第5話 ミナトの恋(後編)

「えっと、状況を聞いても良いかしら」


3人でダイニングに戻り、指定された席に付くと、おかっぱ眼鏡オカンはコーヒーを出してくれた。

別に怒ってる感じでも無いし、疑われている訳でも無さそうでちょっと安心した。

一息つくと、おかっぱ眼鏡は、自分で言いますと言って説明をしてくれた。


おかっぱ眼鏡が言うには、今夜は母親から「残業で遅くなる」と連絡があって、一人で居るのは怖いなと思ったそうだ。


それでたまたまバイトの帰りに俺達と一緒になって、送ってもらう事になったから、「ミナトさんなら大丈夫」と思い、家で一緒に待ってもらおうと思ったと。

だけど家に俺を入れたら、すごく叱られて驚いたと。

その上、俺が帰ろうとしたかと思えば、外で待つと言うし、そしたらお母さんが帰ってきたし、どうしよう?ってなったと。


おかっぱ眼鏡オカンはため息を吐いて、眼鏡を外して目元をぐりぐりともんで、少し考え込んだ。


「あの、俺が言うのも変ですけど、女の子が一人の時に、部屋に男を入れたらアカンってちゃんと教えて下さいね」


目を閉じたおかっぱ眼鏡オカンに俺は念を押した。


「いくら信用出来る人でも、男は誘ったらアカンって」

「…」

「どうしてもって時は、ファミレスとか、人気の多い店に行くとかですね」

「…」


俺の話を黙って聞いていた、おかっぱ眼鏡オカンは、ちょっと考えてから「はい…」って小さい返事をした。


「あれ?」

「…」


はぁ。多分おかっぱ眼鏡オカンも知らずに来たなこれ。

ほんま、今までよく無事やったな、この親子。


「ほんま、男は用心する位が丁度ええんですよ」


それが少し脅して言ったら、おかっぱ眼鏡オカンが少し考えて口を聞いてきた。


「イケメン君も?」

「当たり前でしょ」


俺は内心で盛大なため息を吐きながら、強く言い切って、またその言葉に呆れもした。


俺は帰る事にした…なんかめっちゃ疲れた。

別れ際、申し訳なさそうに口を開くおかっぱ眼鏡オカン。

重ね重ね申し訳ないという言葉を聞き流し、玄関で振り返り注意をする。


「はぁ、おかっぱ眼鏡も、おかっぱ眼鏡オカンも気ぃ付けて下さいね!鍵ちゃんと締めて下さいね!オートロックも不用意に開けたらダメですよ!」


強めに言い聞かせて、「ふん」と鼻をならし、玄関から廊下に出た。

そして夜の空を見て思う。


はぁ、俺、お巡りさんちゃうのに…と。




*****




それから暫く経った頃、カナデが映画に誘って来た。


「ソウタと映画に行くけど一緒に来る?」

「はぁ?なんで二人の邪魔しに、わざわざ着いて行かなアカンねん」


呆れながら丁重にお断りを申し上げる。


「じゃ四人やったら行く?」

「え?」

「ミユウちゃんも一緒で四人」

「なんでそこに、おかっぱ眼鏡が入るねん」


再び呆れながら、丁重にお断りする為の文言を考える。


「だって3人やったら行かへんって言うた」

「だから2人で行けばいいやん」

「だってミナトの分の入場特典も欲しいもん!」

「…っ!」


はぁ、お前そういう所あるわ。

そうか。それが目的か。何と憐れなソウタよ。


「はぁ、おかっぱ眼鏡が良いんやったら、かまへんわ」

「ほんま?」

「あんま、無理強いしたアカンで可哀そうや」

「聞いてみる~」


無理やりでは無かったと信じたいが、後日、4人で映画を見に行く事が決まったとカナデから聞いた。

それで待ち合わせの場所でおかっぱ眼鏡を待っていたら、全く知らん女の子がトコトコとやって来た。


「あ、ミユウちゃん!こっち!」

「はぁ?」


手を上げたカナデに思わず驚きの声を上げもうた。


「バイトの時と雰囲気ちゃうね」


おかっぱ眼鏡っぽい女の子を見て感想を述べている。


「はい、頑張っておしゃれしました」


少し得意そうな顔で返事をする、ドヤっと顔のおかっぱ眼鏡…。

もとい、おかっぱ眼鏡モドキ。

さも普通ですという感じで始まる会話に俺は固まる。

いや、もう別人やろ?


「ミナトさんどうですか?」


別人になったおかっぱ眼鏡…もとい、おかっぱ眼鏡モドキは、ドヤ顔で聞いてくる。

どうって?何よ?どう見えるかって事?

だから俺は見えるままに伝える事にした。


「いつも顔を覆ってる髪の毛無くて、耳が見えて、メガネがない」


その答えに、カナデは「あちゃー」という感じで額を指で押さえ、ソウタは唖然とした顔をし、おかっぱ眼鏡モドキは黙って俯いた。

あ、違う?説明じゃない?

感想か?もしかして俺の感想を聞いてるのか?


「ふ、普通」

「…」


その答えにまた3人の空気がザワってしたけど、え?普通やろ?


「え?普通に可愛いけど、何?」


俺は訝しげな顔をしてカナデを睨んだ。

カナデに顔を向ける時、チラッと見えた、おかっぱ眼鏡モドキの顔は、ちょっと前までの俺の知ってる「絶対無表情」とは違う顔をしてた。




*****




こうして無事に?映画鑑賞が始まった。

隣でポップコーンを美味しそうに食べているおかっぱ眼鏡モドキの様子に、無理やりじゃない感じが垣間見えて、ちょっと安心した。


「ミナトさんも一緒に食べますか?」


おかっぱ眼鏡モドキが俺にポップコーンを差し出して聞いてきたから、素直にひょいとつまんで頂く事にした。


「ん、ありがとう、うわ~めっちゃ甘い」

「キャラメル味です」


そうか。女子高生は、こういう子供っぽい味が好きかもな。


「俺は塩の方が好きやな」


俺は甘いのはあまり好きでないしな。


「うぅ、ごめんなさい」


べつに凹まんでも…。


「じゃ、次買う時は塩な」

「次…」


なんや、次もキャラメル味が良いのか。

全く、おかっぱ眼鏡モドキはやっぱり子供やな。


「え?アカン?じゃ、そん次は、またキャラメルでええよ」

「っ!はい!」


なんかドヤっとしたり、謝ったり、喜んだり。

そんな楽しそうなおかっぱ眼鏡モドキを見ていたら、俺も少し楽しくなってきた。


やがて映画を見終えて、カナデは手に入れた入場特典を扇状に並べてはしゃいでた。


「3種類もあるぅ~」


いつもの気持ち悪い顔で喜んでるけど、それ、ソウタと俺のを巻き上げたやつやで。このジャイアンめ!って脳内で軽く突っ込んどいた。

まぁ、カナデが喜んでるとソウタも喜ぶし、まぁ良いかと思ったよ、ジャィ兄は。


そんなカナデの様子を見たおかっぱ眼鏡モドキが「私のも良ければ」って自分のを差し出した。

カナデのジャイアニズム恐るべし。


「え、そんなん悪いわ、ええよ、今日の記念に持って帰り!」


断わるカナデを見て安堵する。

まぁお前5歳児卒業したもんな。年下から巻き上げたら犯罪や。


「いえ…推しだったら、絶対に欲しいのわかります!」


何故だか引かないおかっぱ眼鏡モドキは、カナデにキラキラとした目で自分のグッズを渡そうとする。

なんの儀式やねん…。

二人で遠慮しあっている様子に飽きた俺は、お兄さんとして解決案を差し出した。


「分かった、分かった。それカナデにあげたって?俺がパンフレット買ってやるから、付いてきて」


俺は少し強引かと思ったけど、おかっぱ眼鏡モドキをそこから連れ出した。




*****




映画館のグッズコーナーを見ていると、思っていたよりも多くの種類が売ってあった。


「これ可愛いなぁ」


おかっぱ眼鏡モドキは、その中から、キーホルダーを手に取って見だした。


「なら、パンフレットやめてそれにする?」


おかっぱ眼鏡モドキの横に並んで、同じ様にキーホルダーを覗き込む。

するとおかっぱ眼鏡モドキの頭上に「!」が飛び出すような勢いで驚いて、そのまま固まってしまった。

お前、あの島の住民かよ、って心の中で突っ込みつつも、その顔が面白くって思わず笑ってもうた。


「じゃ、ここで待っといて。レジに行って来る」


俺はおかっぱ眼鏡の頭上の「!」マークを撫でて、キーホルダーを取り、支払いに向かった。


無事に支払いが終わり、元居た場所に戻ろうと目線を向けると、二人組の高校生らしき男が、おかっぱ眼鏡モドキに声をかけているのが見えた。


「チッ!」


俺は軽く駆けながら、おかっぱ眼鏡モドキの元へ向かった。

それで男の前に分け入って睨んでやった。


「俺の連れに何か用?」

「え!イケメンきた」

「っ!」


そしたらそいつらは、現れた俺に驚いて固まってしまった。

それでも睨み続けてたら、おかっぱ眼鏡モドキが俺のシャツを掴みながら、大きな声と共に俺を止めてきた。


「ど、同級生です!!」

「は?」

「中学校の、同級生です!」


真っ赤な顔でプルプルと震えながら一生懸命に説明を続ける、おかっぱ眼鏡モドキを見てたら俺の怒りも力も急に抜けていった。


「そっか、ごめんな、わりぃ」

「…いえ」


俺はその場でおかっぱ眼鏡モドキと手を繋いで、少し引っ張りながらカナデとソウタの場所へと戻った。

そん時の俺は、何だか妙にいたたまれなくて、早くカナデとソウタの元に戻りたくて、ちょっと強くおかっぱ眼鏡モドキを引っ張ったかも知れない。


その後、カフェでお茶を飲んで休憩を終えた俺達は、別れて行動する事になった。

カナデとソウタは、この後買い物とか食事に行くらしい。

俺は家に帰ると言う、おかっぱ眼鏡モドキを送る事にした。


何度か送った道だ。知ってる道に入ると妙な緊張感が抜けて、少し話をする事が出来た。

今日の映画がどうだったとか、話がどうだったとか、まぁ普通の話しな。

別れ際マンションの前で、おかっぱ眼鏡モドキは礼を言ってきた。


「お土産ありがとうございました」

「良いのあって良かったな」

「一生大事にします」

「大げさやなぁ」


そう言いながらも悪くない気分だった。


そん時ふと、俺はその「一生大事にします」という言葉が妙に気になった。


「一生大事にします」か…。

そう言うのプロポーズとかで言いそうやな。

多分、俺には一生縁が無さそうやな。

カナデを見てて、ソウタを見ててわかるけど、俺は自分のそう言うの全く分からへんもんな。

もしかしたら、そう言う感情が無いかもな。

そんな思考を引きはがすように、おかっぱ眼鏡モドキは俺に声をかけた。


「あの…」

「どした?」

「ミナトさんて彼女は居ないんですか?」

「おらんけど」


俺の言葉に他の女たちとは違う反応を見せたおかっぱ眼鏡モドキ。

何故だか寂しそうな表情を浮かべた彼女に、俺は自分の気持ちを打ち明けた。


「…ま、隠す事ちゃうから言ってもええけど、今まで誰かの事好きになったことないねん。そう言うのわからんねん」


「だからな…」と言って、さっきの映画館での事を思い出す。


「カナデとソウタが羨ましい」


って、これは多分無意識に出た言葉や。

そう思ったら、「あ、これ、俺の本心ってこれなんや」って自分でも驚いた。

そんな俺の耳におかっぱ眼鏡モドキの声が入る


「…わかります」

「…」

「私も羨ましいです」

「な~」

「はい」


少し寂しそうだけど、なぜか笑顔を向けるおかっぱ眼鏡モドキ。

そんな妙な会話がお互いに可笑しくなったのか、その日は二人で笑い合って別れた。


後日、バイト先で見たおかっぱ眼鏡モドキは、映画の時と同じく、おかっぱ眼鏡モドキだった。いつもの「おかっぱ眼鏡」の眼鏡姿じゃ無くなっていた。

そう言えば髪型も映画へ行った時とは違うけれど、既におかっぱでは無くなった。


それでもバイト先で調理場を見る時の「絶対無表情」は継続してた。

だからそれはそれで気になったけれど、それもおかっぱ眼鏡モドキの「素」かと思えば、それはそれで面白かった。




*****




ある日、バイトの休憩室に入ろうとしたら、少し開いたドアの隙間から声が聞こえた。どうやらおかっぱ眼鏡モドキと、フロアの女の子らしい二人が嬉しそうに騒いでいるようだ。


「私はソウミナがたまらん、ミユウは?」


ソウミナ?

聞いた事のない言葉にドアノブを取る手が止まる。


「その組み合わせは…」

「じゃ誰よ」

「最近、ちょっと分かんくて」

「はぁ~まぁええか。ヤスコさんの本また借りていい?」

「あはは、お母さんに聞いとく」

「あの年代のは直球や」


それでも立ち聞きも良くないと思い、ドアを開けて休憩室に入る。


「ソウミナ?」

「「⁉」」


俺は聞き覚えの無い言葉を口にしながら休憩室に入った。

別に質問からでは無い。

聞いた事のあるような不思議な響きに、たまたま声に出しただけやのに、二人は犯罪者が警察に捕まった時のような絶望的な顔をして固まっていた。


「あ、ごめん?驚かした?」

「「ダイジョブデス…」」

「?」


あれ気まずい?

まぁええか。と思い、俺はスマホを眺めながらバクバクと飯を食い進めた。

二人はいそいそ出て行き、その様子を見ていたら、俺が追い出したみたいで悪いなってちょっと思った。

程なく、同じキッチンの社員の人が休憩室に入って来た。


「あれ?女子達おらんくなった?」

「その言い方気持ち悪いっすよ」

「あはは、ごめん、ごめん」


俺はスマホでさっきの「ソウミナ」を調べたけど、やっぱり意味が分からなかった。まぁ、ええか。


「せやけど、最近の女はちょっと腐ってるな」

「は?」

「腐女子って言うねんて」

「は?フジョシ?」

「知らん?」

「興味ないっすね」

「いや~男性同士の恋愛が好きな女の子を腐女子って言うらしいよ」

「…」

「そういう漫画が流行って、ドラマとかあるらしい」

「そうすか」


別に男同士の恋愛が好きとか、興味があるのは、腐っているとは言わないだろうと突っ込みながら聞き流す。


「ミナトくん!娘が腐ったらどうしたらええんや~!!!!」

「知らんがなっ!」

「一人娘やねん」

「…」

「彼氏がおっても心配やけど」

「…」

「男同士の恋愛が好きって意味わからん~~」


俺は黙って、ティッシュの箱を差し出した。

おっちゃん、涙は拭いた方がええ。あと鼻水も拭いとき。


だいたい、誰が好きとか、何が好きとか別にどうでもいいやん。

自分と感覚が違うとか、わからん。てか、俺の場合、そもそも自分の事が良く分かってないもんな。

オジサンはオジサンの悩みがあるって事か。まぁ大人は大変やな。


その後も特に何事も無くバイトが終わり、俺は先に店の外に出て、いつもの店の裏側でカナデを待っていた。

すると俺より先に店から出ていたのだろう、おかっぱ眼鏡モドキがハンカチを目にあてているのが見えた。


「っ!」


おかっぱ眼鏡モドキの姿にあの日の出来事がが蘇る。

俺は急いで駆け寄って、おかっぱ眼鏡モドキの顔を見た。


「大丈夫か!」


血相を変えて飛び込んだ俺を見た、おかっぱ眼鏡モドキ俺を見て驚いた顔を見せた。


「ご、ごめんなさい!大丈夫です!コンタクトです!コンタクトがズレたんです!」


慌てて真っ青な顔で返事をするおかっぱ眼鏡モドキ。


「は?」

「コ、コンタクトです!コンタクトレンズです!っつたたた!」

「あ、わりぃ」


安堵から思わず肩を掴んだ手を離す。


「すみません、肩じゃないです、目です、すみません…もう大丈夫です」

「いや、ごめん」


涙でグズグズしながらも、片眼をぱちぱちとしながら笑うその様子に、何だか妙な気分になった。

何事も無くて良かった…いや、何事があったから目が痛いのか?

コンタクトの不具合の分からない俺は、暫くそのままおかっぱ眼鏡モドキの前に立っていた。


「何してるんですか?」


どんな俺達のに最近入ってきたフロアの女の子が、強い口調声を掛けたかと思うと近づいてきた。


「あぁ、コンタクトがズレたらしくて…」


俺はおかっぱ眼鏡モドキの状況を説明する。

するとその子は、急に訳の分からない事を言い出した。


「ミナトさんってミユウに優しいですよね、でもミユウ、ミナトさんの事好きじゃないですよ?」

「は?」

「ミユウって腐女子なんで、男性の事好きじゃないんです」

「はぁ?」


多分この時の俺は、もの凄く低い声が出てたと思う。

俺のすぐ隣にいるおかっぱ眼鏡モドキが、びくって怯えるのが見ていなくても伝わってきた。


「…っつだから、ミナトさんは恋愛対象外ですって!」


俺の剣幕に推されながらも、自分の言いたい事を言い切るその姿に、かつて俺に言い寄って来た執拗な女たちの姿が重なる。

多分その時、俺はちょっと切れたと思う。

そんな俺から逃げるかのように、おかっぱ眼鏡モドキは、全力で俺から離れようと駆け出した。


「あっ、おい!」


俺は、おかっぱ眼鏡モドキを呼び止めるが、その声に聞こえないふりをして、全く止まらず、振り返る事も無く、店の駐車場を外に向かって走っていく。


「それよりミナトさ…」

「ミナト?」


ゆっくりと走り去るおかっぱ眼鏡モドキを目で追っていると、カナデの声が耳に届いた。その声で我に返る。


「っ、わりぃ!帰りはソウタに送ってもらって!あいつ終わるまで店で待っとけよ」


そう言って俺は全力でおかっぱ眼鏡モドキを追いかけた。


「ちょっ!ミナトさ」

「頑張って~!!」


カナデの声が後ろから聞こえる。俺もおかっぱ眼鏡モドキと同じく、全く止まらず、振り返る事も無く、店の駐車場を外に向かって走って行った。


「人間は追われると逃げたくなるが、逃げられると追いたくなる」とは誰の言葉か?


いつかのそんな感じの言葉が、何故かふと過り、俺は自分の状況が分からないまま、とりあえずおかっぱ眼鏡モドキを追いかけた。


駐車場を出て、歩道を曲がると、直ぐにおかっぱ眼鏡モドキの後姿を見た。

俺は直ぐに追いついた。

当たり前である。男子大学生の体力を舐めないで頂きたい。


「はぁ、ちょ、ちょっと待って!」


俺はおかっぱ眼鏡モドキの目の前に飛び出した。

おかっぱ眼鏡モドキは半泣きで走っていたらしい。


「はぁ、はぁ」

「ひっく、ひっく」

「意外と足早いねんな」


泣きながらも、俺を見て止まってくれた、おかっぱ眼鏡モドキをに安心した俺は、思わず変な事を言ってしまったらしい。

それで気が抜けたのか、おかっぱ眼鏡モドキは「ごめんなさぃぃ」と言って泣き出した。


俺は泣き出したおかっぱ眼鏡モドキを宥めつつ、俺は映画館の時のように、彼女の手を繋いで、引っ張る形で家の方向へ歩いていった。


いつもの帰り道。

どこに自販機があって、どこに公園がは分かっている。


「ちょっと時間ええか?」


俺の問いに、おかっぱ眼鏡モドキは首を1回縦に振った。


「じゃ、先に、オカンに連絡しとき」


俺達は公園のベンチに座ってここで話をする事にした。

俺はとりあえずカナデとソウタに連絡を入れた。

隣でおかっぱ眼鏡モドキはオカンに連絡を入れたと思う。


「よし」


連絡を終えた俺はさっき買ったお茶を一口飲んだ。

おかっぱ眼鏡モドキも連絡が終わったようなので、彼女の分のお茶を差し出した。


「あ、ありがとうございます」

「ん」


俺達はそのままベンチに座り、暫しの間、夜の静けさに耳を傾けていた。


「あんま気にすんなよ」


そう俺が切り出すと、おかっぱ眼鏡モドキはちょっと驚いてビクっとなった。


「人に何か言われても…まぁ、気になると思うけど、気にしすぎたら疲れんで」


俺の独り言のようなそれに、おかっぱ眼鏡モドキは黙ったままだ。


「俺も別に気にしてないし…」

「⁉」

「大丈夫やから」

「…っ!」


俺はペットボトル蓋を開けると、がぶがぶとお茶を飲み込んだ。

ふぅっと大きく息を吐いて、ペットボトルの蓋を閉めようとした。

するとその時、「違います!」って突然おかっぱ眼鏡モドキは声を荒げた。


「…」

「違います」

「いや、気にしてないから、大丈夫やって」

「っつ!だったら、何を気にしてないんですかっ!」

「えっ?」


そうおかっぱ眼鏡モドキをに質問されて、俺は逆に考えこんでしまった。


何を気にしていない?

確かに俺は「気にしていない」って言った。

何を?

え?

俺は何を気にしてない?


「え?」

「え?」

「え~っと」

「???」


二人共何故だか目を丸くして驚いている。

と、何が何で驚いたのかも、訳が分からない。

だから俺は素直に自白した。


「え?ちょっとわからん」

「え?」

「だって、分からん、何を気にしてないか、自分でもわからん」


分からないと口にすれば、自分で自分の何を言ってるのか、やっぱり分からなくて、可笑しくて笑ってもうた。


「あ~いや。じゃあええわ。俺が何を気にしてるのか、逆に教えて?」

「⁉」

「だって俺、わからんもん」


多分、俺なんでか分からんけど、凄い浮かれてる。

何でか分からんけど、おかっぱ眼鏡モドキとのやり取りにすげぇ浮かれてる。


「れ…」

「レ」

「れん」

「レン?」

「っつ!!む、無自覚ですか!!天然ですか!計算ですか!たらしですか!」


そう言っておかっぱ眼鏡モドキは立ちあがって、怒り出した。


「あははは」

「っつ!!」


この時の俺は、おかっぱ眼鏡モドキが、何を言ってるかが、ほんまに何も分かって無かった。

だけど、それが可笑しくて、可笑しくて、ほんまに可笑しくて、でも嬉しくて、すげぇ浮かれてた。


そんな浮かれている俺におかっぱ眼鏡モドキは、半べそ状態で、それでも真剣な顔をして俺に自分の気持ちを伝えてくれた。


「私、ミナトさんの事好きです」

「うん」

「多分、ミナトさんは違うと思いますけど」

「…うん」

「…っつ!でも、私はミナトさんが好きです」


そう言ってボロボロと涙を流す、おかっぱ眼鏡モドキの事を俺は愛おしく思った。

いや、多分浮かれてるって分かった時も同じ気持ちやった。


だから、俺は両手を広げて「ん」っておかっぱ眼鏡モドキに微笑んだ。

早くこっちに飛び込んで来いって。


多分、俺にあるのは、恋愛の好きとか嫌いとは違う場所にある何か。

だから、おかっぱ眼鏡モドキの前にある、その境界線を飛び越えて、お前も俺んトコに来たらええって。


そんな俺の元におかっぱ眼鏡モドキは「ミナトさんのあほ~」って言いながら飛び込んでくれた。

多分こうなる事がちょっとわかってた。だから浮かれてた。


俺はいつかのあの時みたいに、出来るだけ優しくおかっぱ眼鏡モドキの頭をゆっくりと撫でてやった。


ソウタ…癒されるってこういう事やんな?

凄いな、こんな気持ちってあるんやな。

俺は夜空を見上げながら、その温かさに浸ってた。




*****




落ち着いた俺達は、おかっぱ眼鏡モドキの家に向かった。

いつもの様にオートロックの扉越しに別れると思った、おかっぱ眼鏡モドキはびっくりしてた。

でも俺は気にせず、彼女の手を繋ぎながら家の前まで行った。

チャイムを鳴らすと、おかっぱ眼鏡モドキオカンが出て来た。


「夜分にすみません、少し時間いいですか?」


いつもと違う俺の様子に、疑う事も無く、「ええよ」と言っておかっぱ眼鏡モドキのオカンは俺を家に上げてくれた。


コーヒーを出され「それで?」と促された。


俺は素直な自分の気持ちを吐き出した。

お嬢さんに好きだと言われましたと。

でも俺は恋愛が良く分からず、女性を好きになった事が一度も無いし、お付き合いをした事も無いので分からないと。

だから何と返事をすべきか分からないと。


「そっか」


おかっぱ眼鏡モドキオカンは黙って聞いてくれた。


「なんですけど、おか…ミユウさんは、普通に可愛いと思ってます。

さっき抱きしめたら温かったし、多分、すげぇ癒されました」


俺は女が好きじゃないし、かといって男が好きなわけでもない。

カナデや両親への家族の愛情はわかる。

そしてソウタへの友情もわかる。

だけど、自分に向けられる恋愛の好意はわからない。

だから自分の恋愛の好意も何かよく分からない。


だけど、それとは違う、彼女に対する何か温かいものが有る事は確かだった。

だからそれを口にした。


「ミユウさんが誰かのせいで傷ついてたり、泣いたりしてるのは嫌です。

原因を作った奴は、許さへんし、めっちゃ腹立ちます」


最初にミユウと出会ったあの日の出来事の犯人は絶対に許せない。


「でも俺の事が好きっていって泣いてるのは嫌じゃなかったです。

すごく嬉しくて。

でも、どうせ泣くなら、幸せって笑いながら泣いて欲しいです」


だから泣き顔は見たくない。

だけど、これはエゴなのか。

俺の事を好意的に思う先に流れた涙は、なぜか温かいもののように思えた。


言葉にならない気持ちを必死につかむように、言葉にした。

だけどこれが言葉として合っているかどうかは分からない。

だから一番本心に近いと思う言葉を口にした。


「これが好きかどうかわかりませんが、俺がずっと傍で守ってあげたいです。

一生大事にって言葉がこれにあてはまるなら、多分これです。

俺、ミユウさんの事、一生大事にしてあげたいです」


暫く3人とも黙っていた。

やがて口を開いたのは、おかっぱ眼鏡モドキオカンだった。


「ミユウはどうする?」




*****




俺はミユウの玄関からマンションの廊下に出ると、見送りに来た、ミユウとミユウのオカンに挨拶をして別れた。


俺達は、親公認で付き合う?と言う形になったらしい。

好きとか付き合うとか、それは良く分からんけど、おいおい二人で話し合って好きにすれば良いとの事だった。俺もそれがええと思った。


結局、俺は「自分の恋愛」とか「自分の好き」が分からない。

でもそれも別にええかと思った。


実はこの時、俺の携帯にミユウの「これからもずっとよろしくお願いします」というメッセージが入ったが、これに気が付くのは、俺が家に帰り、ベッドにもぐり込んでもう寝るぞという直前やった。


そんな温かい言葉に俺は力が抜けてそのまま返事もせずに眠ってしまったらしい。


翌日、カナデに叱られた話は、また今度でええかな?












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