好きですと告げる前に振られたようですが…

さんがつ

本編

第1話 【前編】ソウタの恋

え?…っと。

え?はぁ?

そっか…。そう言う事か。

彼氏、おったんや…。


どうやら俺は「好きです」と告げる前に振られたようです…。




*****




ソウタは遊び疲れてエネルギー切れを起こした甥っ子達から「お腹がすいた」と促され、ショッピングモール内にあるフードコートへとやって来た。

今日のバイトは16時から。


「それまでいいから、適当に子供たちの面倒を見といてね」


自分の買い物を優先させたい姉に押し付けられ、甥っ子たちを連れてウロウロとした挙句、疲れた足でフードコートまでやって来たのである。

ここなら多少煩くても叱られないし、冷房のきいた席でゆっくりと休める。


「丁度良いやんか」


ソウタは自分が気楽に構えていた事を後悔していた。


「ソウ兄ぃ、アイス食べたら喉乾いた」

「俺、もう一個ドーナツ食べたい」

「ソウちゃん、おしっこ…」


そう。

ショッピングモールの遊技コーナーで見せた「遊びたい要求」とは違う、甥っ子たちの本能全開の欲求の恐ろしさを目の当たりにしたのである。


「はぁ…。じゃあ、とりあえず先にトイレな」


ソウタは右腕に一番歳下の甥っ子を抱きかかえ、左手で空の容器を乗せたトレイを持った。


「お前らもついてこい」


ソウタが声をかけると、残りの甥っ子達も席を立つ。

全員で席を離れトイレに向かうと、甥っ子兄弟の真ん中で、小学二年生になるサトルが話しかけて来た。


「ソウタ兄ぃも、お母さんと同じやな」

「何が?」


トレイの空の容器をゴミ箱に押し込み、その上にトレイも乗せて片付ける。


「お母さんもトイレに行く時、全員で行くねん」


何故だか少し誇らしげな顔をしたサトルが声をかけて来る。


「ん?当たり前やん」

「ソウ兄ぃ、なんで?」


サトルとの会話を聞いたのだろう。

今度は一番の上の四年生のヒロムが尋ねて来た。


「小学生だけがフードコートに残ってたら危ないやん」

「でも、してる子もおるで」

「俺が目の離したスキに何かあったらアカンの」

「何も無いと思う…」

「はぁ。何も無いと思うけど、万が一何かあったら俺が死ぬの」


ヒロム頭を撫でながらソウタが答えていると、驚きの声を出したのは幼稚園児のマナブだ。


「えっ!ソウちゃん死ぬの?」

「あ、今とちゃうで、お前らに何かあったらの話や」

「ソウちゃん死んだらいやや」


ソウタに抱きかかえながらも、ぐりぐりと頭を押しつけるマナブ。

そんなマナブの可愛さに叔父としての醍醐味を味わうソウタ。

ニマニマと緩む頬をこれ以上崩れないように耐えつつ、「今にも悶え死にそうですが?」と脳内で突っ込みを入れるソウタ。


ソウタは甥っ子の可愛らしを満喫しつつも、用事を済ませるべくトイレへ向かう。やがて用事を済ませた四人は再びフードコートへ戻る事にした。

どうやら姉の買い物はまだ終わっていないらしい。

連絡の来ないスマートフォンの画面から目を離し、甥っ子達へ声をかけるソウタ。


「夕飯食べられへんくなったらアカンから、今度はお茶だけな」

「「「え~っ!」」」


三人に文句を言われながらも、オカンパワーで押し切るのも、ある意味叔父の醍醐味かも知れない…。

ソウタがそんな事を考えつつ、ホッと一息ついた瞬間。

先ほどの甥っ子達の本能全開に振り回された後悔とは違う、新しい後悔の兆しが現れた。


それはソウタが何の気なしにフードコートの周りを見回した時だ。

程よく埋まる客席の中、自身の片思い中の彼女が居る事に気が付いたのだ。


少しくすんだ薄いピンクのワンピース姿。

その可愛らしさに時間が止まるかのような感覚を覚える。

しかしそれも束の間、すぐに時間が動き出しのは、話かけながら彼女の傍に寄って来る男が目に入ったからだ。


(え?…っと)


彼女が促すような仕草をすると、男は彼女の真横に座る。

するとその男は彼女の肩口に頭を寄せて、軽く首元へキスしたのだ。


(え?はぁ?)


照れながらも嬉しそうに男の肩を押し返す彼女。


(そっか…。そう言う事か。彼氏、おったんや…)


ものの1分ほどの間にソウタは幸せの絶頂から、奈落の底に落ちたような絶望を味わったのである。


(はぁ、フードコートに戻るんじゃなかったわ…)


ソウタは姉が来るまで、ここでゆっくり涼みながら待ってたら良いと、ほんの少し前まで呑気に構えていた事を後悔した。


やがて姉から連絡を受けたソウタは、飛びかけた意識を現実世界へ戻すと、甥っ子たちを姉に引き渡し別れを告げた。

重い足を動かしてバイト先へ向かうべく、自転車を取りに駐輪場へ向かう。


「俺、まだ何もしてへんのになぁ…」


ソウタは告白どころか、高校を卒業してから一度も彼女に連絡をしないまま過ごしていたのだ。時間にすれば、約2年。それは決して短い時間では無かった。


「そっか、2年も前やもんな…」


そう独り言ちると、少し頭が冷えて、当時の事を振りかえる事が出来た。


「同じ部活やっただけの俺なんて、もう忘れてるか…」


彼女との記憶を思い出しても、苦い思い出ばかりで、自分は思ったよりもショックを受けていないらしい。

これならすぐに切り替えれるかも…。

ソウタはそう言い聞かせながら自転車の鍵を開ける。


自転車のサドルに腰を掛け、ペダルを踏みだす。

自転車置き場の影を抜け、ショッピングモールの敷地から出ると、夏の溶けそうなアスファルトの歩道が伸びていた。

うだるような暑さの中、ソウタはゆるゆると、それこそ半ば溶けながら自転車をこいでバイト先に向かった。


世の中は無常である。

ならば自分も変わらないといけない。

…なんて、ソウタに崇高な思いがあったかどうかは分からない。


けれど時間通りにバイトが始まると、ソウタは溶けかけた身体をむりやり制服の中に押し込んで、気持ちを切り替えて働いた。




*****




バイトの時間が終わると、同じシフトで上がったバイト仲間のカナデと近くのコンビニへ向かう事にした。

いつの間にかバイトの終わりが同じなら、こうして寄り道をする事が当たり前となっていた友人の一人だ。


今日もいつも通り。

くだらない話をする時間になるはずだった。

けれどバイト先の店から出たとたん、夜になってもまだ残る、うだるようなアスファルトの熱に当てられ、ソウタは昼間の溶けた自分を思い出した。

そして何故だかカナデに失恋した話を愚痴りたくなったのだ。


「今日な、俺死んだわ」

「どした?」


暑さを逃れるべく、無事にアイスを手に入れた二人。

開いている駐車場の車止めに、ちょこんと並んで座ると、ソウタは自分の死を告げた。


「昼間な、甥っ子とショッピングモールのフードコートに行ってん。そしたらな、高3の時から好きやった子がおってん。

で、浮かれとったら、後から彼氏が出て来て、いちゃついて、そん時死んだ」

「あ~」

「まだ何にも言うてへんのに、振られたわ」

「まじか~」


ソウタに相槌を打ちながら、カナデはガリガリと氷のアイスをかみ砕く。


「俺、一人になったら泣くかもしれん」

「泣いたらええやん」


再び相槌を返しながら、カナデはガリガリとアイスを口の中で砕く。


「なんでや!アイス食わんと慰めろや!」

「あはは、なんでやねん!」


ソウタがキレ突っ込みを入れれば、いつものようにカナデも笑い出す。


「いや、まじで、カナデのテンションに癒されるわ…」


夜空を見上げ、切ない現実から逃れるソウタ。


「いやいや、なに星見て現実逃避してんねん。それよりどうするん?」

「なにが?」

「なにが…って、これで終わりでええの?」

「そう言われると辛いわ」


しんみりとするソウタ。


「言うのはタダや」


まるで告白をけしかけるようなカナデのセリフ。


「いや、死体蹴りは止めてくれ」

「ん…ソウタ普通にカッコいいし、モテそうやのに」

「マジで⁉」

「いや、知らんけど…」


これもいつもの通りの事。

ソウタの期待をカナデは毎回「知らんけど」で締める。


「まぁ、別にええやん。2年?やったっけ?なら、また2年待ったらええやん」

「待ってた訳ちゃうけど…」

「ヘタレ過ぎん?」


改めてカナデに言われると、的確な突っ込み過ぎて、何も言い返せないソウタ。


「でもあれやろ?ソウタ、ミナちゃん振ったやん」

「だって、俺、彼女…サエちゃんの事が好きやもん」

「…ミナちゃんバイト先で一番可愛いのに。でもまぁ、そこがソウタのええ所やねん」

「?」


ソウタは好きな子をずっと見てるだけのヘタレだけれど。

取りあえずとか、身近な子と付き合う…といった選択をしない、そんな真面目な所が好きだと言って、カナデは笑って慰めてくれた。


「カナデ~っ!!」

「っ!!」


そんなカナデの励ましに全力で抱き着くソウタ。


「ちょ、やめぇ!キショいねん!」


慰めらた上に褒められて、テンションの上がるソウタ。

そんな嬉しそうにはしゃぐソウタをよそに、必死に引き剥がそうとするカナデ。


「はぁ~癒される、マジでカナデと居ったら癒される…」

「ソウタ、力が強いねんって!いつも引き剥がすの大変やねんって!!!」


汗だくになりながら一向に離れないソウタを、カナデは思いっきり引き剥がし続ける。


「あはは」


ソウタは必死になるカナデに笑いながらも、カナデの優しさに癒された。

やがて満足したソウタは、素直に引き剥がされる事にした。


「犬か…」


カナデはいつものように呆れた様子を見せつつ、抱き着かれた時に脱げたキャップを拾いあげ深く被り直す。

帽子を被ったカナデは、ため息を吐いて、Tシャツの裾を持ってパタパタと仰ぎ、身体と服の間にこもる熱を外に出した。


「はぁ、熱っち。無駄に汗かいたし、喉乾いたわ…。今度ジュース驕りぃや」

「あはは、ごめんごめん」


横目で睨みながらソウタに文句を言うカナデ。

そんなカナデに対し、全く悪びれもしないソウタ。


「もうええやろ?そろそろ帰るわ」


呆れながら帰ると切り出すカナデ。

ソウタはカナデの腕をつかんでカナデを引き留めた。


「今からジュース買うから店の中まで着いてきて」

「いや、ええよ。外におるわ」

「なんでやねん。今日はミナトがおらんやろ。一緒に着いてきてって。あ!ついでにミナトのジュースも買うから、家に帰ったら渡しとして」


ソウタは強引にカナデの腕を取ったまま店の中に入ると、そのままいくつかの商品を選んで支払いを済ませた。

そんなソウタの強引さに、この行動力があれば、いつでも告白が出来ただろうに…とカナデは再び呆れていた。


「ミナト、熱大丈夫なん?」


二人一緒に店を出て、飼った商品を自転車のカゴに載せるソウタ。

自転車の鍵を外しながらカナデにミナトの様子を訪ねると、ソウタのすぐ傍のカナデは、「にぃっ」と意地悪そうな笑み返した。


「あいつアホやから直ぐ治る」

「双子やのに、そこは似てへんねんな」

「当たり前や」

「じゃ、帰るで。送るわ」

「は?」

「もう夜も遅いし、家まで送るって」


さっきからソウタは少し強引過ぎる。

コンビニの駐車場から歩道に差し掛かると、ソウタはカナデの家の方向へ自転車の向きを変えながら家に送ると言い張り始めた。


「なんでやねん、一人で帰れるわ!」


キャップを更に深く被りながら言い返すカナデ。

そんなカナデの申し出に、ソウタは大きなため息を吐いた。


「いつもはミナトがおるからええけど、お前、美人やから気を付けた方がええて」

「はぁ?」

「はぁ?何キレてんねん。キレたいのはこっちや。何が悲しくて美形イケメンの双子が友達やねん」


思いもよらないソウタの言葉にカナデはその場で立ち止まり黙りこんだ。

そんなカナデの様子に気が付いたソウタは、押してた自転車を止めて慌てながらカナデの元に戻る。


「あ、ごめん。間違えた…」


自転車を止め、カナデの目の前に駆け寄り謝るソウタ。

けれどカナデはソウタを見ずに、拗ねたようにぷぃっと横を向いた。


「ごめんて、こっち向いてぇな」

「…」

「…ちゃうねん。イケメンは間違い。お前、女で美人やんか?もし、お前に何かあったら俺が死ぬ」


ソウタの言葉に、カナデは再び固まる。


「え?ソウタ死ぬの?」


ソウタ耳に届いた聞き覚えのあるセリフに、昼間起きたマナブのぐりぐり攻撃が蘇る。そしてその出来事を思い出せば、ソウタは思わず声を出して笑い出してしまった。


「あはは!」

「はぁ?なに、急に笑っとんねん!」

「いや、昼間に甥っ子に同じ事言われたん思い出して?」

「はぁ?」

「いや、可愛かったなぁって」


甥っ子の顔を思い出してニヤニヤするソウタ。

そんなソウタの様子に「へぇ…」と少しヒンヤリとした声を出すカナデ。

その声に小さな殺気を感じたソウタは我に帰り、カナデにフォローを入れる。


「ん、まぁお前も可愛かったけどなぁ」


そんなソウタのフォローが気に入らないのか、カナデは更なる攻撃を追加した。


「何それ、本気?どっち?」

「え?」


深く被っていたキャップを脱いで、正面からソウタを睨むカナデ。


「っ…」


蛇に睨まれたカエルの如し。

カナデの剣幕に気圧され、黙り込むソウタ。


(えっ!ちょっと待って??何で??そんなに怒る事言った?

だってカナデめっちゃ可愛かったやん…なんで??

って…え?

俺、カナデの事可愛いって思ったって事?

え?

いや…別に普通に前から可愛いって思ってたけど?

なんで?)


「いや…ほんまにそう思ってた…ですけど…」


ソウタは戸惑いのあまり、小さな声しか出せない。

何故だろう。

急に手の先から冷たくなっていく。


「なら、……じょ、……でも、……やん…」

「え?」

「だから!私の事可愛いって言うんんやったら、彼女にしたらええやん!」

「は?」

「だから!彼女、私でもええやん!ってゆってるねん!」

「⁉」


急に声を荒げたカナデ。

カナデの熱量と剣幕に当てられたソウタは、まるで腰が抜けたように、ゆるゆるとその場でしゃがみこんでしまった。


(え?彼女?カナデが?)


「ってカナデ…俺の事好きなん?」


(ちょっと待って…って)


「はぁ?好きでも無い男に抱き着かれて許すわけあらへんやろ!」


(え?あれって許してんの?)


「犬か…っていつも言うてた」


(ってか、カナデ…)


「お前、男、苦手とちゃうかったん…?」

「っ!ソウタは大丈夫やの!」


ソウタはその場でしゃがみ込んだまま、本当に俯いて頭を抱えて悩んでしまった。


(いや……カナデは男が苦手やろ?

あいつ凄い美人で、モテるから男が苦手なはずやねん。

だから…出来るだけ…カナデが怖がらなように、女として見ないようにしてたけど。

ちょっと待って?

俺が、カナデの事可愛いって思ってたんは…?

もしかして普通に女の子として可愛いって思ってったって事?

え?抱き着きたきたいって要求って…もしかしてそう言う事?

は?

もしかしてサエちゃんが好きって事で、カナデの事をごまかして、抱き着いてたんん?)


「いや、俺、マジでキショイやん…」


今までの自分の仕出かした事を思い出して震えるソウタ。

そんなソウタにカナデは止めを刺す。


「ソウタ…今頃気が付いたんか…」

「グフッ!」


まるでカエルが潰れたような声だ。

それでも努めて冷静に思考を回転させて、ソウタは今までを振り返る。


「カナデはな、男が苦手やと思っててん」

「知ってるし、そうやで」

「だからな、出来るだけ女扱いしたらアカンと思っててん。

だから…ミナトと同じように接しててんけど、ミナトは可愛くないし、ミナトに抱き着きたいって思った事はないねん」


そう。振り返ればすぐに気が付いた。

例え双子の友人であっても、兄のミナトと妹のカナデとでは、全く違う存在になっていた。


「おんなじ顔やし、背丈も似てるけど、カナデの方がずっと可愛いって思ってました…俺。多分やけど…サエちゃんが好きってやっての勘違いかもしぃへん」

「…いや、そこは肯定して?」


ソウタの言葉に呆れたような声で、突っ込みを放つカナデ。


「はい、勘違いです。…多分、カナデの事が好きです」

「多分ちゃう!そこ肯定一択やろ!」


今度は強烈な突っ込みだ。

一体ソウタはカナデに何を言わされているのか。

そんなカナデの突っ込みで冷静になったのか、ソウタが急に立ちあがる。


「うわ~アカン!」

「何がアカンの…彼女…私やったらアカンかった…?」


まるでカナデの言葉を否定するかのようなソウタのセリフに、カナデは少し悲しそうな目でソウタを見上げた。

まさか泣いているのだろうか。少しだけ潤んだ瞳のカナデが自分を見つめる。

そんな、しおらしい姿を見せたカナデに、ソウタは今まで自分が蓋をしてきた、見て見ぬふりをして来た自分の気持ちが溢れ出すのがわかった。


腹の底から言いようのない何かが、ぶわっと、自分の身体の中を駆け抜け、それが頭の中に押し寄せて来る。


「うぅ」


やがて自分の気持ちが頭まで上がってくると、それに押しつぶされたかのように、ソウタは悶え、恥ずかしさから顔を両手で覆い、見えないはずの空を仰いでプルプルと震えた。


「アカン、アカン、アカン、カナデが可愛すぎて死ぬ…」


自然に漏れ出た言葉。

どこかで自分の声を聞きながら、それでもカナデの様子が気になるソウタ。

そんな自分の恥ずかしさをカナデにバレないように、指の隙間から見つからないようにチラっと覗き見る。


するとソウタの指の隙間から見えたのは、パァっと明るい表情で自分を見上げるカナデの顔だった。


(え?何その顔、可愛いすぎやねんけど…)


そう思ったのも束の間、不意にカナデが抱き着いて来た。


「ひぃぃ!」


突然訪れた初めて感じる柔らかな衝撃に戸惑い怯えるソウタ。

そんなソウタの様子がおかしいのか、カナデは声を立てて笑う。


「じゃ、今日から彼氏って事で」

「はぃぃぃぃ」


満面の笑みで自分の要望を押し切るカナデ。

ソウタはそんなカナデに怯えながら、情けない声で返事をする事しか出来なかった。




*****




無事に気持ちが通じ合った?二人は、カナデの家に帰る事にした。

どうらや妙な告白が無事に終わり、ようやく家に送る状態に落ち着いたのだ。


自転車の前カゴにあるミナト用のジュースやプリンやらは、もう常温を通り超えて熱くなっているかも知れない。


「あの…カナデさん?距離が近いと思いますが…」

「今までこうやって、抱き着いてきたのは誰ですかね」


ソウタの言い分に言い返し、ぴたりと抱き着くカナデ。

責めているのでは無く、今までのソウタの言動を揶揄っているのだ。


「ひぃ」

「あはは」


いたたまれなさから、ソウタが情けない声を出す度に、カナデは嬉しそうにギュッと抱き着いて笑い出す。


「あの、カナデさん?くっつきすぎじゃないですか?」

「んふふ。そうですかね~?」

「ひぃ、死ぬ!」


カナデが更にぎゅっと抱き着けば、まるで怯える様子を見せるソウタ。

どうやらソウタの恋の主導権はカナデにあるらしい。

終始このような具合だったので、二人はいつもより帰る時間が遅くなってしまった。


目的地であるカナデの家の前に着くと、遅い帰宅に心配したのか、家の中から扉が開いて、おでこに冷却シートを貼ったミナトが出て来た。


「遅すぎん?ソウタが居るから心配してなかったけど…って何それ?」


へばり付くカナデを見つけて、嫌そうな表情を浮かべるミナト。

そんなミナトに「ニマっ」とした笑みで返すカナデ。


「はぁ…二人になったとたん、いちゃつくって、どこのバカップルやねん」


呆れるミナトにソウタは「この度は…」と言って、馴れ初めを切り出そうとする。


「いや、知ってるし。カナデがお前の事、好きなん知ってるし。

お前がカナデを好きなんも、バレバレやったし」

「はぇ?」

「あ~?いや無自覚やった?でも、抱き着いて『癒さる~』ってめっちゃ幸せそうな顔見てたら誰でもわかるやろ」

「⁉」

「てか、いつになったら付き合うねん!いや、むしろもう付き合っとんか?って心の中で突っ込み入れてたわ」


そんなミナトとソウタのやり取りを横で見ていたカナデは、ニマニマとした笑みを浮かべて話に割って入る。


「あはは。だから今日から、私の方から抱き着いてもええねん」

「ひぃ」


カナデが自慢げにソウタにしがみつけば、ソウタは反射的に怯る様子を見せる。


「自覚したとたん、死んどるやんソウタ。クソおもろい」


その時、ソウタはカナデの柔らかさをじんわりと噛みしめながら、意識が半分ほど、どこかへ飛ぶのを感じていた。


「人は幸せ過ぎても死ねるのか…」


遠のく意識の中、ソウタの頭にそんな事が過る。

それでもカナデの柔らかさと、初めて出来た自分の恋人に、ソウタは言いようのない幸せを感じていた。











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