第6話 ミユウの恋は…(1)
ミユウはいわゆる「腐女子」というやつらしい。
と言うのも、本人は良く分かっていない。
それは母親の影響が強い。BLというか、やの付く本が母の部屋にあるのが普通だったので、女子に腐るという文字が付いたから何なのだと思っていた。
そんな感じだったのでクラスメイトとか、中学の時の友人の間でBLコミックの話をするのも普通だったっし、なんなら母親まで参戦する。
最初に読んだ漫画本のジャンルがBLだったと言うだけで、その世界だから良いという感じでは無かったから、本当の腐女子とは言わないかも知れない。
だけど、総じて絵柄の美しい漫画が多いので、読むのは好きだったし楽しかった。
だからミユウは「男女の機微が良く分からない」と言うのも仕方が無い。
ミユウは高校2年の時にファミレスのバイトを始めた。商業高校に入ったのも、自分は就職するつもりだったので、バイトは卒業まで続けるつもりでいる。
母と二人暮らし。早く働いて安心させたい気持ちが大きかった。
そして商業高校は女子の多い場所である。BL率は高くなる。友人との会話には困らなかった。
だけど、ミユウは、ますます男女の機微が分からなくなった。
だから、バイト先のキッチンで多くの男性が狭い場所で働いているのを見た時は驚いた。なんと、BLの世界は現実にあるだ!と、ミユウが思うのも仕方があるまい。
だからしっかりとその様子を観察した。妄想もちょっとしたと思う。
その状態のミユウが、ミナトの言う「絶対無表情」のミユウである。
いつもはバイト先のキッチンで観察する程度だったから、バイト先のメンバーでカラオケ店に行った時に、自分のテーブルの真向いの男性にぴたりと並んでいる(べつにぴたりと付いている訳でも無いが…)光景にちょっと興奮した。
良く見ると一方は物凄いイケメンあり、しかもイケメンの方が、じぃっと大きめ爽やか系男子を見ているのだ。
因みに言うと、ミユウが見ているこの光景は、端にイケメンのミナトが、親友のソウタの雰囲気が変わったのは、自分の妹のカナデと付き合い出した結果だな…と、感慨深く見ていただけである。
だか、ミユウからすれば、ほんの1m先にあるBLの世界そのものであった。
当然、しっかり見る、妄想もする。これがさっきと同く、ミナトの言う「絶対無表情」のミユウである。
*****
ある日の事。
ミユウがバイトの帰り道、いつものように歩道を歩いていたら、後ろから声をかけられた。
「ねぇ、君可愛いね、ご飯行かへん?」
馴れ馴れしい口調で誘ってくる、その男の声に恐怖を感じたミユウは、聞こえないふりをして、早歩きでその場を去ろうとした。
すると、男の手がにゅぅっと伸びて、自分の腕を掴んだのだ。
「ひっ!」っと声にならない声を咄嗟に出すと、その反応を楽しみようにグッと力が強くなった。
ミユウは反対の肩にかけているカバンを振りまわし、男にぶつけた。
すると中身の教科書やノート、友達に借りた漫画本などが飛び出し、歩道に散らばり落ちた。
その惨状に男が「チッ」と舌打ちをして、そのままミユウの前方へと走り去って行った。
恐怖で完全に思考が止まり、無我夢中で散らばった中身をカバンに詰め、バイト先のファミレスの駐車場へ走って戻った。
従業員用の入り口の灯りが見えてホッとしたら、急に先ほどの出来事や、掴まれた腕の感触が蘇り、怖くなってガタガタと震えた。
そのまま両腕を抱え、崩れるように座り込むと、今度は頭を抱えて「どうしよう、どうしよう」とミユウは、まとまるはずの無い考えを、ぐるぐると巡らせた。
そのぐるぐると渦巻く「どうしよう」の中、人の形の何かがミユウの目の前に表れた。
「え?」
その人影にミユウは小さな声を出して驚いた。
「大丈夫か⁉」
人影から男の声が聞こえた。
怖くて返事の出来ないミユウの耳にその人影が舌打ちをしたのだろう「チッ!」という音が聞こえ、怖くて再びビクっと体が震えた。
そうだ。ミユウはさっきの人が戻ってきたと思ったのだ。
ギュッと体中が固まる。
すると、今度は顔を前後にゆすられた。
「おい、しっかりしろって!」
耳に届いたのは、男性の悲痛な掛け声だった。
さっきの男の人とは違う、声の熱さに、ミユウは「誰?」と疑問に思った。
人影が人間の男性に見えて、顔が徐々にはっきりしてきたかと思うと、そのどこかも覚えのある顔が、自分の知っている人物の様な気がして、声を出して驚いた。
目の前の人物と視線が合うと、やはり見た事のある顔だとミユウは思った。
自分の頭を抱えているミユウの手を、目の前の人物がゆっくりと頭から剥がしてくれる。
「大丈夫か?」
ようやく頭が軽くなったミユウの耳に届いた熱のある声。
あぁ、そうか、この人はバイト先の男の人だ…と、前の人が誰だか分かると、ミユウは少しホッと胸をなでおろした。
「…大丈夫…です」
だから、スカートをギュッと握りしめ、心配を掛けてはいけないと、そのまま耐えるように項垂れた。
するとその人は、目の前から立ち去る事無く、ドカッと座り込んで、胡坐を組み、じぃっとミユウの事を見ている様子をみせた。
ミユウは、何となく目が合わせずらくなり、そのままずっと下を向いていた。
けれど、頭の中ではずっと、「どうしよう、どうしよう」と、ミユウは戸惑いを続けていた。
スカートを掴む両手の力は益々強くなる。
すると、急にその人に手首を柔らかく掴まれて、「立って」と言われると同時に、ひょいと引っ張られ、ミユウは言われるままに立ちあがった。
立ちあがると、その人は少しかがみ、ミユウの顔を下側から覗き込む姿勢になった。
その人の目は、自分も痛くて苦しいのだと言っているようだった。
だからミユウは、その人影が動いて自分よりも大きくなり、そのままゆっくりとその人の胸元へ引き寄せられたけど、その動きに素直に従った。
確かに驚きはした。
驚きはしたけど、ミユウは直ぐに「今はこれが正しい」のだ、とそんな気がしたのだった。
ミユウはその直感に自分を委ねた。
自分より硬い体、高い温度、知らない匂い。一定に刻み続ける心音と、ぎゅうっと包む力。
自分と違う存在が、自分にピタリとつく事で、自分はここに立って居るんだと実感がじんわりと出て来た。
暫くすると、頭をゆっくりと撫でられた。そこへ意識が集中する。
ゆっくりと優しい温度の「大丈夫」と言う声が何度も耳に入る。
その声に力がどんどんと抜けていく。
「ひっ…ひぃっく……ひぃっく」
「大丈夫やで」
「うぅぅ、怖かっ…」
「大丈夫」
「うぅぅ…」
ミユウは子供の頃に聞いた懐かしい父の言葉を思い出し、涙がボトボトと溢れて来た。
やがてミユウが落ち着きを取り戻した頃、ゆっくりと熱のある人が離れて、今度は柔らかい人が傍へ来てくれた。
どこか、熱のある人と似てる香りに引き寄せられ、ミユウは自分からぎゅっと柔らかな人に抱き着いた。
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