンから通知音が聞こえた。
「あぁ…」
まるでその通知を待っていたとばかりに手を伸ばすソウタ。
そんなソウタの行動を目の当たりにしたカナデは、咄嗟にスマートフォンを手を伸ばした。
「え?わ、ちょっと、え?カナデ?」
思いもよらないカナデの行動にソウタは戸惑いの声を出す。
「だ、誰や!」
「え?誰ってぇ…」
「あ、相手は誰や!」
取り上げたスマートフォンの画面をソウタに押し付けるカナデ。
「誰って…?」
カナデの突拍子の無い言動で、ソウタは自分が何か疑われている事に気が付いた。
「あっ…まさか…」
その事に気が付けば、なぜカナデが複雑な表情を浮かべているのかが分かった。
怒りのような、嫉妬のような…。
そう言えばそうだった。
カナデは俺とミナトの前だけ自分の感情を表に出す。
だからこうして、彼女の抱えた感情がそのまま自分へと向けられているのだ。
「ちゃうって、何もないって」
ソウタは少し笑みが零れそうになるのを我慢して答えた。
そんな間の抜けたソウタの顔に、カナデは少し拗ねたらしい。
ムッとした顔で自分の思いの感情をぶつけて来た。
「は?何も無いって、何が無いの?」
「えぇ~?」
「最近のソウタちょっと変や!だって…って、あっ」
カナデの言葉を最後まで聞かず、ソウタは再び彼女を強く抱え込んだ。
(なんかそう言う所が可愛いねんなぁ…)
抱き寄せたカナデの小さな肩が可愛い。そう思うとダメだった。
ソウタは有無も言わさず横向きに抱え込んだカナデに、ニヤニヤと笑みを我慢しながら、ぐりぐりと頭を撫でつけた。
「ちょ、ソウ…ウグッ!!」
「カナデェ~」
「ぐへぇ、出た、犬化!、ちょ、待って、強い、強いって!」
「あはは、この感じ久しぶりやなぁ」
「ちょ、あはは、そこは、首はこそばいって、あはは、ひぃ~!待って、アカン、ちょ、やめぇって!」
「あはは」
ひぃひぃと笑いをこらえながらソウタを引きはがそうとするカナデ。
きっと付き合う前なら黙って思うままに剥がされていた。
けれど今は違う。
だってソウタは、カナデの彼氏なのだ。
こちらから離れる気は更々無い。
「ちょ、ソウタのアホ!」
カナデは手にしたスマートフォンを床に置くと、全く離れる気の無いソウタに少し怒りながら両手を使って彼氏の顔を自分からぐぃっと引きはがした。
「もう!」
「えぇ~」
カナデの嫌がり様に少し、いや、かなり凹んだソウタ。
「そんなに嫌がらんでも…」
そう言いながらカナデの様子を伺うと、そこには顔を真っ赤にさせたカナデが居た。
そして少し涙を浮かべながら恥ずかしそうに俯いている。
「だから、首はアカン」
首をさすりながら、急にしおらしくなったカナデ。
そんなカナデの様子に、自分の理性を一瞬で奪われたソウタは、再び強引に彼女を引き寄せていた。
「カナデ…」
少し乾いたような声が漏れるソウタ。
「え、ちょ、痛いけど!」
目一杯の力がこもっていたらしい。
カナデの突っ込みの声で、なけなしの理性を取り戻したソウタは力を緩めて、改めてギュッとカナデを抱え込んだ。
「ごめん、でもちょっとだけこのままで…」
ソウタはカナデのこめかみに唇を寄せた。
(急に大人しくなったで、ソウタ犬…)
カナデがそんな突っ込みを心で入れていると、空気の読まないスマートフォンは、再び通知音を鳴らしてきた。
「あ…、また…」
「いや、今のはメッセージアプリやから」
「え?」
カナデの戸惑いをよそにソウタは手にしたスマートフォンの画面を確認する。
「あぁ、カワスミさんか…。今日は店が混んでんねんて」
「え?」
「ほら」
ソウタはカナデにメッセージ画面を見せた。
「あぁ、うん、ほんまやね…」
「なんか、時々、店の様子を教えてくれるねん」
「…んで?」
「え、何?」
「なんで?」
「え?」
「なんで?って、いつから?」
「なんで?って…なんでやろ…?いつから…は、最近になってからやけど…?」
「そう…なんや」
何故だか少し落ち込んだ様子のカナデ。
そんなカナデを見たソウタは、ハルナと連絡先を交換した時の気まずさを思い出した。だからそれを誤魔化すように、バス停まで送ってもらった日の事を話し始めた。
「…それで、そこから時々連絡が来るようになって。んで、返事を返すようになってんけど…」
「…知り合いやったって…言うのは?」
あの日の事は全部話したつもりだった。
けれど、肝心のハルナとの関係は言葉を濁したままだった。
それは何となくカナデが気にすると思ったから。
「実は…って事も無いねんけど、カワスミさんは、前に俺が話にしたサエちゃんの妹で…」
「えっ?」
「あ、う~ん、俺が高校の時、マネージャーやったサエちゃんに誘われて試合を見に来た時に知り合ったと言うか、その時から知り合いと言うか」
「…」
「それでたまたま、そうなって連絡先を交換したから…」
「…」
「って、カナデ?」
先日から抱えていた、言いようのない後ろめたさの感情を誤魔化すように、言葉を続けていたソウタだったが、流石にカナデの反応が無い事に気が付いた。
「あ、もう直ぐバイトの時間やし、帰るわ」
「え?まだ四時半やけど」
「あぁ、ちょっと早く行こうかなって」
突然帰ると言い出したカナデ。
それに時間はまだもう少しだけあると聞いていた。
戸惑いから言葉が続かないソウタ。
「混んでるって書いてたし…」
まるでソウタのスマートがそう言っているとばかりに、ソウタから離れて立ちあがるカナデ。
急によそよそしくなった彼女の様子に、ソウタは何も言えず、ただ黙って見る事しか出来なかった。
「見送り、大丈夫やから。じゃ行って来るわ」
「あ…うん…」
上着に袖を通し、キャップを深く被ったカナデが部屋から出て行く。
そして玄関のドアがカチャリと音を立てると、程なくパタンと扉の閉じた音が聞こえた。
カナデはソウタの顔も見ずに、視線も合わせずに離れて行った。
「…」
ソウタはここに来て、今日のカナデの様子を振り返った。
さっきのカナデは多分じゃなくて怒っていた。
スマートフォンの通知音の多さ?
それだけで怒るだろうか。
カワスミさんからの連絡の多さ?
そんな事で怒るだろうか。
そして先日から、自分の中の何が気まずさを作っているのか。
分からない自分の感情にソウタが頭を悩ませていると、再びスマートフォンの通知音が鳴った。
あれだけ待っていたメールの通知。
けれど今は以前ほど喜べない感じがした。
そんな複雑な思いのまま覗いたスマートフォンの画面を覗いたソウタ。
「良かった、間に合った…」
ずっと待っていた、「商品発送のお知らせ」と書いたメールの中を確認する。
どうやら自分の注文の品が無事に発送されたようだ。
ベッドに座っていたソウタは、その安堵さからゴロンと横になった。
「カナデ…」
ぶつけられる感情なら受け止める事は出来る。
けれど、まるでさっきのように「まるで何も無かったかのように」突き離されると、どうしていいか分からない。
もし…。
この足が怪我をしてなかったら。
足の怪我さえなかったら、離れても追いかる事が出来るのに。
そんな事を考えれば、ソウタは自分が何も変わっていない事を自覚した。
入院先からカナデに愛を伝えた事で、自分は変われたと思っていたのに、どうやらそうじゃなかったらしい。
自分は高校の時に怪我をした、あの時のまま、何も変わっていない弱い人間なのだ。
ソウタはベッドの上で慣れた天井を見つめながら、改めて自分の弱さを痛感していた。
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