第9話 【小噺】ノンちゃんは沈め、ミユウは鎮まりたい
ミユウとミナトがお付き合いと言う形が始まってから、初めてのバイトの日。
今日のミユウはミナトが休みという事で気を抜いていた。
「ねぇ、ちょっと!前のあれ、どう言う事?」
だからバイトの終わりに急に目の前に現れた、バイト仲間の剣幕に逃げ損ねたと後悔した。
ミユウの目の前に居たのは、新しくバイトに入ったばかりの「ユリちゃん」で、先日、ミナトとミユウの前でミユウのBL好きを暴露した子だ。
「えっと…」
困惑するミユウに何故だかユリちゃんは肩を落として謝り出した。
「あ、違っ…。ごめん」
「え?」
「いや、あの時はごめん、言い過ぎたなぁって」
二人の間に少しだけ気まずい空気が流れる。
そんな微妙な雰囲気の中、ノンちゃんが上機嫌でやって来た。
そして上機嫌でやって来たかと思うと、ミユウの困惑した様子に怒り出した。
「ちょ、何?ミユウ、また何か言われたんか!!」
訳も分からずに取りあえず怒るノンちゃん。
「え、ちょ!謝ってるって、謝ってんねんって!」
そして訳も分からずに慌てて弁明をするユリちゃん。
ユリちゃんの慌てっぷりを前にノンちゃんが我に返る。
「え、ミユウ、ほんま?」
「あ、うん…それは、ほんま」
困惑するミユウの表情。
そしてまたしてもノンちゃんが怒り出す。
「だったら、どういう事なん⁉」
またしても訳も分からずにユリちゃんに詰め寄るノンちゃん。
そんなノンちゃんの剣幕に負けじと、ユリちゃんは自分の言い分を述べる。
「はぁ…。だってミナトさんめっちゃカッコいいやんかぁ?
しやのに彼女おらんとか聞いたのに、なんでか、ミユウと良い雰囲気やったから…」
勢いよろしくとばかりに語り出したユリちゃんだが、次第にノンちゃんの迫力に気圧され、チラッチラッとミユウを見ながら話し出した。
ミユウはそんなユリちゃんの助けを求めるような視線に困惑しながらも、取りあえずノンちゃんを宥める事にした。
「ノ、ノンちゃん、落ち着いて…」
自分のシャツの裾を引っ張り宥めるミユウにノンちゃんは気分が変わったらしい。
するとノンちゃんは何故かドヤ顔でミユウの代わりに答える。
「うふふ。それは無理やで」
「は?どういうこと?」
「ミナトさんは、ミユウの彼氏になったんや!」
ドヤっとばかりにノンちゃんは腕を組んで宣言する。
「「ぎゃ~~~~~」」
突然の恋人宣言にミユウとユリちゃんが悲鳴あげ、夜のファミレスの駐車場に乙女の叫喚が響く。
「な、なんでや!やっぱ、あの後か…追いかけてってその勢いか!」
ユリちゃんが駐車場に座り込み、悔しさから地面を叩く。
「やんな~、ミユウっ!」
そんなユリちゃんを見下げて、何故か得意満面のノンちゃん。
「あかん、泣く…しくった、最悪や…失敗した…」
「いやいやいや、そもそもアンタが入る余地なんか、無かったって話やからね」
見下げたかと重たら、今度は上からユリちゃんを慰めるノンちゃん。
そんなノンちゃんの慰めの言葉をユリちゃんは半泣きになって否定する。
「え?そんなん聞いてへんって!誰もそんなん言ってなかった!!」
そしてやはりドヤ顔のノンちゃんは、勿体ぶるような前置きを置いた。
「まぁ見てたら分かるけどミナトさんは…」
「ミナトさんは?」
その凄みのあるノンちゃんの表情にユリちゃんは、怖いもの見たさのような好奇心を覚え、ミユウは嫌な予感を抱いていた。
「イケメンやけど、男も女も両方無いねん!」
「は?」
「あれは、妄そ…うぉっほん、もとい鑑賞用や」
「カンショウヨウ」
「あれは、多分女嫌いを拗らせたイケメンや!!」
遠くもない…。
そんな微妙なノンちゃんの妄想に、絶句するミユウ。
「ちょ、ちょっと待って?なら何で彼氏になったん?」
「それは、愛よ」
「はぁ?」
「むふふ…君はその真髄を知りたいかね」
こうなればもはやノンちゃんのペース。
もう誰にも止められない。
ミユウはミナトの名誉のためにも、最低限の軌道修正の使命の為に、ノンちゃんの言葉に身構える。
ユリちゃんは立ち上がり、身構えたミユウを押しのけて、ノンちゃんに詰め寄ろうとした。
けれど質問する先の人物の間違いに気が付いて、ユリちゃんは再びミユウに詰め寄った。
「だって、あの後に告られたんやろ?」
「あ~それは…ないかな…」
「じゃ、告ったん⁉」
「…」
「で、OKもらったん⁉」
「っ!!」
矢継ぎ早に攻め立てられても、答えようのないミユウはその場で固まる。
そんなミユウとユリちゃんの間にノンちゃんが分け入る。
「だから違うってぇ!そういう、好きとか、付き合うを超えた所に二人の愛があるんよ…」
「はぁ?」
ノンちゃんの言い分にユリちゃんが困惑する。
そしてノンちゃんはここぞとばかりに1冊の漫画をカバンから取り出した。
そしてユリちゃんの目の前に優雅に漫画を差し出し、読みなさいと告げた。
「はぁ?なんで、今その本なん…」
「この漫画にその愛が描いてある」
「ちょ、ちょっとノンちゃん⁉」
ミユウが止めるのも無理はない。
ノンちゃんが出したのは、最近流行りの、転生ものの王子と近衛騎士とのBL本である。
「何の…漫画?ひ、翡翠?の恋情?」
「その真実の愛が、これを読めば分かる」
ミユウは頭を抱え、脳内で突っ込みを入れた。
(出た~ノンちゃんの真実の愛!)
因みに真実の愛とは、最近のノンちゃんのお気に入りのキーワードである。
「続きが気になるなら、また私に言いなさい」
ノンちゃんは神の預言を渡す使命を預かっているのだろうか。
誇らしげなノンちゃんは、一冊の漫画をまるで聖なる書のように恭しくユリちゃんへ差し出し、それでも嫌がるユリちゃんを宥めて無理やり受け取らせた。
そしてミユウの肩を抱いて一緒に帰り道を歩き出した。
ノンちゃんはなぜか右足を引きずるように歩いている。
その様子にミユウは、また心の中で盛大に突っ込みを入れた。
(多分この歩き方もあの漫画のお気に入りのシーンのやつ…)
多くの行き違いの果てに、戦場で芽生えたのは真実の愛。
その末に自身の右足を失ってでも騎士隊長をかばう、そんな一般兵の成り上がりの愛のストーリー。
それも最近のノンちゃんのお気に入りのBLだった…。
*****
次のバイトの日、ミユウが帰り支度を始めようと、休憩室の前を通ると、不意にノンちゃんの声が聞こえてきた。
ノンちゃんに声を掛けようと扉を開けると、そこに居たのは、先に上がったノンちゃんと、まだバイト中なのか制服姿のユリちゃんだった。
「なら、ユリリは、こっちもお勧めやな」
学校の制服姿のノンちゃんは、ユリちゃんの肩を抱いて一緒にスマホを眺めていた。
ユリちゃんは「ひぃ~」とか「はぁ~」なんて言いながら、少し頬が緩んでいる。
(ノンちゃん、沈めたな…)
ミユウは脳内で突っ込みながらも、ノンちゃんの高い伝播力に恐怖を覚えた。
そしてノンちゃんの実家は地元で有名なお寺なのに、通っている学校はキリスト教系の女子高。手にしているのはBL本。幸いに全年齢版だ。
こんなカオスを詰め込んだノンちゃんは、きっと神の預言者じゃなくて、悪魔の手先かも知れない。
ミユウは自分の親友の恐ろしさに、身体がブルブルと震えだした。
とは言え、一見は仲睦まじい女子高生二人組。
そんな二人を生暖かい目でミユウが見ていたら、ユリちゃんはミユウの存在に気が付いたようだ。
「この前は、ほんまにごめんなぁ…」
「あ、うん、大丈夫やから」
「そっか、うん、ほんまに悪かったわ」
本当に悪かったという謝るユリちゃんの表情に、ミユウも、もう良いのになぁと素直にそう思った。
「でもなぁ…」
ユリちゃんは続ける。
「私はちゃんと告白して好きって言われたいわ。…ヒスレンみたいな関係は無理かな…」
少し憐れむように顔をして、ユリちゃんがミユウを見つめる。
「いや、ちょっつ!!私達はヒスレンじゃないよぉ」
「いやいや、大丈夫。みなまで言わずとも、分かってるから…」
「そ、そ、その言い方!!!」
まるでノンちゃんのような物言いのユリちゃんに慌てるミユウ。
「大丈夫、大丈夫。ミユウ、みなまで言うな…」
そして同じようにノンちゃんが分け入る。
「ノ、ノ、ノンちゃんまで!!!」
「ノンちゃん、ミユウは二人の真実の愛を知られたく無いのですよ」
「ダルクは隠すのが上手いからな~あのヤンデレ王子め」
ミユウの慌てっぷりを無視して勝手に盛り上がる二人。
これはいけない!
BL設定はともかく、ミナトを勝手に闇落ちヤンデレ設定にしてはいけない。
ミユウはミナトの名誉の為に、声を荒げた。
「わ、わ私達は!ちゃんとお互い通じ合って、付き合っています!!」
ミユウがそう言い切ると、ミユウ後ろで「え?」という声が聞こえた。
聞き覚えのあるその声にミユウは、ゆっくりと首だけをぬ~っと音もなく後方へ向ける。
するとそこに居たのは、休憩室のドアのノブを持つソウタと、思った通りソウタの後ろで固まるミナトが居たのだった。
「オンナノコデモ、喧嘩スルンヤネ」
苦笑いでミユウの言葉を聞き流したふりをするソウタ。
大根役者過ぎて、逆に恥ずかしい。
「~~~~~~~~~~っ!!!!!」
驚きすぎて声も出なくなったミユウは、急いで顔を背けて、手のひらで覆い隠し、無言を貫いて自分の存在を消した。
(死んだ…社会的に死んだ…。
人は恥ずかしくても社会的に死ぬんだ…。
お母さん、社会って怖い…)
心の中で母に自分の死亡の知らせを告げるミユウ。
社会で生きていく恐怖に慄くミユウの耳に、ノンちゃんとユリちゃんの声が入る。
「え、そっちが、ライオネル??」
「ライ様はここに居った…」
ミユウが二人の声を頼りに、ノンちゃんとユリちゃんを見れば、興奮と絶句という感じで二人で抱き合っているのが見えた。
そしてその視線の先を追いかけると、そこに居たのは顔の下半分を隠すように手で覆い、ぷいっと横を向いているミナトだった。
「っ!!」
ミナト少しだけ赤くなった耳と首元を見たミユウは、再び心臓が「ぎゅん」っと横にズレた。
(あ、死ぬなこれは…)
ミユウがそんな事を思ったとか、思わなかったとか…。
そんな瀕死の状態のミユウは、心の中で母に問いかけた。
お母さん…「命短し恋せよ乙女」と言ったけど、本当は「恋する乙女、命短し」じゃないのかな?…と。
そしてこれは問いかけでも無く、突っ込みなのだと、ミユウはそんな事を思いながら、現実世界から逃れるのだった。
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