第4話 ミナトの恋(前編)

ミナトはモテる。

それは外見が良いからである。

いわゆるイケメンである。

ミナトには言い寄ってくる女は、執拗な女が多かったから、女は好きじゃない。

双子の妹のカナデも当然美人で、男に苦労していた。だから、男も好きじゃない。


だからミナトは自分の恋愛は良く分からなかった。




*****




ある日、俺はバイト先でカラオケに誘われた。

メンバーは学生のみで、今の所10名ほど参加するとか。

そのような類の誘いは、いつもなら絶対に参加しないが、妹のカナデと親友のソウタと俺の3人で一緒に行けるのと、カナデがソウタと付き合い出したのもあって、これもカナデの社会勉強になるかと思い、参加する事にした。


当然のように、待ち合わせのカラオケ店には、カナデとソウタと俺の3人で向かった。

それで俺は店の前で待っているメンバーを見てちょっと引いた。

派手な女子が多い…あ、これ絡まれる?って引いた。

でもまぁ、それは考えすぎか?とも思ったので普通に店に入った。

考えすぎるのも自意識過剰みたいで嫌やしな。それに女子が多いって事は、カナデの気が楽かとも思ったし。


それで、席の並びを誘導されるままに、座わろうとした。

やっぱり嫌な予感は当たった。俺を囲むように派手な女子が既に座っていた。

俺はそこへ座る前に、カナデとソウタは大丈夫か?と思って二人を見た。

カナデの横はソウタ…ってのは当たり前やけど、そのカナデとは反対側のソウタの隣には、明らかにソウタ狙いの馴れ馴れしい態度で、ソウタを呼ぶ女が座っていたからだ。

ソウタは基本的に真面目女子に好かれるけど、あの女は、真面目女子へのマウントの為にソウタを利用している感じがした。

勝手に勘ぐったら、相手に悪い?いやでもな、用心は越したことは無いねん。これは経験上そう思うから、しゃあないねん。

だいたい、カナデが彼女枠ですっぽり収まってるのに、ちょっかいをかけて来るような奴や、品のない女に違いない。

やっぱり女は嫌やな…って俺はゲンナリした。


そしたら、ソウタが「ちょっと悪いな」って言いながら、カナデと一緒にソファーの端の方へ移動した。


「カナデあんまり慣れてないと思うから、俺ら端におるわ」


そう言いながらカナデを傍に座らせるソウタ。


「やだ、イケメン!」ってか、こういう所やぞ!

「お前ら、男はこういうもんや!」っ誰に言ってるか分からんけど、俺がそんな妄想の中におったら、ソウタが突っ立ったままの俺を呼んだ。

女たちがザワついてる空気のを感じつつも、俺はソウタに言われるままに、ソウタの隣に座る事になった。


「ま、でもせっかくやし、楽しまなアカンな!」


ザワついた空気の中、満面の笑みでみんなの方を向いて嬉しそうなソウタ。

お前小学校の担任の先生か。

いや、まさか!お前の本当の苗字は、風早か!


そんな突っ込みも束の間、改めて座るソウタを見ていたら、少し外見の雰囲気が変わった事に気が付いた。

一応やけど今日はお出かけか?いつもより服装が洗練されとる。

短髪から少し髪が伸びて、甥っ子が言うてたやつに近くなったんかな?

そう言えば、カナデがソウタの家に行った時に、甥っ子から聞いて一緒にソウタを改造してるっぽい。まぁ、カナデにしても彼氏がカッコ良いのは嬉しいもんな。


そんな感じでソウタを見ていたら、何となく視線を感じた。

たまに「見られる」みたいに感じる視線はあったけれど、もう少し違うというか。

良く分からんけど、観察?ちょっとゾワッっとする感じ。

誰や?って視線を何となく探ると、おかっぱで眼鏡の女が、ほぼ無表情で俺の事見てたのが分かった。


その無表情に「ひぃ」って思わず心の中で叫んでもうた。

なんか媚びるというか、熱のあると言うか、あの感じとは違う、むしろ温度が皆無というか、見てるけど見てないような、自分の世界の中に居る感じもある。

現実逃避?まぁ嫌やったら、カラオケには来うへんやろうし、それは違うか。

まぁちょっと良く分からん感じの目線やった。

でも、病んでる感じでも無いし…変わった子…。いや、だいぶ変わった子やなぁって、とりあえず思考はそこで放棄した。


それでその変な女子は時折バイト先で見かけた。ま、それは当たり前やけど。

多分今まで見る事はあったけど、眼中になかったんやろ。それに話をした事もないし。

人物が特定されたから、気になったけど、休憩が同じになっても話しかけもしない、こちらを見る風もない。

俺はあの時のカラオケ店の無表情は勘違いなんかな?って思う事にした。


「人間は追われると逃げたくなるが、逃げられると追いたくなる」とは誰の言葉か?そんな感じで、俺は、「おかっぱ無表情の変な眼鏡女子」を少しばかり目で追うようになった。


そんなちょっとした好奇心から、彼女を見かけては、時々やけど観察をしてみる事にした。

おかっぱ眼鏡(面倒やから略す)は、「絶対無表情」(勝手に名付けた)で、キッチンの方を見る事があるが、ただ見るだけで直ぐに仕事に戻るので、キッチンの仕事の興味でもあるのかな?なんて思った。

それよりあの子、人生面白いのかな?

俺は彼女の「絶対無表情」にちょっと心配もした。


おかっぱ眼鏡に興味があるとは言えない俺だけど、少し気になったので、いつものバイトが終わりのコンビニの前でおかっぱ眼鏡の話題を口にした。


「ミナトが女の子の事を聞くなんて…お母さん嬉しいっ!」


おかっぱ眼鏡の話題にカナデが変なテンションで切り返すから、俺は「あほか!」と言って、カナデの代わりにソウタの頭をペシッってかるく頭を叩いて突っ込んだ。


「あはは、何で俺やねん!」


ソウタは笑いながら俺に突っ込みを入れた。まぁこれもいつも通りやな。


「えっと、その子?多分ミユウちゃんやと思うけど、髪がこの辺りで、ちょっと大きめの眼鏡の子やろ?」


カナデが自分の肩のあたりで、髪の長さのイメージを指で表して聞いてくる。


「そんな子…おった…?あ?おった、おった、小さい子や」


ソウタはカナデの仕草で思い出したっぽい。


「多分、カラオケの時にもおったよ、ミナトの向かいに座ってたかも」

「あ、それ、その子や」

「ミユウちゃんが何?どした?」

「あ、なんかちょっと変わっとるから気になって」

「え、ミナトが気になる子?」


カナデを差し置いて嬉しそうに聞いてくるソウタ。


「奇跡や…神は生きとった」

「そんなんちゃうし」


カナデの妙な突っ込みに、気まずさを感じた俺は、それで話を終わらせる事にした。




*****




ある日、バイト終わりで店の裏で二人が出るのを待っていたら、おかっぱ眼鏡がそれこそ本当に頭を抱えてしゃがんでいるのが見えた。


「え?」


おかっぱ眼鏡のただならぬ雰囲気に俺は血の気が引いた。


「大丈夫か⁉」


俺は急いでおかっぱ眼鏡の方へ走り寄り声をかけた。

そしたらいつもの「絶対無表情」を超えた「超絶対無表情」になったおかっぱ眼鏡が、それこそ青い顔をして震えていた。


「チッ!」


俺は舌打ちをして、おかっぱ眼鏡の顔を両手で挟んで、顔を近づけた。


「おい、しっかりしろって!」


結構大きな声でおかっぱ眼鏡を呼んだ。

そしたらその声にビックリしたのか、おかっぱ眼鏡が「あっ」という顔をして気が付いた。

俺はおかっぱ眼鏡の手を彼女の頭から剥がしてやって、「大丈夫か?」ってもう一回声をかけた。


「…大丈夫…です」


おかっぱ眼鏡はちょっと半泣きのまま小さな声で返事をした。

項垂れた彼女の様子に俺は間違えたと思った。


「はぁ」


俺は自分の前髪をぐしゃっと握って、過ちを反省した。

そのまま胡坐を組んで彼女の目の前に座った。


さて、どうしたもんか。

カナデに言うか?ソウタに言うか。


暫く考えてたら、そういやカナデにも何時かこんな感じの事があったな…って思い出した。

だから急にスゲエ腹が立って、あん時にカナデにしたように、おかっぱ眼鏡の手を引いて、一緒に立ちあがっておかっぱ眼鏡をぎゅって抱きしめた。

おかっぱ眼鏡はビクって驚いたけど、これもカナデと同じやんか…って思うと今度はスゲエ悲しくなった。


だから、俺はおかっぱ眼鏡の頭をあの時のカナデにしたようにゆっくりと撫でて、出来るだけゆっくり優しい声で「大丈夫やから、大丈夫やで」っておかっぱ眼鏡が落ち着くまで声をかけ続けた。


おかっぱ眼鏡は力が抜けたのか、グズグズと泣き出した。

はぁ、これもカナデと同じかよ…って俺まで泣きそうになった。


暫くそして、慰め続ける俺の所にカナデとソウタが駆けて来た。


「ちょっ…」


ソウタは俺達を見て絶句した。

でも多分それは疑ったとかじゃなくて、俺がこんな風になってるっていう原因の重大さに気が付いたんやと思う。


「店に戻る?」


ソウタが俺に神妙な顔をして聞いてきた。多分、話をゆっくり聞いた方が良いと思ったんやろう。

でも俺はちょっと分かってしまったから、「知り合いが居るのは…」って断った。

すると、カナデがはっと息を呑んだので、カナデは事の次第に気が付いたみたいやった。


「ちょっと歩くけど、前のカラオケ屋まで行く?」


そんな俺たちを見てソウタは、提案してきた。

まぁ、そうやな。誰かに聞かれる事も無いからその方が良いか…って俺はその提案を受ける事にした。

俺はおかっぱ眼鏡からゆっくりと離れて、カナデに寄り添ってもらうようにした。

カナデやったらちゃんとフォローしてくれるやろうし。


それで、先頭にソウタ、真ん中におかっぱ眼鏡とカナデ、俺はそんな3人の後ろを歩いた。そう、原因を作った男が近くにおったらアカンしな。


カラオケ店に入った俺達はドリンクだけ頼む事にした。

まぁ食欲は無いわな、こんな状態で。

おかっぱ眼鏡を座席に座らせている間に俺はソウタの都合を尋ねた。


「ソウタ、時間ある?」

「俺んちは大丈夫やで」


二人の会話で質問の意味が分かったのか、カナデがおかっぱ眼鏡に尋ねた。


「ミユウちゃん、家に連絡する?帰りは送るから大丈夫よ?」

「家は…今日は大丈夫です。帰りはお願いします…」


おかっぱ眼鏡は返事をすると、再び俯いてしまった。


それから俺達四人は黙って、ただ時間が過ぎるって時間を過ごした。

俺はスマホを眺めていたし、カナデとおかっぱ眼鏡は二人で寄り添って静かにしていた。

ソウタはその二人をずっと何も言わず見ていた。でも、組んでる足を変える事も多かったから、内心は随分と焦ってたと思う。


俺はスマホで不審者情報を探ってた。SNSのタイムラインとか、バイト先の地域の防犯のアプリとか。でも特にそんな情報は見つからなかった。

目撃者が出たらええねんけどって、俺も内心焦ってた。


そこから30分ほど経ったかな?

落ち着いたおかっぱ眼鏡は「ありがとうございました」と礼を告げた。

ジュースの氷はもう解けて、中身はほぼ水になっていた。


「ソウタ、お代わり取りに行こ」


ソウタを誘って俺は二人で部屋の外に出た。


「俺、この辺に居った方がええよな」ってソウタが聞いてきた。やっぱり、わかってるなソウタ。


「ドリンクバーは交代でええやろ」

「せやな。じゃ、ミナトが先に行って、そのまま部屋に戻って」

「うん」


そう言って部屋に戻ると、すぐにソウタも戻ってきた。


新しい飲み物を飲むと、ようやく落ち着いた感じがした。

それで少しずつ話を聞く事にした。


やっぱりと言うか思った通り、おかっぱ眼鏡はバイトから出て暫く歩いていたら、急に男に声をかけられたそうだ。

それで聞こえていないふりをしたら、腕を引っ張られたので、咄嗟にカバンをふりまわしたそうだ。

そしたら、中身の本が散らばって、その状態を見た男が逃げ出した。


急いで本をカバンに押し込み、夢中でバイト先の駐車場まで走った。

それで従業員用の出入り口のドアを見たら、急に実感が押し寄せて怖くなり、家にも戻れないし、バイト先にも戻れなくて混乱していた…という所に俺が現れた…だそうだ。


その話に、俺はぶち切れを通り超えて冷静だった。

まぁ、カナデの事で何度もぶち切れたから、切り替えが早くなったのもあるかも知れない。

カナデは自分の事のように泣きそうな顔で、ソウタは静かに怒ってた。


「知ってる奴?」


俺はおかっぱ眼鏡に聞いた。おかっぱ眼鏡は首を横に振った。


「嫌かもしいぃんけど、顔覚えてる?」


おかっぱ眼鏡はまた首を横に振った。


「じゃ、帰る?」


その問いに、おかっぱ眼鏡は固まった。だから俺は待った。


おかっぱ眼鏡は何も言い出さないので、「じゃ、ウチくる?」って聞いた。

多分おかっぱ眼鏡も、カナデもびっくりしたと思うけど、二人は何も言わなかった。


「今日は朝までカナデと一緒に居ったら?」


おかっぱ眼鏡は首を縦に1回だけ振った。




*****




こうしておかっぱ眼鏡は俺達の家に来ることになった。

今夜はカナデの部屋に泊まれば良いと思う。


カラオケ店を後にして四人で歩いて帰った。

途中コンビニでジュースやら、色々と買った。ま、女の子の買い物だ、中身は知らん。


そう言えば、明日は土曜日でバイトか…と思ったから、ソウタのシフトを聞いた。

聞けばがっつり入っているらしい。

…ソウタ、お前への期待値いくらだよって突っ込んだ。

俺とカナデのシフトは夜だけ。

おかっぱ眼鏡は、明日は入ってないと言っていた。


「明日はお母さんが帰って来るので…」


おかっぱ眼鏡が小さい声で答えた時に、家に帰りたく無さそうな理由はこれかな?ってちょっと思った。

そうか。今夜は家に母親がいないのか。


「ソウタ、明日は俺達が届けるから大丈夫やで」

「うん頼むな」


二人の会話を聞いたおかっぱ眼鏡は驚きながらもホッとした様子だった。

家に戻り、俺は親父とオカンに、おかっぱ眼鏡の事を軽く説明した。

やはりと言うか、当然というか、二人は神妙な顔をしていた。

そうやな、こういうのもう無くなって欲しいよな。


「俺達がおるから大丈夫やと思う」

「そうやな」


俺の言葉に親父は頷いていた。


次の日の朝、洗面所で顔を洗っていたら、オカンに声をかけられた。

どうやら親父とオカンは朝から出かけるらしい。まぁいつものショッピングモールへ買い物に行くんやと思う。


「お昼はオムライスあるから3人で食べなさいね」

「あいよ~」


俺は洗面からひょいっと顔を出し、二人を見送った。


出かけた両親はそのままお昼を外で食べて来るのだろう。

用意されたオムライスは三人分だった。


俺達は用意されたお昼を一緒に食べた。

おかっぱ眼鏡の様子は普通だった。そうだ。こういう時は周りも普通にするのが良い。


「家まで送るの、カナデも一緒でええか?」


おかっぱ眼鏡の家までカナデに着いてきてもらうつもりだった。

カナデもそのつもりでいたのだろう。直ぐに了承の返事が返ってきた。


「ええよ、なんも無いし」

「ソウタバイトやしな」


カナデに茶化して喋ってたら、おかっぱ眼鏡が会話に入って来た。


「ソウタさんって素敵ですね」

「ありがとう~」


まんざらでも無さそうな顔でカナデが返す。あのヘニャっとした気持ちの悪い顔をしてるから、機嫌が良いのだろう。

そんな二人に安心しつつも、ソウタの話で盛りあがってるおかっぱ眼鏡にちょっとだけ腹が立っていた。

俺は?って。

最初に俺が居ったやんって…。


…てか俺、疲れてる?


まぁいいか、意味の分からない苛立ちを忘れるべく気持ちを切り替えた。


「何時に帰る?」

「14時だったら、もう家にお母さん居ると思います、その位に…」


おかっぱ眼鏡の返事に時計を見れば、時刻は13時過ぎ。

俺達はオムライスを食べたらすぐに家を出る事にした。


おかっぱ眼鏡の家は、4階建てのマンションの2階にあるらしい。

一応家の前までという事で、オートロックを開けて3人で玄関の前まで行った。

すると気配を察したのか、内側からドアがあいて、中からおかっぱ眼鏡が出て来た。


いや、横に居るおかっぱ眼鏡より、ちょっと髪が長いし年上やから、おかっぱ眼鏡のオカンか。


「ミユゥ~」


抱き合うおかっぱ眼鏡たち。

その様子に安堵した俺は、帰りますと言って踵を返そうとした。

すすとおかっぱ眼鏡オカンの方が、それこそ、ぎゅいん!って音を立てながら俺の方へ振り返り、「イケメン君、ありがとうねぇ~」って半泣きの顔で礼を言って来た。


それで次にカナデの方へぎゅいん!って顔を向けて礼を言うのかと思えば、急にカナデにナンパをし始めた。


「それと…あら、あなた凄い美人!ちょっと家寄ってく?」

「お母さん、やめてぇ~」


そんなおかっぱ眼鏡オカンを宥めるように、おかっぱ眼鏡が引っ張って止める。

俺はそんな妙な親子関係に思わず声を出して笑ってしまった。


俺の笑い声でおっぱ眼鏡親子は我に帰ったのか、改めて挨拶をした。


「このお礼はまた後日絶対にさせてね~」


そんなおかっぱ眼鏡のオカンの言葉を後ろ手で答えて、俺達はおかっぱ眼鏡の家を後にした。


「ま、あの様子やったら大丈夫やろ」


俺の言葉にカナデも頷いて笑っていた。




******




それから時々になるけれど、バイト帰りの3人に、おかっぱ眼鏡が加わるようになった。

その時はコンビニへは寄らず、俺がおかっぱ眼鏡を家に送るという感じ。

カナデとソウタは…まぁ知らん。どこかでイチャイチャしてたらええねん。


おかっぱ眼鏡と一緒に歩いたとしても、俺達の会話は弾まない。

歳が離れているし、共通の話題も無い。それに俺は女性に気を使うタイプでも無い。

おかっぱ眼鏡もあんまり余計な事は言わない。

でも別にお互い何も言わなくてもまぁいいか…って感じだったのかも。

なんか送るのが義務?みたいな…知らんけど。


で、いつもの様におかっぱ眼鏡のマンションの前で別れようと思った。

オートロックのガラス戸が閉まるのを確認して俺はマンションを後にする。

いつもはそんな感じやのに、その日はおかっぱ眼鏡が家に寄りませんか?って聞いてきた。

はぁ、おかっぱ眼鏡オカンにでも何か言われたか?と思い俺は、おかっぱ眼鏡の家のドアの前まで着いて行った。


「ただいま~」


ガチャッと鍵を開けてって言いながら、おかっぱ眼鏡が家に入る。


「ミナトさんもどうぞ」

「おじゃまします」


既に部屋は明るかったけど、妙に静かなのに気が付いた。

おかっぱ眼鏡オカンはどこや?トイレかな?と思い、通されたリビングでおかっぱ眼鏡が振り返り、急に申し訳なさそうな顔をした。


「すみません、お母さん戻るまで一緒に居てくれませんか?」

「はぁ?」


俺は凄い変な声が出たと思う。

いや、いや、いや、いや。ちょぉ待てい。


「おかっ…ゴホン、オカンおらんの!お父さんは?姉妹は?」

「うち、お母さんと二人暮らしです…」

「はぁ?」


それでも本当に困った顔のおかっぱ眼鏡を見ていたら、何だか急に力が抜けた。


「はぁ~」


俺は最大級のため息を吐いた。

とりあえず俺はダイニングテーブルに座り、出されたコーヒーを飲んだ。

おかっぱ眼鏡は申し訳なさそうな顔でコーヒーを飲んでいる。

その警戒心が皆無なおかっぱ眼鏡の姿に、俺は再びため息を吐いた。


「あのなっ」

「…っつ!」


少しビクっとするおかっぱ眼鏡。

いやな、こういう場合、ちゃんとお兄さんが叱らないとアカンねん。


「女の子が一人の時に、部屋に男を入れたらアカンねん、わかる?」

「…」

「いくら信用出来る人でも、男は誘ったらアカン」

「…」

「はぁ。どうしてもって時は、ファミレスとか、人気の多い店に行く」

「…」


「わかる?」って最後はちょっと優しく聞いた。

そしたらおかっぱ眼鏡は「ごめんなさい」って謝って来た。


「じゃあな」


そうって言って席を立ったら、悲痛そうなおかっぱ眼鏡の顔が見えた。


「まだ帰らへんって。オカンが戻るまで玄関の前に居ったるから、内側から鍵かけてな」


そう言って玄関へ向かうと、「ただいま」って言いながらおかっぱ眼鏡オカンが帰ってきた。


「ただいま~ってちょ!イケメンくん!」


驚くおかっぱ眼鏡オカン。


「あ~っ」


気まずさから、頭を抱える俺。

そんな俺の様子に固まるのは、おかっぱ眼鏡だ。


はぁ、最悪やん。

状況の説明をしなアカンな…と思いおかっぱ眼鏡オカンに話し出そうと言いかけたら、おかっぱ眼鏡が急にあやまりだした。


「お母さんごめんなさい!」

「えっ?」


って、訳も分からず謝ったから、益々おかしな状況になってしもたやん。


「あ~」


俺は思わず手で顔を覆い、天井を見上げた。

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