百合営業の裏側

「いやぁ……怒られたねぇ」


 控室に戻った私たちを待ち構えていたのはマネージャーだった。予想通り怒られた。曰く「お前らは百合営業じゃなくて、ガチ百合にしか見えなくなる瞬間がある」らしい。


「里菜のせい」


 テーブルを挟んで反対側のパイプ椅子に座っている里菜に言葉短く返す。慣れない人とだと素っ気なく聞こえる可能性もあるけれど、私と里菜の間では今更だった。

 ちなみに、ふたりとも私服に着替えずに水着衣装のままだったりする。それでいて里菜は長い髪を解いているし、私もショートの前髪を留めていたヘアピンを外していて、ステージ用のメイクを落としている。アイドルの流奈、里菜モードと女子大生の阿佐山流奈、市ノ瀬里菜モードの間。中途半端な状態だけど、私はこの状態が結構好きだったりする。どっちも私なんだって実感できるから。


「最初に抱きついてきたの流奈ちゃんだよね?」


「問題ないはず。抱きついたり頬ずりまではマネージャーも怒らない。だから里菜のせい」


「そうかなぁ? 流奈ちゃんがわたしの胸を鷲掴みにしたのがダメだったんじゃないの?」


「それの原因は私の水着衣装のスカート捲ったから」


 言葉だけだと喧嘩してるように捉えられなくもないけど、お互いに笑顔だったりする。ただのじゃれ合い。


「だってあんな状態だと思わないもん」


 人差し指を顎に当てて小首を傾げる仕草。どう見られるのかわかっていてやってるのがムカつく。計算ってわかっていても可愛いと感じてしまうのも、なおムカつく。


「私だって半ケツを披露するハメになるとは思ってない」


 ほんとに恥ずかしかった。思い出しただけでも顔から火が出そうになる。服の上から見られるのは割り切ってるけど、アレは絶対に違う類。ファンたちの目にはどう映ったことだか……考えたくもない。


「素直に謝るから」


 パイプ椅子に座ったまま、私に手を合わせ軽く頭を下げてくる。その拍子に胸が揺れるのを見てしまった。


「じゃあ揉ませて」


 ステージでは結局揉めなかったし。


「流奈ちゃんだし、別にいいよ? それで許してくれるのぉ?」


「いいよ。恥ずかしかっただけで、そこまで本気で怒ってない」


「だよねー。流奈ちゃんって本気で怒ると喋らなくなるもんね」


 なんて私自身自覚していることを言いながら、立ち上がる里菜。テーブルを回り込んで私の正面まで歩いてくると、手で自分の太ももをペチペチと叩いて見せてくる。

 この状況だと、膝枕じゃないよね? なら抱っこしろってことか。喜んで。パイプ椅子ごと下がって両腕を広げ受け入れ態勢になる。そうしながら言葉を返すために口を開く。


「知らない」


 言葉と行動が一致してないなと自分でも思う。だけどそれは里菜も同じ。


「失礼しまーす♪」


 ゆっくりと私の太ももにお尻を乗せて体重をかけてくる里菜。私の鼻先を掠めた髪から香ってくるのは、彼女が好むシャンプーと汗の匂い。屋外ステージから室内に入ったとはいえ、まだ汗も引いていない。


「あんまりモゾモゾしないで」


 座り心地の良い場所を探してるように見せて、実際は私の太ももを堪能しているだけだと知っている。ついでに背中で私の胸の感触を楽しんでいることも。


「すーーーーっ」


 だから私は、里菜を落とさないように抱きしめる流れから髪に鼻を埋めて深呼吸。彼女から発せられる複数の匂いを肺の中で混ぜるようなイメージ。


「うん……水着だと生地が薄いから体温がほぼ素肌直接と変わらないね」


 どうして互いの素肌の体温を知っているかはお察しください案件だった。


「そもそも、肌と肌が触れ合ってる箇所が多いから」


 脚と脚。腕と腕。お腹と背中。


「水着だしねぇ……」


 ホテルで水着を着ているのにプールや温泉で濡れるでもなく、汗で湿っているだけという状況。しかも密着したせいで、引きかけていた汗が再び流れ出すというおまけつき。


「寄りかかってこないで、重いから」


 里菜の方が身体大きいんだから。


「なにか言ったかなぁ?」


「ひうっ!?」


 太ももを手でさすられたくすぐったさに、思わず声が漏れてしまった。それが里菜的に物足りなかったのか、手が増えて両太ももをサワサワされる。


「んー流石に汗でベタつくね――」


 不自然に途切れる言葉。身体をずらして覗いて見ると、里菜は私の太ももをさすっていた右手を凝視している。なんだろ、嫌な予感がする。


「――れろっ」



 そしてあろうことか自分の顔に近づけていってひと舐め。


「な!? なにしてる!」


「流奈ちゃんの汗を舐めただけだよ? 感想気になる?」


 表情はわからないけど、声色からニヤニヤしているのが伝わってくる。ちなみに里菜ってば、去年の夏のステージでファンの前で私の首筋を舐めて「しょっぱいけど、汗臭くはないかな」とか言い放ったことがある。もちろん、マネージャーから怒られた。

 余計なことを思い出してしまったけど、ステージ上で心配した私の汗を嫌がってないかな? の答えはとっくに出てたなぁと安堵している私ってなんなんだろ? そもそも嫌なら毎晩同じベッドで寝てないよね。寝汗、揃って酷いから。


「汗の感想とか絶対に聞かないからっ」


 今はふたりきりだし、詳細に話してくれるだろう。是非とも勘弁願いたい。ただ言葉だけで止まる里菜じゃないことも長い付き合いでわかっている。口を開く前に意識を逸らさないと、私は幼馴染から汗の味を聞かされることになってしまう。


「……ねぇ、流奈ちゃん。人の胸を持ち上げるのやめない? わたしだって恥ずかしいことはあるんだよ?」


 知っててやってるし。里菜は私がおっぱいを揉んだくらいじゃ、いつものことだってスルーしかねないから。こうやって下から支えるようにして胸を持ちあげて揺らすと、里菜が真っ赤になってくれるから私の最近の流行りだったりする。可能なら正面から眺めたいくらいに。

 ちなみにコレも前にステージ上でやって怒られた。今日みたいな水着でなら怒られるのも理解する。ファン視点の光景がアレすぎるから。けど、普通にTシャツを着ているときだったし問題ないと思うんだけどなぁ……里菜の反応がアウトなら、私はステージ上で何度アウトを犯していることか。そっちは怒られないから納得いかない。


「こんなに育つのが悪い」


「好きで大きくなったんじゃないんだけどなぁ……」


 そう言いながら太ももを撫でてくるのは、私の脚が太いのと同じって言いたいのかな?


「おっぱい大きいのは需要あるからいいじゃん」


「幼馴染に嫉妬されて狙われるんだけど」


「里菜だって私のお尻とか太もも好きで触ってくるからお互いさま」


 あ、今の言葉って私が里菜のおっぱい好きって言ってるのと同じ気が……バレバレだから別にいいか。


「まぁそうなんだけど……揉まないの?」


 暗に揉んでくれと言っているように感じるのは気のせいじゃないはず。喜んで揉みにかかった。水着衣装の上からなのが微妙だけど、さっきまでステージに立っていた衣装でそのままこんなことをしているという罪悪感も好きだ。

 だから、私も里菜も着替えてない。


「相変わらず大きい。手に収まらない」


 モミモミと指を動かすそばから溢れてしまう。


「わたしも触らせてね」


 里菜の言葉を合図に、一旦手を止める。彼女は私の脚の上で身体を90度回転させて横向きになった。結果、私は両手で彼女の胸を揉むのが難しくなるけど、代わりに私の右手によって形を変える膨らみを直接見られるから、これはこれで問題ない。その気になれば表情を確認可能なのも素晴らしい。

 里菜は里菜でパイプ椅子と私のお尻の間に手が突っ込んでくる。ふたり分の体重がかかって大変だろうに……と心配しつつも、私はこの時間と体勢を楽しみたいから口に出さない。代わりにせめて負担が減るようにと、体重のかけかたを工夫する。不安定になるけど、そこは慣れたもの。私と里菜は密着度を上げて、ふたりでバランスを取る。


「里菜……里菜っ」


「……流奈ちゃん」


 お互いの名前を呼び合いながら互いのコンプレックスで好きな場所を触り合う。時折視線が絡まり。キスしたくなるけど、我慢。キスするのはふたりで暮らしてるアパートの部屋でと決めているから。


 正直に言うと、百合営業という名でステージ上でスキンシップを求められるのに、私と里菜が普段やっているようなことをすると怒られるのは納得がいってない。流石に、今現在やってるようなことは問題があるのはわかる。だけど、もうちょっとくらい良いだろうになんて思ってしまう。どうせガチなんだし。マネージャーも事務所も知ってるだろうに。そんな本音だった。

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流奈と里菜。ご当地アイドルの百合営業 綾乃姫音真 @ayanohime

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