第24話 とある水曜日の偶然(2)
「ソ、ソウタさん、お久しぶりです!」
「わっ⁉」
突然目の前に現れた制服姿の女子高生にソウタは驚いた。
だけど良く見れば知っている人物だ。
「あぁ、びっくりした~。カワスミさんか。うん、久しぶり…になるのかな?」
「はい、お久しぶりです」
ハルナは笑顔で返事をするも、ソウタとの久しぶりのやり取りに、緊張もしていた。
それにソウタにとって自分はどんな存在なのか…。
そんな事を聞いてみたい気持ちもあった。
けれど今はその気持ちをグッと押さえ、ソウタを気遣う言葉を発した。
「…怪我でバイトを休まれてるって、聞いてたんですけど…松葉杖、大変そうですね」
「あ…うん、ちょっと事故にあって、それで骨折になってもうたから」
「…バイト先で少しだけ聞きました…。それで、怪我の具合はどうなんですか?」
「うん、順調やで。まだ2か月近くは、このままやろうけど…」
「…。そう言えば、高校生の時も怪我されてましたよね…?」
そんなハルナの無邪気な質問は、ソウタの心を小さく揺らした。
けれど、そんな些細な動揺はハルナには伝わらず、ソウタの怪我をした足を見て心配そうな顔を浮かべていた。
「あ~。う~ん。俺ってちょっと抜けてるかもなぁ…」
ソウタは自分の些細な動揺を打ち消す言葉を、少し自虐の混じった言葉で、冗談を言うかのように軽く返した。
「っ、すみません。そんな事無いと思います!いつも凄い助けてもらってます!」
「そ、そっかぁ。うん、どういたしまして…」
さっきから何となく気まずい雰囲気を感じているソウタは、早く会話を終わらせて家に帰ろうと考え、話題を変える事にした。
「あ、雨、降ってきたんかな?」
「え?あぁ。はい。でも、そんなに振ってなかったですよ?」
「雨かぁ…」
「?」
「いや。傘、持ってきてないなぁって…」
苦笑いを浮かべながら、答えるソウタを見たハルナは、手にしていた傘を差し出した。
「だったら、これ使って下さい!」
けれど、そんな善意の思いも、今のソウタには少し重いものがあった。
それに…。
「え?いや、大丈夫やで。そもそも俺、傘さされへんねんし…」
「あ、松葉杖…」
「な~」
「すみません…」
「ううん、なんかごめんな。ありがとうな」
軽いお礼を告げるソウタの返事は、柔らかいものだったけれど、ハルナは落ち込んでしまった。
ソウタはそんなハルナとの会話に、さっきから気まずいものを感じていた。
それは目の前の彼女が落ち込んだからでもなく、自分が怪我をしたからでもない。
それに雨が降って、傘が無いからでもない。
そう。
それは目の前で落ち込むハルナは、ソウタの失恋の相手であるサエちゃんの妹だからだ。ソウタはサエちゃんと距離を取った時に、まだ消化の出来ない、そんな気持ちを抱えていた。
それは高校を卒業しても続いていたし、カナデと付き合うまで自覚もないままに抱えている物だった。
だからバイト先でハルナと再会した時、ソウタは勝手に気まずいものを抱えてしまい、彼女とは周りが気にならない程度の距離を取っていた。
けれど今のソウタは失恋を乗り切り、彼女が出来た。だから、そんな気まずさを抱える必要はない。それでも時間が巻き戻るような感覚になるハルナとの会話は、まだ少しだけ重いものがあった。
自分の過去の失恋は癒えたはず。
けれど、それはカナデが側に居るから癒えたと思える程度のものらしい。
ソウタはそんな自分の女々しさに呆れつつも、早くこの場を抜けたい気持ちを持っていた。
「じゃ〜、俺は雨が小降りの内にボチボチ帰るかな」
「お、送ります!」
「え?」
「私が傘をさして、ソウタさんの家まで送ります!」
「いや、流石にそれは…」
「大丈夫です!」
やんわりと断るも、それを気にもせず、何故か得意げな表情を浮かべるハルナの顔を見たソウタは、少々呆気に取られた。
けれどその得意げな表情を見ると、甥っ子のマナブの事を思い出してしまい、「プッ」と吹き出してしまった。
「ええぇ~?」
「いや、うん、ごめん、ごめん。ありがとう。大丈夫やで俺、大人やし」
吹き出したソウタに戸惑い、眉を下げて困った顔をしたハルナ。
ソウタは何となく微笑ましいものを感じ表情を緩めた。
そんなソウタの柔らかな顔は、ハルナの恋心を撃ち抜いた。
ハルナは自分の心臓の音がソウタにバレるのでは無いかと、心配になるくらい動揺した。
けれどそんな恋心を、彼女が居るというソウタに伝えるのは、あまりにも無謀である。
もっと冷静み作戦を立てて、対象しなければならない。
ソウタを諦める気持ちの無いハルナは、どこかでそう考えつつ、なけなしの冷静さをかき集めて、今、どうするべきなのかと、考えを巡らせた。
そしてソウタの足を見て気がついた。
「で、でも、それ雨に濡れて良いんですか?」
「え?」
「足の、それ、濡れたらまずく無いですか?」
「あ〜それはアカンっぽい。でも今日はバスで帰るわ」
「え?バス…?」
「うん、歩くよりマシやと思う」
「じゃ、バス停まで送ります!」
ハルナにすれば、兎に角ソウタと一緒に居たい。
こんな風に話せるのは、これが最後かも知れない。
ハルナは思わず口にした自分の提案の良さと、自分の度胸の良さに自信が湧いてきた。だからソウタの返事を待ちながら、得意げな顔で肯定の返事を待っていた。
そんなハルナの顔は、やっぱり甥っ子のマナブの得意げな表情と似ている。
気まずさはあるものの無碍に断るのは悪い気がして、今回はその提案を受ける事にした。
「じゃあ、バス停までお願いしてええかな?」
待っていた肯定の返事を受けとったハルナは、「はい!」と大きな返事をしてソウタの横に並んで、二人でゆっくりとバス停に向かって歩き出した。
(こんな時間がずっと続けば良いのに…)
そんなハルナの思いはすぐに打ち砕かれた。
駅から出ると、ものの数分でバス停に着いたからだ。
離れがたい…そんな思いは強かった。
だからやって来たバスにソウタが乗り込むと、ほぼ勢いだけで、ソウタの後ろに続けてバスに乗り込んだ。
「え?」
「あ、いや、家まで…と」
後ろに続くハルナに驚きながらも、彼女をこのまま降ろすわけもいかず、自分の同行者である事を周囲に匂わせた。
そんなソウタの気遣いに、ハルナは自分のお節介が過ぎた事を理解した。
「いえ、なんか強引でしたかね、すみません」
「いや、気遣いは嬉しいよ、ありがとう…でも、ここまでしてもらうのは…申し訳無いと言うか…その…」
さっきから自分は空回りしているかも知れない。
ハルナは少し冷静になって考える。自分の言動はお節介が過ぎたのだろう。
ソウタの優しさにハルナは落ちみ、何も言えず黙って俯いてしまった。
そんなハルナの様子を見たソウタは、自分の言い方が少し悪かったかも知れないと思い、甥っ子達にするように、彼女の頭に手をぽんと軽く乗せて励ました。
「でも、ありがとうな」
そんな柔らかな衝撃は、ハルナの肩をビクっと揺るがせた。
もしかして、自分はさっきからソウタに迷惑をかけているのかも知れない。
けれどソウタは今も昔も変わらず、いや、初めて会った時からずっと、何も変わらず自分に優しい。
そんないたたまれ無い思いに、ハルナは何かが溢れだしそうで、ぎゅっと口を結んで耐えていた。
「家じゃなくて、バス停まででええよ。降りたら駅まで一人で戻れる?」
俯く頭の上から聞こえるソウタの声は、相変わらず柔らかな声だった。
ハルナは、コクコクと頷くしか出来なかった。
そんなハルナの頭に、さっきと同じ柔らかい重さが、ぽんと乗っかった。
それを合図にするかのように、ゆっくりと顔を上げると、昔と同じく、屈託なく微笑むソウタの顔が見えた。
ハルナはソウタと目が合うと、再びぎゅっと口を結んで、今度は涙が溢れないように目をぎゅっと閉じて、バスの揺れに流され無いように力を入れて踏ん張った。
バスに揺られて程なく、ソウタの動く気配と共に、降車のボタンが鳴る音がした。
どうやら次が最寄りのバス停らしい。
やがてバスが止まり、転ばないように気を付けながらバスから降りた。
そしてそのまま反対車線のバス停へ向かうべく、二人連なって近くの信号まで歩き、横断歩道を渡った。
ハルナは黙って歩くソウタの後をただ黙って着いて行くしか仕方がなかった。
駅行きの時刻表を確認すると、少し前にバスが出たばかりらしく、次のバスが来るまで10分ほど時間があった。
「行ったとこみたい。俺のせいで遅くなってごめんな」
「こちらこそ、勝手に着いてきてすみません」
「あの…別に何もやましい気持ちとか、そんなんじゃ無いねんけど…」
「はい」
気まずそうな表情を浮かべるソウタの様子に、ハルナは益々萎縮してしまう。
だけど続けられた言葉は、ハルナにとって悪い話では無かった。
「え〜っと。ちゃんと帰れるか心配やから、俺の電話番号渡すから、家に着いたら連絡くれへん?ワンギリでも良いから」
「え?」
「あ、いや。もし何かあったら、俺もカワスミさん…サエちゃんに会わす顔無いし…」
「あ、そっち…ですか…」
もしかして、もしかしなくても、ソウタの連絡先を手に入れる事が出来るのでは?
ハルナは一筋の希望の灯りが見えた気がした。
「…えっと…?」
「あいえ、大丈夫です!ID、電話番号と、アプリのIDも交換しませんか!」
「あ、え?別にそんな感じじゃなくて…」
「いえいえ、大丈夫です、メッセージ送ります!」
「えっと…じゃ、これ俺のやけど…」
「はい!ありがとうございます!すぐメッセージ送りますので…」
「あ…早っ」
「はい、これ私です!よろしくお願いします!」
先ほどまで落ち込んでいたのは何だったのか?
思いがけずソウタの連絡先を手に入れたハルナは、この世に春が来たとばかりに浮かれてしまい、急に元気になった。
落ち込んだり、喜んだり。
気分がコロコロと変わるハルナの様子を呆気に取られつつ眺めていれば、彼女の行動は、やっぱりマナブに似ている…。
そんな事を思えば少しだけ気まずさが和らぎ、ソウタはハルナの嬉しそうな顔を微笑ましくも感じていた。
だからソウタは気が付かなかった。
自分の抱えている気まずさは、自分の女々しさだけでは無い事に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます