ここから…編

第10話 ソウタの回想、ミナトはお兄さん

カナデの怒涛(?)の告白の翌日、良く眠れないままに起きたソウタは、ぼんやりとしながらバイトに来た。


「おはよ~」


夕方になってバイトにやって来た、ニヤニヤとするミナトの視線を躱しつつ、仕事に励むソウタ。


そう言えば…とソウタは思い出す。

カナデが彼女になったキッカケも、もとはと言えばミナトと仲良くなったからか…と。

ソウタはそんなミナトとの出会い日々を思い返した。




*****




それはいつもと変りない日常風景の1コマ。

ソウタがバイト先でお昼休憩を取っている時の話だ。


同じタイミングで休憩に入った店長が、ソウタに新しくやって来るバイトの話を持ち掛けた。


「新しく入る子な~ソウタと同い年やで」

「そうですか。二人同時で、女の子の洗い場は珍しいですね」


ソウタのバイト先はいわゆるファミレス店である。

キッチンやフロアに学生が入るのは珍しい事では無い。けれど洗い場に同じ年頃の女の子が入るのは珍しいなと思った。


「まぁそやな。あ、因みにその子ら兄と妹の双子でな…」

「へぇ、双子。珍しいっすね」

「まあ、見たらわかるねんけど、妹の方が…。

ま、ソウタやったら言ってもええけど、男性がちょっと苦手というか、あ、これ内緒な」

「あ、やったらフロア無理っすね。

ここのお客さん、若い人も学生も多いし、絡まれたら可哀そうっす」

「やっぱ、そうやんなぁ…」


ソウタの答えに店長は少し考えるようにして天井を見つめた。


「うん、まぁええわ。それに学生さんも入った方が、シフト組みやすいし」

「洗い場にですか?」

「その子が来たら、ムラタさんの休みの希望が通せそうやから…」


店長はムラタさんの事を思い出したのか苦笑いを浮かべた。

因みにムラタさんとは洗い場のパートさんの事である。

そう言えば、ソウタにも「泊りの旅行に行かれへん」と、愚痴を零すベテランのパートさんだ。


「なら丁度良かったっすね」

「これでムラタさんに怒られんですむわ」


ソウタが年上の店長と他愛のない会話が出来るのは、ソウタの面接が今の店長だったのも大きい。

店長もベテランのソウタとは話がしやすいようで、時折雑談を交えて相談のような愚痴のような話を持って来る。


店長とそんな話をした数日後、平日の夕方で、それほど忙しくもなさそうな日に、例の双子の兄妹が揃ってやって来た。


(これが店長の言ってた子か…)


ソウタは店長から二人を軽く紹介された時に、店長の憂いの理由が直ぐに分かってしまった。


双子の兄のミナトは深くキャップをかぶっているにも関わらず、顔が整っている事が目に見えて直ぐに分かった。

一方、店長の後ろに隠れるように居たのが双子の妹だろう。

兄に似た顔立ちだけれど、鋭さの無い大人しそうな素朴な美人という感じで大人しそうに後ろで控えていた。


そんな見目麗しい双子がバイトに来たのである。

あっという間にバイト仲間の興味の対象となった。

何だかんだと理由を見つけては、男どもは妹のカナデ会いたさに、キッチンから脱出する奴が増えたのだ。

ソウタは一応バイトリーダー的な位置に居る。

だからという訳では無いけれど、双子妹のカナデが困惑している場面に遭遇すれば、キッチンのメンバーであろうとなかろうと、「仕事中」と言って、その場から男どもを引きはがした。


けれどソウタの引きはがしに劇的な効果は無く、カナデへのちょっかいが増える毎に、状況が悪い方へ向かって行った。

双子兄ミナトの態度が悪くなったのである。ミナトは常に機嫌が悪い上に、小さなミスが増え、しかも全く悪びれる事も無くなっていった。


(これアカンやつや…)


ソウタは無駄に気疲れに晒される、双子の兄妹を不憫に思い出し、店長や社員さんに彼らの話を持ち掛けた。

この時のソウタは「これ以上状況が悪くなるのは、双方共に良くない」だ。

特に双子に肩入れするようなものでは無く、軽い気持ちだった。


ソウタの話に、店長は一度ミナトと話をしてみないか?と言った。

なるほど、本人の気持ちを率直に聞くのも良いかも知れない。

ソウタは店長の言われた通りに素直に従った。


こうしてお昼の休憩時間を利用して、ソウタは双子兄ミナトと少し話をする事が出来た。当時のミナトの印象は、ソウタの甥っ子マナブと同じように思えた。


それは、自分でどうにか解決がしたくて、けれどどうする事も出来ないジレンマのようなもの。

出来ないけど、自分で何とかしたい。

そんな葛藤のような、もどかしさを、周囲には知られたくない。


ミナトのイケメンで涼やかな印象の内側にある、素直で真っすぐな熱意のようなものが垣間見え、ソウタは彼の事を好ましく思った。


それにだ。ソウタはミナトの葛藤のような、ジレンマを少しは理解するが出来た。

自分だって甥っ子があずかり知らない所で、知らない人にからかわれたり、嫌がるような事をされたりしたら、絶対にいい気分で過ごせない。


「妹が誰かに声かけられてたら、助けたって」


だからミナトからそうお願いをされた時は、純粋に嬉しかったし、何とかしてあげたいと思った。


この時の二人は、まだ仲良くなる前の頃。

だけどソウタは、ミナトの内側の一面を知ると、彼とはずっといい関係で居たいと願うようになっていた。




*****



そんなミナトとの出会いを回想しつつも、ソウタは慣れた手順で仕事をこなした。

やがて全ての作業が終了すると、帰り支度の為に更衣室へ向かった。


するとそこには既に着替え終わたミナトが、更衣室から出ようとしている姿があった。


「あ、カナデな、なんか休憩室で喋りたいとか言うてるから、外で待ってるわ」

「あ~わかった」


ソウタがいそいそと着替えて更衣室を後にする。

少し騒がしい休憩室の前を通り、声でカナデが居る事を確認すると、店の裏側へ向かった。

店の外に出ると、壁にもたれかかり、スマートフォンを眺めているミナトが居た。


「お疲れ~」

「カナデまだかかりそうやった?」

「あ~、多分な、何か盛り上がってたかも?」

「そっか」


今日はいつものコンビニの駐車場じゃなくて、店の駐車場で話をする事になりそうだ。

ソウタはそう思いながら、ミナトの近くの車止めに腰を下ろした。


「彼氏、ソウタで良かったわ」


ソウタが見上げると、スマートフォンを眺めているミナトの横顔が見えた。

そんな彼の横顔は少し満足気な表情にも見えた。


やがて用事が済んだのだろう。ミナトはスマートフォンを閉じて話しかけて来た。


「そう言えば、あん時、何したん?」

「あん時?とは」

「カナデがちょっかいをかけられてた時、ソウタに頼んだやつ?」

「あぁ」

「何で無くなったんかな?って未だに何があったか、よぉ分からんねん」

「あはは、それはアレや」


ミナトの質問の意味が分かり、ゴミ置場を指さすソウタ。


「?」

「あん時な…」


ミナトは真意が分からず、不思議そうな顔をしている。

そんなミナトにソウタは含みのある笑みを浮かべて、当時の事を教える事にした。




*****




それはミナトのお願いから、ソウタがカナデの周りで警戒し始めた頃に遡る。


その日は夜のピークも終わり、そろそろ片付けの時間に差しかかる時刻だった。

オーダーの緊張感も抜け、雑談を交わす時間でもある。

いつものようにキッチンのメンバーの一人がソウタに声をかけて来た。


「ソウタな~、最近、厳しくなったわ~」

「あはは、心の乱れは職場の乱れや」

「だれが上手い事言えと」


そんな二人の会話を耳したのだろう。

他のメンバーも会話に参戦する。


「やっぱソウタも、カナデちゃんに声かけるの怒ってんの?」

「え、まさかソウタ、カナデちゃん狙いか!」

「えっ!やめてぇ、ソウタやったらもう無理やん!」


ソウタは彼らの妄想に呆れながら、ため息を吐く。

そして自分から見えたカナデの様子を伝えた。


「明らかに怖がってるやん」

「…でも、なぁ…」

「徐々に慣れてくれるかと…」


作業の手を止めないままでソウタは会話を続ける。

そして彼らが本当に何も分かっていない事に呆れる。


(こいつらアカンなぁ…、分かって無いなぁ)


仕方が無い。

ソウタは彼らに現実を教える事にした。


「お前ら、ゴミ置場の黒いアレ、嫌いやろ?」

「何なん、急に」

「あんなん、好きな奴おらんやん」

「それや、それ」

「え?どういう事?」


ソウタの真意がまだ分からないキッチンのメンバー達に、ソウタは止めをさした。


「だから、慣れへんやろって」

「うぅっ!」

「ぐぇっ!」


ソウタは呆れはてて彼らに向き直り、追加の制裁を下す。


「…とりあえず、恐怖の対象や。恐怖の後が嫌い。

好きになるのは、もっとずっと後や…だから、やめときって言うてるねん」

「死んだ、終わった…俺ら人間以下なんか…」

「ソウタ、俺はもぅ生きてかれへん…どうしたらええんや…」


優しいソウタはまるで甥っ子に説明するかのように、彼らにこう伝えた。


「取りあえず、人として認識してもらうまで待っとき」




*****




「…っていう感じで、ゴミ置場の黒いヤツの例え話が抜群に聞いたっぽいわ」

「あはは、だからあいつら…まともに働き…出したんか…なんや、くくく、あいつら、アハハ、人間に…」


アハハと笑いながら、ソウタの隣に座るミナト。


「アカン、死ぬ~」


ミナトはそう言って盛大に笑い転げた。


そう。例の黒いヤツ。

やはりヤツは全人類の恐怖の対象だったのだ。

ソウタの例え話は一人、そしてまた一人…と、じわりじわりと恐怖が広がるように、店内の男どもの間に広がっていった。


黒いヤツの恐怖に慄いた男達は、流石に好きな子には人として扱われたい…と思ったのか、思わなかったのか。

その純粋な思いからなのか、下心からなのか態度を改めると、徐々にキッチンの雰囲気が良くなったのだ。


やがてキッチンのメンバーがミナトを邪険にする風でもなく、普通に接するようになると、最終的にはイケメンのミナトに、女の子の紹介をねだる方が良いと、そんな話になったようだ。


そんな彼らに、当時のソウタは「なんと切り替えの早い奴め!」と、呆れたが、ミナトの表情から力みが抜けていく様子を見ると、安堵もしたし素直に嬉しかった。


ミナトは決して人見知りでは無い。

たんに妹のカナデに嫌がらせをする人間が嫌いなのだ。

当然である。ソウタも甥っ子へ嫌がらせをする人間を好きにはなれない。


それにミナトは自分の過ちを認める事の出来る人間だし、他人の過ちも本人が改めれば、普通に接してくれる「良い奴」でもあった。

それにクールな見かけによらず、意外にもお兄さん味が強い。


ミナトはソウタとはまた違感じの、兄貴的な面倒見の良さから、キッチンのメンバーに慕われ、いつしか仕事がスムーズになっていった。


ソウタ過去を振り返り、そんなミナトの性格に自分は惹かたのだと思い出した。


「あ~、おかし。ソウタは、やっぱすげぇな」


笑い過ぎて涙目になったミナトは、良い顔をしてソウタに「凄い」と言った。

そんなミナトの話にソウタも乗っかる。


「あ、でもな。俺も今思い出してんけど、ミナトのお兄ちゃん?って感じの強さに憧れたというか、結構頼ってる分あるから、ミナトも十分凄いと思うで?」

「え?そっか?」


ソウタの言葉にミナトは満足げな表情を浮かべた。

そんなミナトの雰囲気に、ソウタの気も緩む。


そう。ソウタは気が緩んでいたから「せやけど~」とミナトが切り出した時に、ミナトの動きを受け止める咄嗟の対応が出来なかったのだ。


「まだ、お兄ちゃんとは呼ばさん!」

「ぐへぇ!」


プロレスのラリアットのような形で、ミナトはソウタの横から腕をかけた。

そんなミナトの勢いに負けて、二人は一緒に車止めから崩れ落ちた。


「あはは、超、痛てぇ!」

「く、くるし~っ、ミ、ミナト~ォ」


駐車場のアスファルトの上で転がりながら笑い出すミナト。

ミナトに首を抑えられつつも、笑い声と共に徐々に緩んでいくミナトの腕の感覚がおかしくて、ソウタも釣られてあははと笑い出す。


大学生の良い年をした男子が二人。まるで小学生のように転がって笑い合っている。

そんな光景を目にしたカナデ。


「何やってんねん…」


カナデが冷ややかな突っ込みをいれる中、ノンちゃんが無言で神に祈りを捧げる。

そして絶対無表情のミユウに心の中は会心の一撃が入っていた。

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