第21話 ソウタの家のソウタ山

カナデがソウタの家にお見舞いに来てくれて、それなりに恋人同士の甘い時間を過ごせたのも束の間、甥っ子の乱入により二人の頭の中は大混乱である。


ソウタが詳しい話を聞くと、どうやら甥っ子のサトルが迷子になった時に、お世話になったのがカナデだったそうだ。

つまりソウタの甥っ子たちの憧れ?である、『きれいなお姉さん』とは、カナデの事のようである。


「その節は本当にお世話になり、ありがとうございました」


やっとお礼が言える。

そんな安堵に包まれながら、カナデにお礼の言葉を口にするのはソウタの姉。

結局ソウタの部屋で全員が集合するのは狭苦しい…と言う事で、みんなでリビングに集まる事になった。


「はぁ…。あんたらな、勝手にお客さん居てる部屋に入ったらアカンねんで…」


リビングに着くなり、ソウタの母はソウタの甥っ子である孫たちに注意し、カナデと一緒にお土産のドーナツを準備をしていた。


「シュークリームもあってんな。わざわざありがとうな」

「いえ、数が足りなかったですね…」

「まさか、この子らの分はいらへんで」


カナデのお土産に甥っ子の分まで求めるのは酷だ。

そんな二人の会話にソウタの姉が入って来る。


「あ、これノエルのシュークリーム?」

「あ、そうです」

「わざわざ行って来たん?」

「朝に、そっちの方面に用事があったので…」

「そうなんや、わざわざソウタの為にありがとうな」


カナデの気づかいにソウタの姉はお礼を告げた。

そんな和やかな3人とは別に、ソウタを含む男4人はリビングで内緒話に花を咲かせていた。

当然内緒話の話題はカナデである。


「ソウ兄、あの人、彼女なん?」


長男のヒロムがソウタのシャツの引っ張りながら、カナデを指さして疑問を問う。


「え?あぁ…そうやけど…って、ヒロム。人に指さししたら行儀悪いねんで」

「あ、ごめん。でもそうやったらサトルは、ショックやろ?」


ヒロムは少し意地悪そうな顔でサトルを見た。

そんな少しばかり悪意のある兄の言葉に、サトルは「別に」と言いながら、ぷぃっと顔をそむける。

兄弟の一番下であるマナブは、そんな二人の会話をソウタの膝の上で興味深そうに聞いている。


それでも二人の様子が気になるのだろう。純粋に湧いた疑問をソウタに向けた。


「ソウちゃん、にいにい、なんでショックなん?なんで?」

「ん…別に…って言うてるし、そんな事無いんちゃう?」

「ふ~ん」


どうやらマナブはソウタの答えに疑いながらもそれなりに納得したらしい。

にぃと満足そうに笑った。

ソウタは微笑ましいマナブを見て癒されるも、顔をそむけたままのサトルの事を思えば少しばかり心配になる。


「ん…。あ~、サトルな。カナデにお礼言えたん?」

「あ!」


この様子だと、会えた衝撃ですっかり忘れていたらしい。

どうしよう…ソウタの方へ振り向いたサトルはそんな表情を浮かべていた。

そして視線をゆっくりとカナデに向けたかと思うと、少しバツが悪そうな顔をしてソウタに振り返る。

迷子になった日はお礼を言うと、あれだけはしゃいでいたのに、いざ目の前にすると緊張の方が勝つようだ。


「ちゃんとお礼は直接言わなアカンで」


ソウタはサトルに声をかけながら、ゆっくりと頭を撫でた。


「うん」


励ましが効いたのだろう、サトルは照れながらも嬉しそうに笑っていた。


そんな内緒話が落ち着いた頃。

キッチンの方からソウタの姉が声を掛けて来た。


「あんたら、お姉ちゃんのお土産のドーナツがあるから、こっちに集合や」


そんなソウタの姉の掛け声のような号令に、甥っ子の達はいち早く反応した。


「僕、先にお礼言わんとアカンねん」

「にいにい、僕もお姉ちゃんとしゃべりたい」

「…俺も一緒に行ったってもええで…」


どうやら甥っ子たちは、カナデと一緒にドーナツを食べたいらしい。


「…あんたら、お姉ちゃんはソウタの彼女やで…」


自分の息子たちに呆れながら、ソウタの姉はしっかりと釘をさす。

それでも姉にすれば、カナデに対する好奇心はしっかりとあるようで、ニヤニヤと笑みを浮かべながらソウタに声を掛ける。


「…まぁあれやわ。折角やし、私も彼女ちゃんと喋りたいわ」

「少しだけに、したりや」


ソウタの母は「一体誰に似たのやら」と呆れながら、形だけは諫めてくれた。


サトルは自分の宣言の通り、先にカナデにお礼を言うようだ。


「迷子になった時にお母さんを一緒に探してくれて、ありがとうございました」


サトルはダイニングの方で待っているカナデの元にゆっくりと近づくと、少し照れながらお礼を伝えた。

カナデは少し腰を落としてサトルに目線に合わせる。


「どういたしまして」


そんなカナデの良い顔にサトルはハッと息を飲む。

そして事もあろうか、とんでもない質問をカナデに問いかけたのだ。


「お姉ちゃん…ソウタ兄ぃと結婚する?」

「え?」


サトルの純粋な質問にカナデは目をまん丸くさせて驚いた。

もちろんこれにはソウタも驚いた。

慌ててソウタはサトルを諫めようとするが、サトルの方が逆にソウタに詰め寄った。


「するんやったええけど、結婚しいひんねんやったら、僕がする」

「は?」


突然起きたサトルの可愛らしいプロポーズモドキ発言。

けれどソウタから見ればそれは略奪なのだろう。無意識に低い声が漏れ出たらしい。姉は笑いをこらえながら、ソウタのシャツを引っ張り、突っ込みを入れた。


「…いや、ソウタ…あはは。マジで怒ったらアカンてぇ…」

「え、あ…サトル、いやごめん」

「ソウタ兄ぃ、するん?」

「えっ!あ、その…」

「え?せえへんの?」

「ち、ちが…」

「あはは。サトル、ソウタの事イジメたらアカンて。それにまだ大学生やから結婚はまだ早いわ」


姉の冷静な突っ込みは、甥っ子の押し問答でしどろもどろになったソウタへの助け舟になったようだ。


「あ、そうか、まだ大学生やもんな」

「そらそやで、な?カナデちゃん?」


ソウタを揶揄しながらも、カナデにも絡みだす姉。

ソウタと違って姉は少し面倒くさい性格なのだ。

姉のからかいにカナデは何も言えず、顔を真っ赤にさせて俯いて耐えるしかなかった。


「あら?あれ?やだ~!!」

「~~~っ」


恥ずかしさに耐えるカナデに、姉は一気に興味が向いたらしい。

そして「ふむ」と言って少し何かを考えた。

そしてついに答えを導けたらしい。


「あ~、サトル、ソウタ結婚するみたいやわ」


姉の思い切った発言にソウタは驚きの声を出した。


「でもあれや、そんなに遠くない未来やとは思うけどな」

「お母さん、まさか!いつもの未来予知か!」

「そうや、いつもだいたい合ってるやろ?」

「す、すげえ…」

「にいにい、何が凄いの?」

「…またお母さんはサトルに適当な事を…」


姉一家はカナデとソウタと放置して、勝手に盛りあがる。

どうやらソウタの姉はサトルの中では未来予知の出来る母親らしい…。


そんな姉家族の会話は、二人にとっていたたまれないものだったが、見かねたソウタの母が助け舟を出した。


「あんたら、人の事いじって、遊んだらアカンて…」

「あはは~」

「それより、せっかく来てくれたのに。二人で居ったらええからな。はよ部屋に戻り」


ソウタの母は二人に自室に戻るように促すと、カナデにお茶のお代わりを持たせ「ごめんやで、ゆっくりしてな」とカナデの背を押した。




*****




こうして無事に二人で部屋に戻って来れたのだが、甥っ子達は小腹を満たすと直ぐにソウタの部屋に襲撃に来た。


そして一番下のマナブがカナデの膝の上に座り、カナデを独占したがった。


「お姉ちゃん、本読んで」


流石にこれでは寂し過ぎる。

だからソウタはベッドを背もたれてにして床に座ると、「カナデはこっちな」と、自分の膝の間にカナデを引き寄せ、抱え込み守りの体制に入った。


今日のソウタは何故だか強引である。

そんなソウタの嫉妬をカナデは身抜けないらしい。

戸惑いながらも素直に従い、事の成り行きを見守る事にした。


こうして、一つの人の塊が出来た。

一番下のマナブはソウタを背中に預けたカナデの膝の上で本を広げ、カナデが読み上げるのを静かに聞いている。


真ん中のサトルはベッドの上から、ソウタの肩の、カナデがもたれていない側から顔を出し、一緒にマナブの絵本を眺めている。


一番上のヒロムは、ソウタの怪我をしていない方の太ももを背もたれにして、携帯用のゲームで遊んでいた。


カナデはそんな子供たちが密集した場所で、自分を抱え込むソウタの少し太い腕に気を取られながらもマナブに絵本を読み聞かせる。


そしてソウタは、カナデの声を遠くで聞きながら、自己嫌悪のような反省をしていた。

まさか自分が甥っ子に嫉妬をするなんて…。


それでも妙に心地の良い、絵本を読むカナデの声と温かさ。

それに甥っ子達のやや高い体温に当てられ、徐々にウトウトとまどろみの中に入っていく。


そんなまどろみの中、ソウタは不意に聞こえた姉の声で現実の世界に戻った。


「あんたら、邪魔したらアカンて…」


ソウタが微睡から徐々に覚醒に向かう中、声の主の方へ顔を向けると、ソウタの姉が部屋に入って来たところらしい。

そして何となく姉の顔を見れば、姉は一瞬驚いた顔を見せ、直ぐに廊下に戻るとバタバタと音を立てながらリビングの方へ駆けて行った。


(何や…?)


ソウタの意識が徐々に鮮明になる頃、姉がソウタの部屋に戻ってきたようだ。

手には何故だかスマートフォンを持っている。


「ちょ、そのまま、そのまま!」

「えぇ?」


戸惑うソウタを他所に、姉はスマートフォンを構え写真を撮り出した。

カシャカシャと連続で写真を撮る姉の様子に、微睡から完全に抜けたソウタが突っ込む。


「…あのなぁ…」

「だって、ソウタ山や!ソウタ山!」


全く悪びれる様子も無く、姉はゲラゲラと笑いながら何枚も写真を撮り続ける。


「「ソ、ソウタ山…?」」


まるで力士のしこ名のような言い分に、ソウタとカナデが戸惑いの声を上げる。

一方の甥っ子達に動揺の気配は感じられない。

きっと普段からこのテンションなのだろう。


「お母さんはやっぱり面白いな!」

「にいにい、何が?」

「そのままやん…」


母の微妙な言葉のセンスを前に、三人が三人とも違う反応を見せる。

真ん中のサトルは素直に母を絶賛する言葉を口にし、一番下のマナブは兄と母のセンスに対する疑問を口にする。

そして一番上のヒロムは、短絡的な母の言動に呆れているらしく、冷静な突っ込みを入れた。


「そのままやん」


ヒロムと全く同じ言葉を吐いたソウタも、姉の言動に呆れているらしい。

姉が家を出る前の遠い記憶がソウタの脳裏をよぎる。

そう言えば姉は少しどころか、かなり変わっている人だった…。


そんなソウタとソウタ姉一家の様子に、カナデは少し困惑しながらも、妙な居心地の良さを感じていた。


(自由…と言うより奔放なのかな?)


あっけらかんとした家族の賑やかさに、温かなものをじんわりと感じるカナデであった。



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