第22話 とある土曜日の午後…

とある土曜日の午後。

ソウタはカナデに会うと早々に謝った。


「…何かごめんやで…」

「あ、大丈夫やで、気にしやんといて」


申し訳ない気持ちのソウタも、屈託なく笑うカナデを見ればホッと胸をなでおろした。

それでも恋人たちのデートがこんな状況になってて良いものかと、頭の片隅で自分に疑問を投げかけてもいた。


そう言えばカナデとのお出かけと言えば、駅前のドーナツ店以来である。

あれはお出かけと呼で良いのか、デートと言って良いのか?

あのような軽いお出かけは、デートにカウントされず、今回のが初デートだとしたら彼氏の印象としては最悪かも知れない…。


そんな事を考えながらも、横に並んで歩く機嫌の良さそうなカナデの様子に、ソウタは再び安堵を覚えホッと胸を撫でおろした。


「にいにい、モービルって面白い?」

「作った事ないから、ここに来たんやで」

「俺はゲームの方が面白いと思うけどな」


ソウタとカナデの前方を我が物顔で歩く甥っ子達の賑やかさを見ればソウタは、「こんなので本当に良いのか?」と再び疑問が湧いてくる。


「僕、うまく作れるかな~?」

「多分、出来ると思うで。お母さんやったらアカンやけど、今日はおらんし」

「そうやな、今日はカナ姉がおるから安心やな」


甥っ子達の意見はどうやら纏まったらしい。

3人は期待を込めた眼差しで、カナデの方へと振り向いた。


「僕、お姉ちゃんと一緒につくる」

「…僕も手伝ってもらうもん」

「…俺も少し位は一緒にやってもええかな…」


ソウタはそんな甥っ子達の要望に、ちょっぴり面白くないものが芽生える一方で、カナデと二人っきりでは無い現実に、申し訳ない気持ちの方が強かった。だから素直に謝罪の言葉を口にした。


「…なんかごめんな…」

「あはは、大丈夫やって。なんか期待されてるし、私も楽しみやわ」

「…そうか…悪いなぁ…」


そんなソウタの心配をよそに、甥っ子達の期待を背負ったカナデは、まんざらでも無さそうな表現を見せた。


「お姉ちゃんも楽しみやわ~」




*****




カナデとソウタは、甥っ子達を連れて近所の児童館へ遊びに来ていた。

今日はこの児童館で幼児や低学年向けのモービル作り体験が行われるのだ。


モービル作りの主な工程は、その飾りと配置のバランスらしく、メインの飾りは厚紙等をはさみで切って作るらしい。

今日の目的は飾り切りや、切り絵を学ぶ体験学習のようなものなのだろう。


だからだろう。

サトルは不器用な母を見限って、ソウタに一緒に来て欲しいと頼んで来たのだ。

とは言え、ソウタはまだ松葉杖の身。

一旦は難色を示すも、カナデが付き添いに来ること事で、今回のお出かけが決まったのだ。

因みにソウタの家から児童館へ車で送り届けた姉は、子守りが解放されとばかりに、そのままソウタ母と一緒にショッピングモールへ出かけた。


「まぁ、迎えにもこっちに来てくれるやろうし…。帰ったら旨そうなお土産があるのを期待して今は楽しもか」

「そうやな、楽しみやな」


ソウタが笑いかけてカナデを見れば、カナデも笑い返してくれた。


五人が小学校の教室程の広さのワークスペースへ着くと、幼児に保護者、小学生の低学年はグループの参加が多く、それなりの人数となっていた。

子供向けのイベントなので、やはり子供が多い。

指導する大人は男性らしく、二人でこの場を仕切るようだ。


他の大人と言えば、幼児の保護者になるが、殆どが母親らしき女性と言う事も有り、松葉杖姿でもあるソウタは少し目立ってしまった。

そんなソウタの傍に居るのは、見目の良さで人の目を引くカナデである。


いつもなら何となく好機の目で見られるカナデだが、さすがに今日は小学生向けのイベントだ。

参加している子供達は「物珍しい雰囲気の人が居るな」と言う好奇心の眼差しでソウタ達をチラチラと見るが、いざ自分の席に着いてモービルの材料を目の前にすると、すぐに興味はそちらへ向いたようだ。


全員が席に着くと指導員の男性が挨拶を始めた。

挨拶もそこそこに、モービル作りの説明が終わると、子供たちは一斉に動き出しす。


「はさみが上手に使えない人は、こちらのお兄さんか僕に教えて下さいね」

「まだ小学生になっていない子は、大人の人と一緒にはさみを使って下さい~」


そんなかけ声をよそに、子供たちは材料と配布された資料を見ながら、ガヤガヤと騒ぎ、自分の作るモービルの構想に夢中になっていた。


「小学生の人は、少し複雑な飾り切りもありますから、気になる人は前に見に来て下さいね」

「立体の飾りを作りた人は、窓側のテーブルに見本がありますよ」

「テーブルから離れる時は、はさみをテーブル中央の箱の中に入れてから席を立ってくださいね」


そんな指導員さんの声の中、マナブは自分の作りたいものを選んでいた。


「僕、気球の飾りが良いなぁ」

「形もシンプルやし、カラフルでええな」


マナブのチョイスに頭を撫でながら褒めていると、サトルが窓際の見本を見に行った。


「僕はちょっと難しい飾り、選んでくる」

「はさみ使ってるから、気を付けて行きや、ぶつかったらあかんで」

「わかった~!」


足早に駆けるサトルをソウタが諫める。


「俺は…雪のやつにしよかな、何か、お母さん好きそうやし」

「ヒロム君はお母さんにあげるんだ」

「…俺、別に興味ないもん…」


ヒロムはここぞとばかりにカナデの傍で問いかける。

それでもいざカナデに話しかけられられると、照れるようで、少しぷぃっと顔を背ける。

もしかするとヒロムは、参加者の中でも一番年上になる事が、恥ずかしいのかも知れない。


「お母さん、喜びそうやね」

「…そうやったら、ええけどな」


それでも今日の体験はそれなりに出来栄えを意識してるらしい。

カナデが声をかけると、少し自信の無さそうな様子を見せた。


そんな二人の会話にソウタが入る。


「ヒロムは雪のやつを作るんか。それ姉さん好きそうやな。センスあるな」

「そう?」


ヒロムは恥ずかしそうにしながらも、ソウタに褒められて嬉しそうな顔を見せた。




*****




ソウタ達がモービル作りに励む頃、カナデの兄であるミナトはソウタの替わり…という訳では無いがバイトに励んでいた。


「ミナトがこの時間に居るの、最初は変やったけど慣れて来たわ」


ミナトがバイト先の休憩室で遅めの昼休憩を取っていると、夕方からバイトに入る予定のタカシが声をかけて来た。

そしてそのままミナトの席の向かいにドカッと座った。


「お前、来るん早ない?誰か今日休み?もしかして、キッチン忙しくなるん?」

「いや、誰も休みとちゃうで。俺、16時からやから…。うん、まぁ…ちょっと早いかなぁ…」


奥歯に物が挟まったような言い方のタカシの、何となく妙な気配を察したミナトは、無視を決め込んで再びスマホを眺めた。

ミナトの直感が面倒になると告げている。


「いや、無視すんなし」


何か言いたげなタカシを無視しつつ、スマホを眺めながら食事を進めていると、しびれを切らしたのか、タカシはミナトに絡みだした。


「な~、カナデちゃん、最近なんか変わってきてない?」


タカシが早めにバイト先に来た理由は、これを聞きたいが為らしい。


「なんかな~、俺らソウタに言われから、カナデちゃんと、ちょっと距離置いてたやん?そしたらカナデちゃんの雰囲気、めっちゃ明るくなったやん?」


無視を続けるミナトを無視するように、タカシは一人で勝手に喋り続ける。


「しやのに、また何か暗くなって…。最近は、なんかこう?ちょっと、ほっとかれへん?みたいな感じやったやん?」


まだ続くのか…とミナトは心の中で突っ込みを入れる。


「しやのに…やで?最近、また急に明るくなったやん?なぁ、あれってカナデちゃんに何かあったんか?」


さて、ミナト君どうですか?と言わんばかりのタカシの表情。

そんな期待の眼差しにミナトは小さく息を吐いた。


「知らん」

「…まさか…まさかやけど、彼氏とか出来たんか⁉」


再びタカシはミナトの反応を無視して、自分の問いをミナトに問い続ける。

期待の眼差しは、探るような眼差しに変わっている。


いつものミナトなら、このような展開になれば面倒に思う。

そして本人に聞けと突っぱねるが、今回の話題は妹の事である。


わざわざ自分の妹にソウタ以外の男をけしかけるつもりの無いミナトは、このまま無視を貫く事にした。


「…否定しいひんって事は…まさか…!いや、マジで彼氏できたん⁉

何で!誰?ってか、そんな、学校とか?おい、ミナトはそれでええんか⁉」


タカシは勝手に妄想を始め、一人で盛り上がって、ミナトにその妄想の是非を問い詰めた。


「いや、ミナト、お前なぁ!知らん間に、カナデちゃんが勝手に男に、ひかっかってんねんで⁉

しかも、あんな美人な子やで!もし悪い男に騙されてたらどないするねん!」

「…」

「まさか…もしかしたら、既に騙されて?もし、良いように遊ばれてたらどないすんねん!」

「…」


真相を知るミナトにすれば、タカシの言い分は単なる勝手な妄想である。

面倒くさいし、鬱陶しいし、無視が一番と自分の考えを貫く事にした。


「それにやで、あれだけの美人や。警戒心も高かったやろ?

そんなナデちゃんに、あっさり彼氏が出来るとか絶対にありえへんやん?…そいつ、絶対に悪い男やと思うで。

多分、カナデちゃん、きっと騙されて…」


流石にここまで言われたら、突っ込みを入れたくなる。


「…アホか、ソウタはそんな奴ちゃうやろ」

「は?」

「あっ…」


タカシの口車に乗るように、あっさりと妹の彼氏の名前を口にしたミナトは、誤魔化すように静かに顔を背けた。

そして何事も無かったかのように振る舞うべく、手元のスマホに視線を戻す。


だけど既に発した『ソウタ』と言ったミナトの言葉は、バッチリとタカシの耳に届いたようだ。


「は?ミナト?まさか、お前、カナデちゃんの彼氏ってソウタなんか⁉」

「…」

「いやいやいやいや、今更、無視すんなし」


益々真相を確かめるべく詰め寄るタカシ。

ミナトは最大限に面倒くささが勝って、タカシの止めをさした。


「…ソウタが戻ったら聞けばいいやん…」

「ぐはぁ!」


止めのセリフに絶望に打ちひしがれたタカシ。

彼はテーブルの上で顔をうつ伏せになって息を引き取った。


「…なんやねん…あいつ…俺らには、ゴキブリ並みにしか見られてないとか言っといて…自分は抜け駆けとか酷いわ…」


どうやらタカシは死しても未練があるらしい。


「なぁ、ミナト、ソウタ、ズルくない?」


タカシはうつ伏せで問いをかけながらも、ちょっぴり涙を浮かべていた。

当然ミナトからは見えないが、懇願するような弱弱しい声は聞こえる。


ミナトはそんなタカシの呆れながら再び同じ言葉を口にした。


「アホか、ソウタはそんな奴ちゃうやろ」

「ぐふぅ!」


今度は魂が抜ける音を立てて、タカシは地獄の底に落とされたようだ。

そんなタカシへ更なる追い打ちとばかり、にミナトは言葉を続ける。


「お前…あいつらの事、邪魔すんなよ」


その最も正当な言葉に、タカシは言い返す。


「ミナトはアホか。ソウタにそんな事する奴なんか、おらんやろ…。

なんやねん、あいつ、ソウタほんまズルイわ…」

「…」

「あいつ、そんなイケ面でも無いのに、あんな美人と付き合えるなんて、ズルイわ…、てか神様も狡いねん」

「…」


これはきっと抜けた魂の叫びだろう。

恨み言を並べるタカシにミナトは何も言えずに黙って遺言を聞いていた。


すると不意にタカシが、「ミナト」と声をかけて来た。


「ん?」

「お前の妹な…」

「…なに?」

「男の見る目、あるかもな…」


思いもよらないタカシの言葉に、ミナトは少しくすぐったい気持ちが芽生える。これは悪い気分では無い。


「あ~。お前もな…」

「は?何がや?」


ミナトの少し機嫌が良さそうな声に、タカシが体を起こして突っ込む。

そして怪訝そうな顔でミナトを睨んだ。

そんなタカシの視線にミナトは少し意地悪そうな顔で答えた。


「お前も、見る目、あるわ」

「は?きっしょ、何やねん」

「ソウタを友達に選ぶ奴に、悪い奴おらんやろ」


まるでソウタを自分の所有物かのように、得意げになったミナトが言い切る。

妙な自信を覗かせるミナトに、タカシは急に席を立ちあがり「ミナト~」と顔をクシャリとさせて笑った。


「ミナト、お前、ええ奴やな!あかん!テーブル無かったら、ミナトに抱きついてたわ」

「…っ」


そんなタカシの言葉にミナトは何とも言えない寒さを覚える。

だけど自分がずっと小さい頃…小学生の頃は、そんな風に友達とじゃれ合っていた事も思い出していた。


「アホか、そんなん、して来たらシバクぞ」


ミナトが突っ込みながらも、妙に懐かしい空気に悪い気は起きなかった。


「まぁ、あれや、ソウタ早く帰って来たらええな」

「ほんまやで」


それは怪我をしてバイトを抜けているソウタへの心配の言葉だった。


「そやけど、一回くらいシバイても罰は当たらんはずや」

「アホか、やめとけ、返り討ちにあうだけや」

「あ~あいつのニヤけ顔とかめっちゃ腹立つわ!」


そんなミナトの言葉にタカシは少し拗ねながら、羨む気持ちを口にした。


(ニヤけ顔…)


タカシの言葉にミナトはカナデの事を思い出す。

そう言えば、この所ソウタの家に遊びに行った日のカナデは、あのだらしない感じの「ヘニャっとした顔」をする事が多い…。


「確かに、カナデのあの顔は気持ち悪りぃな」

「なんでカナデちゃんやねん…」


呆れるようなタカシの突っ込みをよそに、ミナトは再び遅いランチを食べ進める事にした。

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