第2話 【後編】カナデの恋

え?…っと。

え?はぁ?

そっか…。そう言う事か。

好きな人、おったんや…。


どうやら私は「好きです」と告げる前に振られたようです…。




*****




カナデはモテる。

それは外見が良いからである。

そして双子の兄であるミナトもいわゆるイケメンでモテる。

だけど兄はそれに対処する術がある。だって男だから。


だけどカナデには無い。

だって女だから。

引っ張られれば、連れて行かれる。

カナデが押しても、男は退いてくれない。

そんな恐怖からか、カナデは男性が苦手になっていた。




*****




「じゃ、バイト同じ所にして、同じシフトで組む?」


そう提案してくれたのは双子の兄のミナトだ。


一人じゃなかったら、安心やろ?

傍に同じ顔の俺が居たら変な奴も絡まんやろ?

だって俺イケメンやん。

そこらの男はビビるやろ。


ミナトはドヤ顔でカナデに告げた。

そんな口は悪くとも妹を心配する兄の優しさに癒され、カナデはその言葉に甘える事にした。


色々と検討した挙句、バイト先の候補はファミレスになった。

フロアじゃないと困るけど…と言った店長を押し切って、洗い場で働く事になったのは兄ミナトのお陰だ。


「あいつ俺と同じで無駄にモテるんで。客に絡まれて困るの、店長でしょ?」


面接時に店長に凄んで言い切ったのは兄のミナト。

空気が読めないのか、逆に空気を読んでの言動なのか。

それが功を奏したのか、「考慮します」と言われ、採用が決まり、カナデは洗い場で働くになった。


どうやらイケメンの顔圧はおじさんにも効くらしい。

…とカナデは思っていたけど、実はそうじゃなかったと後でわかった。

ミナトが言うには、店長が自分の奥さんにカナデの話をしたら、気の毒に思ってくれたそうだ。

自分の娘が同じ目に合っても、フロアで働けと言うのか?と、物凄い剣幕で店長は怒られたらしい。


「妻にもバイトの子にも聞いたら、女性はもの凄く怖いらしいね。あの時はごめんね。洗い場なら多分大丈夫だから…」


店長は全く悪くないのに、配慮までしてくれて、カナデは素直に嬉しかった。

カナデはそんな有難い配慮から、自分の母親より年上の女性と一緒になって、それこそ汗まみれになって働いた。

洗い場は食器用の乾燥機の熱気で、他のどこよりも暑くなりやすい。

カナデはどうせ汗をかくからすっぴんで平気だし、人の出入りが無く、気分も楽だったから楽しく働けた。


だからカナデの出勤スタイルは、すっぴんで、少し大きめのシャツに、ダボっとしたパンツ姿。そしてキャップを深めに被り、顔を隠すようにバイト先に向かった。

それに隣にイケメンのミナトが居れば、暗くなっても安全だったし、親も安心だなんて言ってくれたので、余計な心配に気を使う事無く、バイトに通う事が出来た。


そして何時からか、双子の帰り道に一人の男の子が加わった。

もちろんカナデは男性が苦手だったけれど、その男の子の事は店長と同じ位には、信用の出来る人だと思っていたから、少しは警戒を解いていた。




*****




カナデが彼を知ったのはバイトに入って、少し慣れた頃に起きたある出来事がきっかけだった。

カナデが変装のような恰好をしていても、職場の男性に見つかれば声をかけられた。

洗い場で遭遇すれば、おばちゃんが助けてくれたけど、一人でトイレに行く時や、賄を食べる時に狙われたのだろうか、次第に声をかけられるようになってしまった。


そんなある日、バックヤードから洗い場へ戻る途中、バイト仲間の男の子に声をかけられた。

何と断れば良いか…。

カナデが返事に困って俯きながら黙っていると「仕事中」と言って、少しガタイの言い短髪の男の子が二人の目の前に現れた。


そして現れたかと思うと同時に、カナデに声をかけた男の子の腕をつかみ、どこかへ連れさったのだ。

二人の会話と制服姿から見れば、どうやら二人はキッチンのメンバーで間違いないらしい。

カナデは突然の出来事に呆気に取られながらも、腕をつかんで戻る短髪の男の子の会話に耳を傾けながら、彼の背中をぼんやりと眺めていた。


それから数日後。カナデの作業場に先日の短髪の男の子がやって来た。


「賄、何時に食べる?日替わり?お任せ?」


少し身構えていたら、本当にただの用事でやって来たらしい。

男性というのは声をかける機会があれば、色々な事を続けて聞いて来る生き物だとカナデは思っていた。

だから用事のついでとばかりに色々と話を聞かれる事も多い。

だけど短髪の彼はミナトと同じで、違う人種らしい。


必要な質問だけを口にすると、カナデの返事を黙ってまっていた。

だからカナデは戸惑いを覚えつつも呆気に取られ、ポカンとした顔で短髪の彼を見ていた。


「ん?何?どした?」


再び尋ねられ、我に返るカナデ。


「あ、休憩は13時からです。賄はお任せのご飯は少な目で…」

「あいよ」


カナデが慌てて返事をすると、その答えで満足したらしい。

短髪の男の子は、短い返事をして、用事が済んだとばかりにすぐに去っていった。


気が付けば、カナデの賄の要望を聞きに来るのはミナトか彼だけになり、休憩時間はミナトと同じタイミングになる事が多くなった。

だからその事をカナデは少し不思議に感じ、兄のミナトに尋ねてみた。


「賄、聞きに来る人だれ?」

「あ?あぁ、でかい奴やろ?ソウタやで」

「同い年?学生?」

「え、自分で聞いたらええやん」

「え?」

「ソウタなら大丈夫やで、あいつ変な奴ちゃうもん」

「そうなん?」

「うん」


言いたい事を言ったミナトはスマートフォンをいじり出した。

こうなれば、何を聞いても生返事しか帰って来ない。

どうして賄の時間がミナトと被るようになったのか。

それでもカナデの頭は短髪の男の子の名前で一杯だった。


(ソウタさんか…)


カナデはまだ数回しか見た事の無い、短髪の男の子の顔を思い出そうとしていた。




*****




その日のカナデの休憩は、兄のミナトと一緒では無く、例の短髪の男の子のソウタ一緒だった。

カナデの席から少し離れてはす向かいに座るソウタは、スマートフォンを片手に食事を取っている。


(気を使ってくれてるのかな?)


カナデの後から入室したソウタ。

彼は距離を置いて座ると、黙ってそのまま食事を取り出したのだ。

ミナト以外の男性と休憩室のような狭い空間で二人で居るのに、何の会話も無く、静かにご飯を食べているだけの空気感が、何だか不思議で面白かった。

お互いに会話を交わすことなく、無言で賄を食べ進める。


カナデは少し気持ちに余裕が出来たのか、ふと視線を部屋に向けると、入り口のドアストッパーが立ててあり、少しドア開いている事に気が付いた。

そう言えば先に奥側の席で食事を取っていたから、気がつかなかった。


もしかして、後から入ったソウタが気を使って、ドアを完全に締める事が出来なかったのかも知れない。

カナデは気を使わた事を思い、声をかけて見る事にした。


「あの…?」

「ん?」


カナデの呼びかけに、顔だけを向けて返事をするソウタ。

不意に上げた目線で、カナデはソウタの顔を初めて正面から見た事に気が付いた。

そして帽子を脱いだソウタの顔も初めてだった。


「何?」

「ドア、すみません」


ソウタの顔に見とれていた事を誤魔化すように、カナデは短く言葉を返し、目線を下げた。


「次から入り口側に座りぃな」

「え?」

「ミナト以外の男と一緒になる時は気をつけときや」


短い注意をして、ソウタはまた黙って食事を取り出した。

そんなソウタの言葉に、カナデはやはりとそうだったと、彼に気を使われていた事を確信した。

腑に落ちた確信と共に落ちて来るのはソウタの少しのんびりとした声。


(これ、何だろ…)


この時のカナデは、ソウタの気づかいの優しさに癒されたのだろう。

そこからカナデはソウタの事を少し特別に感じるようになった。




*****




そんな出来事があったからだろう。

たまたま同じ時刻でカナデとミナトの前にソウタが現れると、「一緒に帰る?」とミナトが声をかけたのに、カナデが嫌な気分にならなかったのは。


カナデは声をかけたミナトに驚きはしたけれど、ソウタへの警戒は殆ど解いて、素直にその関係を受け入れた。

ミナトはソウタと同じキッチンのメンバーだ。

きっと仲良くしているのだろうと、普段は見る事の出来ない兄の交友関係を目の当たりにして、カナデはそんな兄の様子を微笑ましくも思っていた。


カナデからすれば、ソウタは、初めは少し大人っぽい感じの人だと思っていた。けれどソウタとの関りに慣れて来ると、彼はあまり裏表のない、少し幼さも残る、普通の男の子だと気が付いた。


兄のミナトが冬の湖だったら、ソウタさんは夏の海。

カナデは二人の関係をそんな風に見ていた。


カナデがふと気が付けば、三人が同じ時刻にバイトが終わる日は、一緒に帰る事が当たり前になっていた。

家の方向はそれぞれ別なのだが、途中まで同じ道の、ちょうどその間際にあるコンビニへ寄り、そのの店先で雑談をするのが日常の一つになっていた。


やがていつの間にか名前も呼び捨てになって、ソウタはミナトと接するように、カナデにも、まるで男の子の友人と接するようになっていった。


まるで仲良し三人組。

カナデにすれば、そんな女子の前で態度を変えない、ソウタの自然体の対応が新鮮で嬉しかった。

けれどそれに慣れて来ると、何故だか物足りないような気分にもなっていった。


最初に会った頃の、よそよそしい感じの方が女性扱いされていたような気がする…。

カナデがその事実に気が付けば、それに反発するかのように、カナデは益々男の子っぽく振る舞うようになった。

ただミナトだけは、「家で居る時と全く変わらない」と冷静に見ているようだった。


ソウタと色々な話をすると、カナデは彼の人となりが分かって来た。

彼は姉の子供…つまり甥っ子が好きで、その甥っ子達も彼に懐いているらしい。


どうやらその甥っ子たちは、かなり大きくて小学校と幼稚園児らしい。

長期の休みの度に「孫を見せに」なんて言いながら、だらけにくる姉夫婦の事を、自分も親と同じように楽しみにしているのだとか。


ソウタの真面目で面倒見の良い所が、きっと甥っ子たちに好かれているのだと、カナデはそんな風に考えていた。


ところがだ。

よく考えればソウタは甥っ子たち限定に好かれている訳では無い事に気が付いた。ソウタはバイト先でも地味にモテていた。

なのに本人は全くその事に気が付いていない。


ソウタは高校時代はスポーツクラブに属していたのだろう。

一見ガタイが良くて、少し短めのさっぱりとした髪型。

そんな風貌だから一瞬は身構えるけど、よく見れば目元はスッキリとして、端正な顔立ちだ。

いわゆる男らしい印象と、ソウタの優しい面倒見の性格を思えば、普通に女子達にモテる。


きっと女の子も本気の子が多いのだろう。

簡単に告白出来ない彼女達は、その気持ちに上書きするように好感度が増える。

ソウタの面倒見の良さがいい感じに積み重なって、どんどん人を好きにさせるのだ。


それにそれは女子限定でもないらしい。

ソウタは年齢男女問わず、色々な人を気付かぬ内に「ソウタ沼」へと沈めるのだ。

だって間違いなくミナトもソウタ沼に沈んでいる。


(ソウタ…恐ろしい男よ)


ミナトと仲良く接しているソウタの背中に、カナデは突っ込みを入れた。

そして例に漏れず、カナデも自分で気付かぬうちに「ソウタ沼」とやらに、どっぷりと沈んでいる事に気が付いた。


そしてそれはカナデには無情な沼だった。

そんな抜け出せない沼に入ってからカナデは知ったのだ。

ソウタは高校3年生の時に好きになった人がいて、卒業して二年経った今でも未だにその人の事が好きらしいのだ。


その話を聞いたのは、いつものバイトの帰り道のコンビニの前だった。


「なぁ、ソウタって彼女いるん?」


突然恋バナを始めるミナトに、ソウタもカナデも身構えた。

まさかミナトから恋の話をするなんて。

まるで天変地異が起きたかのような、そんな衝撃に少し戸惑いながらソウタが答える。


「え?おらんけど。って向こうは俺の事忘れてるかもしぃひんけど」


その返答にミナトは満足が行かなかったらしい。

何故だか急に機嫌が悪い素振りを見せた。


「え?なにそれ?」

「俺、高3ん時から片思いやねん」


不機嫌なミナトを軽くあしらうようにして、少し寂しそうな顔で答えるソウタの顔。

そんなソウタの横顔にショックを受けたのはカナデだ。


(そっか…。そう言う事か。好きな人、おったんや…)


ソウタの周りに女子の気配が全くないのはそう言う事だったのか。

ショックを受けながらも合点が行ったと納得するカナデに対し、ミナトはソウタの答えに納得がいかないらしい。


「忘れてるって…どういう事?」


ソウタの呆れた言い分に、ミナトが質問を続ければ、ソウタはミナトの言い分がわからないようで、少し息を吐いて返事を続けた。


「だって、卒業してから連絡してないし会ってないもん」

「それってソウタの好きは未だに有効なん?」

「え?賞味期限ってあんの?」


ミナトの質問に驚くソウタ。

まるで二人の会話がかみ合わない。


「全く会ってもないし、連絡も一切してないんやろ?」


カナデにはミナトの言いたい事が分かる。

ショックから二人の会話から出ようかと思ったカナデだが、気になる事には変わりない。

カナデは再び二人の会話に耳を傾けた。


どうやらその話は、ソウタが高3なって、いよいよ本格的に部活のキャプテンとして頑張って行こうとしている時の事らしい。

同じクラスのマネージャーと良い感じになって、好きになったそうだ。


けれど、それもソウタの怪我が元で距離が出来たそうだ。

暫く部活を離れている間に出来た距離感は、そのまま埋まる事無く、卒業を迎える。

とは言え、ソウタ自身は後輩に慕われていたのだろう。

怪我をしたソウタは部活の中で浮く事も無く、気まずい雰囲気にはならなかったけれど、そのマネージャーとだけは、最後までうまく話せなかったとか何とか。

でもって、その気持ちをそのまま今でも継続している…という事らしい。


(でもこれって、今でも本当に好きなのかな?)


カナデはソウタの言い分を少し疑問にも感じていた。


「…」


同じ事を疑問に思ったのか、ミナトも眉間にしわを寄せて考えている。

さすが双子である。二人に考える事は同じらしい。


「んじゃあ、その子とは別で、好きな子はおらへんの?」


まるで言質をとるかのような質問をするミナト。

そんなミナトの言動にソウタは訝しげな表情を浮かべた。


「なんで片思い中に二股かけなアカンねん」

「ん~?ん~?」


これが二股になるの?

カナデが脳内でソウタに突っ込みを入れる。


「別にええやん。俺、その…サエちゃんっていうねんけど、その子の事、まだ好きやと思うし…別にそれでええやん」


少しだけムスっとした表情を浮かべて、早々に話を終わらせたいソウタ。


「ん、まぁええか、ごめんな変な事聞いて」

「いや、別に隠す事でも無いし、ええよ」


何と言うか。

結局良く分からないまま二人の会話が終わる。

するとカナデは、何とも言えない目で自分を見るミナトと目があった。

そして目が合うと同時に、浮かべた妙な笑み…。


そんな気持ち悪い兄の笑みより、今はソウタの事だとカナデは切り替える。

カナデはソウタの思いの中に、自分が入る余地のない事実で頭がいっぱいだった。


(もしかして…これって…そういう事?)


疑う余地も無く、これは失恋と呼ばれるものなのだろう。

カナデは自分の芽生えた恋心を表に出すまでも無く、失恋してしまったのだ。


だからカナデは、その後に続けられたミナトとソウタの二人の会話が耳に入らず、ただぼんやりと聞き流す事しか出来なかった。




*****




世の中は無常である。

ならば自分も変わらないといけない。


…とカナデに崇高な思いがあったかどうかは分からないけど、とりあえず失恋の痛手を表に出さぬようにと、落ち込んだ自分にサヨナラをしてカナデはバイトに明け暮れた。


今は夏休み。

しっかり稼ぎましょう。

カナデは気持ちを割り切って働いた。


やがて慣れない失恋の痛手に慣れた頃。

ミナトが熱を出して今日はバイトに行けないと言って来た。

仕方が無い。

今日は夕方の明るい時間にバイトが始まるし、帰り道も1日くらいなら平気だろう。

カナデは気持ち切り替えて一人でバイト先に向かう事にした。

それにソウタと話している時の、「男の子風の振る舞い」が普通になっているので多分大丈夫だ。


やがて無事にバイトが終わり、家に帰ろうとした時、同じ時間で上がったソウタが声をかけて来た。別にこれも変わりない日常の1コマ。

だからいつものように、承諾し、一緒に近くのコンビニへ向かった。


今日はミナトが居ない。

つまり二人っきり。

自転車を押すソウタの横にカナデは並んで歩く。


いつもとは違う空気感に、少しだけ新鮮な気持ちを抱いたのはカナデの可愛らしい秘密の話だ。

そして今日もいつもと変わらず、くだらない話をして一日が終わるはずだった。

なのに、今日に限ってソウタは変な事を言い出した。


「今日な、俺死んだわ」

「どした?」


いつものように空いている駐車場の車止めに座ると、ソウタはいきなり自分の死を告げた。突然の言い分に驚きはしたけれど、まるで何事もなかったかのように、カナデは買ったばかりの氷のアイスを開けて頬張る事にした。


「昼間、甥っ子とショッピングモールのフードコートに行ったらな、高3の時から好きやった子がおってん。

んで、浮かれとったら、後から彼氏が出て来て、いちゃついて、そん時死んだ」


(あの例のサエちゃんか…また凄い場面に出くわしたな…。

けどその話の時、私もおったけどなぁ。聞いてないと思われてたんかな?)


カナデは過去の話と、今の状態を比べて、苦笑いを浮かべながらソウタの話を聞いていた。


「まだ何にも言うてへんのに、振られたわ」

「まじか~」


返事をしながら、ガリガリと氷のアイスをかみ砕く。

まだ何も言ってないのに、振られたのはかつての自分。

そしてそれはまだ継続中で、今の自分でもあるのだ。


ガリガリと言ってるのはアイスだろうか、自分の恋心だろうか。

カナデ奥歯でガリガリと砕く氷の音を黙って聞いていた。


「俺、一人になったら泣くかもしれん」

「泣いたらええやん」


返事をしながら、更にガリガリとアイスを口の中で砕く。

泣きたいのはこっちですが…と声にならない声が漏れそうになるも、ソウタにバレてはいけない。


「なんでや!アイス食わんと慰めろや!」


カナデが耐えるようにアイスをかみ砕いていると、いつものテンションでソウタがキレ突っ込みを入れて来た。


「あはは、なんでやねん!」


いつも様子に戻ったソウタを見れば、妙に安心する。

だから、思わず笑ってしまった。

やっぱりまだ好きだなぁと、ソウタの屈託の無い笑い顔を見てカナデは絶望する。


「いや、まじで、カナデのテンションに癒されるわ…」


夜空を見上げるソウタの横顔を見れば、何故だかその光景が、急におかしくなって、カナデは「プッ」小さくふき出した。


「いやいや、なに星見て現実逃避してんねん。それよりどうするん?」

「なにが?」

「なにが…って、これで終わりでええの?」

「そう言われると辛いわ」


しんみりとするソウタに、カナデは「言うのはタダ」と告白をけしかける。

本心は告白なんてして欲しくない。

だけど、ソウタの悩みを思えば、言ってスッキリするのも良いと思った。

もしそれで、上手くいってソウタに彼女が出来たとしても、既に自分は失恋をしているのだ。

そんな諦めもカナデにはあったのだろう。


「いや、死体蹴りは止めてくれ」


苦笑いで返すソウタに、「死体蹴りしてるんソウタやけどな」と、カナデは脳内で突っ込みを入れる。


「ん…ソウタ普通にカッコいいし、モテそうやのに」


どうせ自分は失恋をしたのだ。

カナデは隠していた本心を言葉にする。


「マジで⁉」

「いや、知らんけど…」


他の子の事なんて、知ってても言う訳ない。

いつも通りのセリフに自分の本心を混ぜるカナデ。


「まぁ、別にええやん。2年?やったっけ?なら、また2年待ったらええやん」

「待ってた訳ちゃうけど…」

「ヘタレ過ぎん?」


流石にそう切り返すとソウタは黙り込んでしまった。

仕方が無い、方向を少し変えるか。

カナデは小さく息を吐いて、ソウタを元気づける事にした。


「でもあれやろ?ソウタ、ミナちゃん振ったやん」

「だって、俺、彼女…サエちゃんの事が好きやもん」

「…ミナちゃんバイト先で一番可愛いのに。でもまぁ、そこがソウタのええ所やねん」

「?」


これはカナデの本心で、思うままに口にした。

これは本当にそう思っている…とカナデは小さな声で口にした。


「だから…ソウタは、好きな子をずっと見てるだけのヘタレやけど、取りあえずとか、身近な子と付き合う…といった選択はしいひんかった。

だからそんなソウタの事を、…真面目なそういう所が…好きなんやと思う」


カナデは自分の気持ちを隠すように、笑って誤魔化した。

そして自分の失恋をよそに、ソウタを励ましている自分を誇らしくも感じていた。

そんな風に自分で自分を励ましていたら、急にソウタが全力で抱き着いた。


「カナデ~っ!!」

「っ!!」


別にソウタが抱き着くのは、これが初めてではない。

それは前にソウタがミナトに抱き着こうとしたのを、ミナトが先に察して、自分の身代わりにカナデを突き出した事がきっかけで、こうなったのだ。


その場はその勢いのままにソウタがカナデに抱き着いたのだけれど、二人はその突然起きた状態に驚きはしたけれど、特に嫌な状態でもなかった。

変な言い方をすれば、妙にしっくりと来たのだ。

それからだ。普通にこのような好意をする事が、変な事では無くなったのだ。


カナデはその妙な居心地の良さを感じつつも、テンション高いソウタは何かに似ていると気になっていた。

そしてそれが大きな犬のようだと気が付いてからは、この状態のソウタを事を「ソウタの犬化」と呼ぶ事にして、誰かに見られる恥ずかしさを誤魔化していた。


「ちょ、やめぇ!キショいねん!」


いつもの様に大型犬になったソウタを引きはがすけれど、こうなったソウタが、なかなか剥がれないのもいつも通り。


「はぁ~癒される、マジでカナデと居ったら癒される…」


そんなソウタ犬に逆に癒されつつも、カナデは恥ずかしさから理性を総動員させて引きはがしを継続する。


「ソウタ、力が強いねんって!いつも引きはがすの大変やねんって!!!」


汗だくになりながら、「ソウタは犬!、ソウタは犬!」と念仏のように何度も唱え、いたたまれない状況を変えようとするカナデ。

やがてソウタ犬は気が済んだのか「あはは」と言いながら、満足そうな顔をして離れて行く。


やばい、しっぽも見えそうだ。

まぁ、これもいつも通りかと、カナデは小さく息を吐く。


「犬化…」


カナデは犬化したソウタの無邪気さに恐ろしくも呆れながら、ソウタに抱き着かれた時に脱げたキャップを拾う。

そして恥ずかしさで赤くなった顔を隠すように、帽子を深く被り直す。

目線を世間から隠せば少し落ち着いた。


カナデはため息を吐きながら、身体に残るソウタの感触と熱を、ブカブカのTシャツの裾を持ってパタパタと仰ぎながら剥がしていく。


「はぁ、熱っち。無駄に汗かいたし、喉乾いたわ…。今度ジュース驕りぃや」

「あはは、ごめんごめん」


それでも思い返せば恥ずかしい。

カナデは努めて乱暴に、何も気にしないように文句を言う。

そんなカナデの小さな剣幕に、満足げな様子のソウタは全く悪びれもしない。


(はぁ、疲れた。ただでさえ二人だけやのに。このままソウタと居たらおかしくなりそう)


カナデはソウタとのじゃれ合いに楽しさを感じながらも、友人としての距離の寂しさに自分の気持ちが抑えきれないような気持ちも抱いていた。

きっとこれもミナトが熱を出したせいなのだ。

ふと兄の事が頭を過れば、早く家に帰らないといけない事実を思い出す。


「もうええやろ?そろそろ帰るわ」

「今からジュース買うから店の中まで着いてきて」


あえて冷たい雰囲気で帰りを切り出したカナデに、ソウタは気にする風も無く、カナデ腕を柔らかくつかんで、引き留めた。


「いや、ええよ。外におるわ」

「なんでやねん。今日はミナトがおらんやろ。一緒に着いてきてって。あ!ついでにミナトのジュースも買うから、家に帰ったら渡しとして」


軽く腕を払おうとするも、ソウタの力には敵わない。

カナデは強引に腕を取られたコンビニの中に入り、一緒にいくつかの商品を選んで支払いを済ませた。


(はぁ、この強引さと行動力やったら、いつでもサエちゃんとやらに告白出来るやろうに)


カナデはソウタの言動に呆れて、意識をしていなかったが、こんな強引な事をされれば、カナデは恐怖で固まってしまうだろう。

だからソウタはカナデにとっては特別な人間なのだ。


やがて二人が買い物を済ませ店から出ると、店先の自転車の鍵を開けながらソウタが声をかけた。


「ミナト、熱大丈夫なん?」

「あいつアホやから直ぐ治る」


カナデは家を出る前に見た、ぼんやり顔のミナトを思い出し、にぃっと意地悪そうな笑みで返した。


「双子やのに、そこは似てへんねんな」

「当たり前や」

「じゃ、帰るで、送るわ」

「は?」

「いや。もう夜も遅いし家まで送るって」


ソウタがおもむろに自転車の向きをカナデの家の方へ変える。


「なんでやねん、一人で帰れるわ!」


むしろ、いたたまれない…。

流石にこれ以上二人で居たくないと、カナデはそんな意を表すかのようにキャップを深くかぶり、ソウタの申し出を断った。

するとソウタはため息を交えて、カナデに諭し始めた。


「いつもはミナトがおるからええけど、お前美人やから気を付けた方がええて」

「はぁ?」

「はぁ?何キレてんねん。キレたいのはこっちや。何が悲しくて美形イケメンの双子が友達やねん」


(美人…?いやいやいや、イケメンって言うた?それってどういう事??)


美人と言う言葉に歓びも束の間、イケメンと言いなおしたソウタの言動に、カナデは怒りが沸き起こる。

そんなカナデの雰囲気に、気が付いたのだろう。

ソウタは直ぐに謝って来た。


「あ、ごめん。間違えた…」


自転車を止め、カナデの元へ駆け寄るソウタ。


(何?間違い?なんか、めっちゃムカつく…)


目の前に立ち止るソウタの視線を、苛立ちから顔を背けるカナデ。

やがてそんないら立ちが徐々に変わって行く。

目を合わせたくないような、見ていたいような。

そんな複雑な気持ちをカナデは横を向いて誤魔化した。


「ごめんて、こっち向いてぇな」

「…」


こうなると素直に言い返せない自分が嫌になる。

素直になれないカナデは頑なに横を向いて視線を合わせない。


「…ちゃうねん。イケメンは間違い。お前、女で美人やんか?もしお前に何かあったら俺が死ぬ」

「え?ソウタ死ぬの?」


不意にカナデの耳届いた、本日二度目のソウタの死亡宣言。

カナデはソウタの言葉に驚きすぎて、思わず素が出てしまった。

だから女の子っぽい感じで答えてしまったのだ。

そんなカナデの返事に突然笑い出したのはソウタ。


「あはは!」


その急な変わりように、カナデは腹が立ち始めた。

さっきからソウタはカナデの気持ちを逆なでするような事ばかり言う。

気が付けば、カナデは本気の怒り突っ込みを入れていた。


「はぁ?なに、急に笑っとんねん!」


けれどそんなカナデの怒りもソウタは耳に入らないらしい。

ソウタはカナデの怒りを微笑ましそうな顔で受け止め、何故だか甥っ子の話をし始めた。


「いや、昼間に甥っ子に同じ事言われたん思い出して?」

「はぁ?」

「いや、可愛かったなぁって」


甥っ子の顔を思い出しているのか、ニヤニヤとするソウタ。


「へぇ…」


思わず漏れた冷たい声と小さな殺気。

それを感じたのか、ソウタは急に我に返り変なフォローを入れた。


「ん、まぁお前も可愛かったけどなぁ」

「っ!」


きっと怒りで我を忘れるとはこう言う状態の事だろう。


「何それ、本気?どっち?」

「え?」


深く被っていたキャップを脱いで、カナデは正面からソウタを睨みつける。


「っつ…」


カナデの剣幕に本気さが伝わったのか、ソウタは「まずい!」という顔をして固まった。そして暫く固まっていたかと思うと、意を決したのか、小さな声でたどたどしく語り出した。


「いや…ほんまにそう思ってた…ですけど…」


(だったら。

本気やったら、彼女、私でもいいやん!)


「なら、……じょ、……でも、……やん…」

「え?」


カナデは自分で思っている事が声に漏れていた。

漏れた言葉の片鱗に、ソウタが目を丸くして、驚いた顔をしている。

だけどカナデのにすれば、そんなソウタの戸惑いはどうでも良い。

今まで抑えて来た自分の気持ちが、今この場で声になって表に出て来る。


「だから!私の事可愛いって言うんんやったら、彼女にしたらええやん!」

「は?」

「だから!彼女、私でもええやん!ってゆってるねん!」


自分でも思いもよらない告白に、カナデは言ってから冷静になる。

そして言われたソウタも固まっている。


突然の告白に、言った方も言われた方も暫く呆然としていたけれど、先に動いたのはソウタだった。

まるで力が抜けたかのように、ソウタはゆるゆるとその場にしゃがみこんでしまったのだ。


(え?そんなに凹むような事やった?)


怒りのボルテージの収まったカナデの目の前に置きたその光景。

まるで肩を落としたかのように小さくなったソウタの姿に、急に血の気が引いていく。

血の気が引いて頭の冷えたカナデが後悔を抱き始めた頃、ソウタの声が耳に届く。


「ってカナデ…俺の事好きなん?」


(ちょっと待って…って今そこ?彼女にしてって、そう言う事ちゃうの?)


「はぁ?好きでも無い男に抱き着かれて許すわけあらへんやろ!」


(え?あれ?なに?何の話?)


「犬か…っていつも言うてた」


(犬化したと思わんと、心臓がもたんわ!!)


「お前、男、苦手とちゃうかったん…?」

「っ!ソウタは大丈夫やの!」


ソウタはその場でしゃんだまま、俯いて頭を抱え込んでしまった。

まるで解決の見込みの無い悩みを抱えているかのように…。


(え?なになに??そこ悩む所?

私が男が苦手って知ってて抱き着いてたん?

え?なんで?

もしかして、私、甥っ子枠??

噓、噓!

ちょっと待って?

私が、男が苦手やから、そもそも圏外って話?

もしかして普通にただの友人枠だった…ってそう言う事?

え?抱き着きついたのも全く女子として見られて無かったってこと?

は?

もしかして私って思い出のサエちゃん以下の存在って事?)


思いもよらない圏外を匂わすソウタの言葉。

そこから始まった連想でショックを受けるカナデ。

だけどその思考をぶった切ったのはソウタだった。


「いや、俺、マジでキショイやん…」

「え?」


突然変な事を言い出したソウタを見れば、何故だろう。微妙に肩が震えている。


(…そう言えば、そう…やな。

私、一応女子…やもんな。

例え甥っ子枠で、全く女性として見えて無かったとしても、急に抱き着いたらキショイわな。

下手しぃひんくても犯罪やな)


改めてソウタの行動を省みれば、確かに傍から見れば気持ちかも知れない。


「ソウタ…今頃気が付いたんか…」


何と哀れなソウタ。私も今気が付いたのは内緒だ…とカナデは冷静に突っ込みを入れる。

そんなカナデ言い返しで、ソウタは息の根が止まったらしい。


「グフッ!」


何故だか止めを刺してしまったようだ。

カナデが思いもよらない展開に戸惑いを覚えていると、死んだはずのソウタが静かに語り出した。


「カナデはな、男が苦手やと思っててん」

「知ってるし、そうやで」

「だからな、出来るだけ女扱いしたらアカンと思っててん」

「…」

「だから…ミナトと同じように接しててんけど、ミナトは可愛くないし、ミナトに抱き着きたいって思った事はないねん」


(え?)


「おんなじ顔やし、背丈も似てるけど、カナデの方がずっと可愛いって思ってました…俺。多分やけど…サエちゃんが好きってやっての勘違いかもしぃへん」


(えっ?えっ?)


カナデの頭にソウタの言葉がグルグルと回り出す。

人間は希望を糸口を見つけると、頭の回転が速くなる生き物らしい。


「…いや、そこは肯定して?」


カナデは自分の期待を込めて伝える。

素直なソウタは肯定の意を伝える。


「はい、勘違いです。…多分、カナデの事が好きです」


肯定のはずなのに、何故だかソウタの返事は煮え切らない。


「多分ちゃう!そこ肯定一択やろ!」


もう何が何だか訳が分からず、カナデは勢いのまま盛大に突っ込みを入れた。

すると突っ込みを受けたソウタが急に立ち上がった。


「うわ~アカン!」


ソウタの言動にカナデは戸惑いを覚える。


(まさか、ソウタは、好きになるのと彼女にするには違うタイプの人?)


立ちあがったソウタを見上げながら、カナデは聞きたくない質問をする。


「何がアカンの…彼女…私やったらアカンかった…?」


そう聞きながらも、カナデはちょっぴり泣いた。

けれどそんなカナデよそにソウタは呻きながら顔面を両手で覆い、空を仰いで、プルプルと震え出した。


「アカン、アカン、アカン、カナデが可愛すぎて死ぬ…」

「え…」


突然の可愛い宣言に再び戸惑うカナデ。


(…それって、そう言う事???)


ソウタの言動に期待に胸を膨らませつつ、聞きたい言葉が届くのを待つ。


「え?何その顔、可愛いっ!」


プルプルと震えながら、自分の事を可愛いと言うソウタを見ていたら、もう止まらなかった。


「ひぃぃ!」


カナデは嬉しさのあまり、勢いのままソウタに抱き着いた。


(そう言えば、私から抱き着くのは初めてだったかも?)


初めての衝撃だからだろう。

ソウタは怯え固まってしまった。

カナデはそんなソウタが可愛くて、可笑しくてたまらない。


「あはは。じゃ、今日から彼氏って事で」

「はぃぃぃぃ」


満面の笑みでソウタの顔を見上げれば、怯えた声でOKの返事が返ってきた。




*****




こうして無事に気持ちが通じ合った?二人は、ようやく帰路についた。

ソウタの自転車のカゴにある、ミナト用のジュースやプリンやらはもう常温を通り超えて熱くなっているかも知れない。


「あの…カナデさん?距離が近いと思いますが…」


自転車を押しているソウタの隣にまるで張り付くようなカナデに対し、ソウタは恐る恐る今の状態を報告する。


「今までこうやって、抱き着いてきたのは誰ですかね」


そう言って、腕にぴたりと抱き着けば、ソウタは「ひぃ」と情けない声を出した。

どうやらカナデは彼氏を完全に尻に敷いている状態になったらしい。


そんなソウタが面白くて、カナデは声を立てて笑う。


(ヤバイ。何を言われても楽しい)


浮かれたカナデの耳にソウタの怯えた突っ込みが届く。


「あの、カナデさん?くっつきすぎじゃないですか?」


自分の頭の上から聞こえるソウタの声がいつもよりも随分と近い。

それでも一切視線を合わせなくなったソウタに、カナデは意地悪を決行する。


「んふふ。そうですかね~?」

「ひぃ、死ぬ!」


カナデがぎゅっと抱き着くけば、ソウタは再び情けない声を出していた。

そんな状態だったから、カナデが家に戻るのがいつもより遅くなってしまった。

家の前まで付くと、二人の騒がしさに気が付いたのか、玄関のドアが開いて、おでこに冷却シートを貼ったミナトが出て来た。


(ごめん、はしゃぎ過ぎたか)


カナデが心の中で謝っていると、二人の様子を目にしたミナトが突っ込みを入れて来た。


「遅すぎん?ソウタが居るから心配してなかったけど…って何それ?」


腕を絡めてにやけるカナデの顔を、まるで嫌なものを見るかのような目で睨むミナト。

けれどカナデはそんなミナトの視線もまるで気にならなかった。

なんなら「今の私は無敵です」とばかりに、得意げになって満面の笑みで返してみせた。


「はぁ…二人になったとたん、いちゃつくって、どこのバカップルやねん」


呆れから突っ込みを入れるミナトに対し、全く人間としての理性が機能していないソウタは「この度は…」と言って二人の関係を切り出そうとする。


ソウタ、何やそれ。

カナデは突っ込みを入れたいのを我慢していると、ミナトがソウタに話を切り出した。


「いや、知ってるし。カナデがお前の事好きなん知ってるし、お前がカナデを好きなんもバレバレやったし」

「はぇ?」


バカップル呼ばわりされた二人は、同時に変な声を出した。


「あ~?いや無自覚やった?でも、抱き着いて『癒さる~』ってめっちゃ幸せそうな顔見てたら誰でもわかるやろ」

「⁉」


ミナトはソウタに言いながら、カナデにも言っている。

そんなからかいに、カナデも気が付く。


「てか、いつになったら付き合うねん!いや、むしろもう付き合っとんか?って心の中で突っ込み入れてたわ」


(そっか。

ミナトの事だから、もしかしたら、めっちゃフォローしてくれてたのかも)


カナデは今までの事を振り返り、ちょっぴり兄に感謝もした。

そして思うのは、やっぱり自慢をしたい…だ。


「あはは、だから今日から、私の方から抱き着いてもええねん」


まるで今までのお礼ですとばかりに、見せびらかすようにソウタにぎゅっとしがみつくカナデ。

そしてくっついたカナデの圧に、「ひぃ」とソウタは怯えた声を出す。


「自覚したとたん、死んどるやんソウタ。クソおもろい」


突っ込みながらも、嬉しそうな顔をするミナト。

そんなミナトの顔を見たカナデは、自分はやっと兄離れが出来たのかも知れない…と、少しだけ誇らしい気持ちも出て来た。


本当の事を言えば、ほんの少しの寂しさもある。

けれど、やっぱり自分の彼氏を兄に紹介する事が出来る今の状況を思えば、カナデは嬉しさの方が勝ってしまった。


その上、自分の彼氏が兄の親友だった事。


男性が苦手だったカナデが、素敵な人に出会えたきっかけは、ミナトのバイトの提案だったし、こうなったのはある意味で奇跡なのだ。


(これからもずっとソウタと一緒に…)


そんな幸せを噛みしめていたいと思ったのは、もしかしたら自分だけでは無かったかも知れない。

…そんな事を考えながら、カナデは抱き着いた大きなソウタの居心地の良さを、ただ味わって、幸せで胸がいっぱいになるのを感じていました。

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