流奈と里菜。ご当地アイドルの百合営業

綾乃姫音真

百合営業の表側

 燦々と降り注ぐ太陽の下。地元にあるホテルの特設ステージで無事に新曲をやり切ることが出来て私は心底ホッとしていた。相方の里菜は体力もあるし、ダンスのセンスも高いから余裕そうだったけれど、私としては今回から取り入れられた新しいステップが不安でミスをしないように何度自主練したことか。その度に付き合ってくれた里菜にはいくら感謝してもしきれない。

 もっとも、彼女は「問題ないよー。わたしも歌の練習に付き合ってもらってるし」と答えるだろうけど。そう、お互い様。私たちは小さい頃からずっと一緒だから、なにをするにしてもお互い様なんだと思う。


「みんなー、新曲の『私とあの子のサマー』はどうだったかなっ?」


 里菜の質問に返すように「よかったよー」「可愛かった!」なんて言ってくれるファンの言葉に一安心。トークも里菜に任せ気味なのは申し訳なく思うけれど、口下手な私がするよりも盛り上がるので頼り切ってしまう。ここまでくると、私の存在意義は? と疑問も出てくるけど、一応の分担がある。

 里菜がダンスとトーク。私が歌とクイズ企画なんかでの知識面になるのかな。それに意外なことに里菜って緊張しいな面もあるから……ほら、今だってステージ上にも関わらず隣に立つ私の手を握ってくるし。

 その指先が冷たく震えていることから、ファンの反応が不安だったんだろうなと察せられた。恐らく私以上に。だから大丈夫だよ、と意を込めて握り返す。


「よかったー。流奈ちゃんの歌声、最っ高だったよね!」


 なんて言いながら、指を絡めてきた。所謂、恋人繋というやつだ。それを見たファンが盛り上がった。彼ら彼女らが期待していることもわかる。


「里菜のダンスもキレキレだった、よ」


 そう言って里菜に抱きついた。衣装がビキニを元にしたセーラー水着なこともあって肌が直接触れ合う箇所が多い。それが更にファンを喜ばせる。

 ちなみに色は私が水色と白を基調としていて、里菜が赤と黒を基調としている。海無し県、それも山地のホテルで水着って……拒否しようとしたけど、逃げ切れなかった。誰よりも里菜が乗り気だったし。

 私としてはお尻に視線を集めてしまうのは勘弁願いたかったから、せめてもの抵抗で下がスカートになっているタイプにしてもらえたのは良かった。胸はどうせ大きく実っている里菜が注目されるから、私はお尻を守れれば文句ない。脚は諦めてる。ファンからは「ふっっっっと」なんて言われるけど、里菜は寝心地が良いと言ってくれて膝枕をすると喜んでくれるから私としては問題ないともいう。そうでも思って割り切らないとアイドルなんてやってられない。どうせスタイルなんて里菜と見比べられて好き勝手言われているだろうし、私も里菜に対して思うところはいっぱいあるし。例えば、身長が2センチとはいえ高くて羨ましいし、胸だってEカップもあってズルい。私も同じくらいとは言わないから、せめてCは欲しかった。BとEだと並んだときの差が……。虚しくなる。それでいて、お尻は私のほうが大きいというのが……。ため息を吐きそうになって、慌てて呑み込んだ。いけないいけない、今はステージの上なんだから自重しないと。いくら喋りは里菜に任せっきりとはいえ、隣でため息は流石に問題がある。

 それは別として……高校を卒業してから衣装の露出増えたよなぁ……そんな風に思うけれど、これはある意味で仕方ないのかな。里菜と一緒に拒否すればこっちの意見が通るけれど、肝心の相方が露出にそこまで抵抗が無いという……。トークが得意で人当たりの良い里菜と、口下手で無愛想になりがちの私。どっちの発言力があるかと言うと……お察し。


「えへへ、流奈ちゃんは百合百合しいなぁー」


 なんて思考が色々と巡っている間に里菜が抱き返してくる。その身体の緊張からくる震えが完全に抜けていたことに安堵した。


「ちょ、ちょっと里菜」


 当たり前のように頬ずりしてきて、それがファンを喜ばせる。


「どっちが百合だか」


「わたしも流奈ちゃんもでしょ?」


 言葉と同時に上がる密着度。真夏の屋外ステージで新曲を含む数曲を披露した直後だ。当然のことながら私も里菜も汗をかいていてベタついているし、それがどっちの汗なのか判別が出来ない。私の汗だったら……ちょっと嫌。恥ずかしい。里菜の汗なら汚いとは思わないし、構わない。むしろ、どんと来い、だ。願わくば彼女の汗であってくれと。実際はふたりの混合汗なのはわかってるけど……ふと、里菜は私の汗をどう思っているんだろう? ステージ上で笑顔だけど、内心では引いてたりしないだろうか……これはちょっと不安かもしれない。


「里菜だけ。私は違う」


 そんな内心を誤魔化すように、ぎゅーっと両腕に力を込めて里菜の身体の柔らかさ。温もりを全身で堪能する。彼女本来の体臭に汗が混じって、癖になりそうななんとも言えない香りで鼻孔を満たす。

 発した言葉も嘘じゃない。長年幼馴染だけあってそこら辺の姉妹よりも仲がよく、流奈と里菜。名前も姉妹で通用してしまうことから、いつの間にか百合営業している姉妹アイドルみたいな扱いになっていた。プロフィールにも幼馴染であると公開しているのに、今となってはすっかり百合姉妹アイドルだ。これは納得いってない。


「えぇ……わたしは流奈ちゃんと仲良しのつもりなんだけどなぁ」


「私だってそう」


 百合営業と言う割に制限が多すぎるのが原因だ。やるなと止められていることが多すぎる。


「ねえ流奈ちゃん、後ろを向いてくれるかな?」


 ? いきなりなにを言い出すのこの相方は……。意味があるから言ってるんだろうけど。ファンに背中を向けろってどういうこと? なんて疑問に思いながらも従ってみる。


「こう?」


 正直、ヤバいと思った。だって里菜が私に抱きつくようにしながら両手を背後に回して水着衣装のスカート部分を両手で持ったから。私は咄嗟に抵抗することが出来ずに――。


「えい♪」


 そんな楽しそうな声と同時に思いっきり捲くり上げられた。


「――え」


「やっぱり折角の水着なんだから、流奈ちゃんのお尻も見てもらわないとね」


「~~~~っ!?」


 ダメダメダメ! ついさっきまでダンスしててインナーごと食い込んでるから! ステージの上で視線を浴びながら直すのも躊躇しちゃって、そのままなの! それこそスカートで見えないから別にいいやって思ってたのに! 必死に振りほどこうとするも、私は両腕ごと拘束されているような格好な上に、里菜の方が力が強いから叶わない。

 ファンの間を広がっていくザワメキに、頬どころか首筋までカッと熱くなる。ここでようやく里菜も異変に気づいたらしい。片手が私のお尻に着地。


「あ……ごめん」


 すぐに察して謝罪が来た。けど、ファン視点から見れば、更にボルテージの上がる行為でしかない訳で……っ。


「あ、謝るなら放してよっ」


「そ、そうだよねっ」


 ようやく解放された。サッと里菜の背後に隠れるようにして水着を直すけど、どう考えても手遅れだった。こんなことになるなら、最初から視線を気にせずに直していれば……。


「里菜も背中向ける」


 こうなったらせめて同じ目に遭ってもらわないと。


「わたし、食い込み直しちゃってるよ?」


 そうだった……里菜はファンの視線を気にせずにお尻に手を回して堂々と直していた。


「ならこうする」


 私がお尻担当なら、里菜はおっぱい担当な訳で。両手を里菜の腋を通すようにして前に出すと、たわわな膨らみを鷲掴みに。


「あ、もうこんな時間だ。みんな今日はありがとーっ」


 さて、揉んでやろうと指を動かそうとした瞬間に、締めの挨拶に入るという……。流石に挨拶の最中に変な声を出させる訳にもいかず――というか、私も喋らないとだし――渋々手を離して隣に並ぶしかなかった。里菜……時間を見計らってた? 彼女の場合、わからないんだよなぁ。天然な気もするし、意図してる気もする。コレばっかりは幼馴染でも判断に悩む。


 結果。最後は乳揉み的意味で微妙に物足りさがファンにも私にも残ってるけど、今回のステージはここ最近のイベントでは最高の盛り上がりを見せた。主に、水着衣装でのスキンシップとお尻事件で。

 ただ……絶対に百合営業をやり過ぎだと怒られる。私も里菜も全然抑え気味なのに……。

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