第23話 とある水曜日の偶然(1)

とある水曜日の午後。

ハルナは失恋の悲しみにくれていた。

と言うのも、ずっと好きだった年上の男性に彼女が出来たと、耳にしたからだ。


ハルナは駅前のドーナツショップに友人であるユリを呼び出した。

そして大量に注文したドーナツを片っ端から手に取ると、ただひたすら何かを飲み込むように、ずっとドーナツを頬張っていた。


急にハルナに呼び出されたかと思えば、目の前で大量のドーナツを胃袋に押し込んでいる。ユリがハルナの言動に戸惑うのも無理はない。


「…っと、ハルナ?」


戸惑い気味に自分の名を呼ぶユリの耳。

ハルナは手にしたドーナツをお皿に戻すと、アイスティーを一気に半分ほど飲んで語り出した。


「だって、ソウタさんは中身で選ぶ人やと思ってたのに…」

「…?」

「あんな顔だけの人が彼女とかありえへん…」

「えっと?」

「なぁ、ユリ!あの人、ちょっと大人しそうな美人やな~?と思ってたら、速攻でソウタさんに手を出すようなタイプやってんで?」


ハルナは言いたい事を言い切ると、少し涙を浮かべながらアイスティーを物凄い勢いで飲みだした。


なるほど。どうやら友人のハルナは失恋をしたらしい…。

相手はソウタで、ソウタの彼女は一見大人しそうな美人の肉食系と。

ユリは言葉を選びながらハルナに声をかけた。


「あ~それは、あざといな。私は大人しい女の子ですって演じてたんちゃう?」

「やっぱそうやんな?もしそうやったら、絶対に性格悪いと思うわ…」


速攻で手を出す女に性格が良い女はいないと、ユリはうんうんと頷く。


「でも、そんな性格悪いんやったら、直ぐに別れそうやん」

「やんなぁ…。性格悪いんやったら早く気が付いて欲しいけど。

でもなぁ、なんかソウタさんって、お人よし?って感じやから、騙されそうなタイプかも」


なるほど。

肉食女子に餌食になった草食系ソウタさんか。

だとしたらハルナにすれば、随分と生々しくキツイ話だと、ユリは友人の恋を気の毒に思う。


「ってか、そもそもハルナとソウタさんの接点って何なん?」


そもそもハルナの好きな人の事はあまり教えてくれなかったしな、とユリは思い返す。確か年上なので、そでれ話題にしにくいのかと思っていたけれど…。


「だってソウタさんって大学生やろ?バイト先が一緒なんは知ってるけど、うちら友達になるより前にハルナはその人の事が好きやったやん。

だからあんまり詳しい事は聞いてないしな。いつから好きやったん?」


そんなユリの言葉に、ハルナは少し考え込むようなそぶりを見せた。


「あ、言いにくかったら別にええねんで」

「うん。別に隠す事でも無いから大丈夫やで」


ユリの気づかいにハルナは苦笑いで答える。


「ソウタさんはな、お姉ちゃんの…高校の同級生やねん」

「へぇ…」




*****




それはハルナがまだ中学2年の頃の話だった。

二つ年上の姉のサエに誘われて、姉の高校の近くにある河川敷のラグビー場へと出かけた。

その日はそこで練習試合をするらしく、ギャラリーが居ても大丈夫と言われたので、友人とラグビー部のクラスメイトを誘って観戦にやって来た。


「へぇ~河川敷にこんな場所あるんやな、俺、知らんかったわ」

「こういう場所で練習とかええな。気持ちよさそう」

「あはは、あんたらテスト休みで良かったな。こんな機会でもなかったら、うちらと一緒に来られへんで。な、ハルナ?」

「まぁまぁ、とりあえず、先にお姉ちゃん探さんと」


がやがやと少々騒ぎながら、中学生の男女四人。

彼らはまずはハルナの姉の探そうとラグビー場の近くを歩いていた。


するとハルナ達の後から自分達を呼びかける声が聞こえて来た。


「お~い、君らどした?何か困ってる?」


呼びかける声にハルナ達が振り向くと、視線の向こうに、両手に大きなウォータージャグを持ったジャージ姿の、少し年上の青年がハルナ達の元へ駆けて来るのが見えた。


同級生とは違う少しばかり体格の良い青年…。

それでも威圧感の無い、その妙に落ち着いた雰囲気に、ハルナは一気に心を奪われてしまった。




*****




「え?それがソウタさん?ってか、一目惚れ?」

「あ~あはは。うん、まぁそんな感じ。だって、ちょっと同級生とは少し違う感じがして。なんか…凄くかっこよく見えてんもん」

「あ~確かにそうやな、中学生の男子って子供やもんな。で、その時にソウタさんと仲良くなったん?」

「ううん。その日はそれだけやった。でも何度か見かけて挨拶するうちに、少しは話が出来る様になったから、ちょっと特別なんちゃうかな?って思っててんけど…」


特別とは?

もしかして、ソウタさんもハルナに一目惚れっぽい感じになったのだろうか?

ユリは話の続きを促す。


「けど?って?」

「うん。バイト先で再会した時、なんか普通って感じやった。他の子と一緒って感じの普通。だから、もしかしたらうちの事、忘れたんかなって…」

「え?そうなん?なんで?そんな事ある?」


ユリの突っ込みに、ハルナは少し寂しそうな顔を見せた。


「うん、ほんまに忘れてたかは、聞いて無い。だからほんまの事は分からんけどな。

でもな、ソウタさんって高校生の最期の年は、怪我で試合に出られへんかってん。

たから、何となく喋りにくくなったのはあったかな。

それに高3になって、お姉ちゃんに彼氏が出来てからは、ソウタさんとの距離が遠くなって」

「怪我したんや、それで距離が開いた感じ?」

「うん、まぁ、そう言うのもあって、高3の時の一年間は殆ど喋らんかったから、もしかしたら、うちの事忘れたんかな?って…」


みるみる落ち込んで行くハルナ。

ユリは何と答えて言いのか分からず少し考えた。


「だけど、流石にうちの事、『忘れてました』とか言われたらショックやん?

だから、久しぶりの再会がバイト先やったから、逆に気を使ってくれてるって、ポジティブに取ってんけど…」

「あ、そうや、多分そうやで!それか、ソウタさんがバイト先の人に、わざわざハルナの知合いです~って言わへんタイプの人かも知れへんやん?」

「そうやったらええねんけどなぁ~」

「それでハルナはバイト先でソウタさんと喋ってないの?」


バイト先で再会できたのなら、仲良くなるチャンスなのでは?

ユリは再び話の続きを促す。


「う~ん。実はな、同じバイト先のフロアの子がな、ソウタさんに告った事があって」

「え?マジで、先に越されてるやん!」

「でも、振られたらしいねん」

「え?マジで?」


と、ここまで聞いてユリはソウタの草食系のイメージを崩して行った。

どうやらソウタはイケメンなのか、それなりにモテるような雰囲気があるらしい。

そいえば、ハルナが一目惚れする位には魅力的な人物なのだ。


「うん。だからそれを聞いた時、ソウタさんはバイト先でそう言うのは求めて無いんかと思って。それに他のバイトの女子も、その話で少しザワっとした感じやったから、あまりうちから話しかけるのも変になるかなと思って、遠慮しててんけど…」

「え?待って?もしかしてやけど、ソウタさんってモテタイプとか?」


ユリは自分の考えが正しいような気がして、ハルナに疑問をぶつける。

それに他のバイトがザワつく人物とは、一体どんな人物なのだろう。


「あ~うん…。地味にそうかも知れへん。だってソウタさんって面倒見が良いって言うか。優しいけど気さくな人やし。ザワってしたのは、その振られた子ってのが、結構可愛い子やってん。だからそれでアカンかったから、ソウタさんは顔で選ばへん人っぽいぞってなって、みんな慎重になったと言うか…」

「そっか…なんか、色々あるねんなぁ」

「うん…」


なるほど。とユリは考える。

一目惚れする位には見た目が良い感じで、面倒見が良い。

という事は、クラスの上位に居る感じの男子かと。

だとしたら、ソウタは草食系では無いな…と自分のソウタ像を改める。


友人はちょっと面倒な人を好きになったのでは…とユリはハルナを見つめる。


そんな取り留めのない会話の出口の無い恋の話に、二人して落ち込んでいたら、店のガラス窓に雨がポツポツとかかるのが見えた。


「わ、雨?降って来た来た?」

「あれ?ユリ、傘、持って来て無いの?」

「あ~うん、今日、自転車やから。ごめん、ダッシュで帰るわ」

「あ、うん、何かごめんな」

「いや、こっちこそ。悪いけど先に出るわ。またメッセ頂戴!」

「うん、気を付けて~」

「ありがとう、また月曜な!」


ユリは残りのドーナツを口にぽっいっと放り込むと、ごみをかき集め、自分のトレイを手にすると、バタバタと慌ただしく席を後にした。

慌ただしくも、笑顔で手を上げて去って行くユリ。

そんなユリを見送ったハルナは、先ほどまで抱いていた沈んだ気持ちを切り替えようと思いなおす。


「じゃ、私も出ますか…」


あえて言葉にして何かを区切るように独りごちる。

あらかじめ貰っていた紙袋に残ったドーナツを入れると、トレイを片付け、家に戻るべく店の外へと向かった。




*****




ハルナが店の外に出ると、まだ雨は小降りのままで、本格的な雨模様では無かった。

けれど空を流れる雲と、南風の強さを思えば、直に本格的に降り出すのは予想が出来た。ハルナは手にした傘を開いて、駅前の商店街を少し足早に歩き、駅へと向かう事にした。


駅の入り口を抜け、改札に近づくと、先ほど電車が着いた所なのだろう、改札からそれなりに人が出て来るのが見えた。

その人の波を何となく、ぼんやりと眺めていたら、少し体の大きな男性が人込みから離れるようにゆっくりと歩いて、改札を通るのが見えた。


その男性の姿にハルナはハッと息を飲んだ。


(ソウタさんだ!)


両手に松葉杖を持って、ゆっくりと、それでも少し歩幅の広いソウタの動きにハルナは目が釘付けになった。

まるでソウタの周りの空間の時間だけが、他と切り取られたかのように思える。


ハルナは自分で気が付かないほどの勢いを持って、ソウタの元へと駆け出した。

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