ヤク○ト1000で女の子を拾った件

長根 志遥

大セールはやめて欲しい(切実)

「あー、今日も荷物多すぎだろ!」


 俺は仕事を終えて、帰り道のコンビニに車でふらっと寄った。

 宅配業なんぞしてるもんだから、先日の『樹林デー』っていうセールのおかげで荷物の量が一気に増えて、毎日がてんてこ舞いだ。

 普段と大して値段変わらないのに、セールとやらに釣られる注文客を恨むが、それが仕事なんだから仕方ないって言われたらその通りだ。


「お、今日はヤクリト1000があるじゃん。ラッキー」


 ビールでも買おうとコンビニの棚を物色してると、いつも空になっている棚には、今話題のヤクリト1000が並んでいた。

 1人3個までって書いてて、せっかくだからと3個カゴに入れる。

 飲んだことはないが、睡眠の質が上がるって噂だった。効果を試すには今日のように疲れている日だともってこいだ。

 ついでにビールとちょっとしたおつまみも買って、コンビニを後にした。


 借りてるアパートに帰ってきて、自室のある2階の部屋の前で鍵を探す。


「あれ? 事務所に忘れてきたかな……」


 いつもはポケットに入れてるんだが、どうにも見当たらない。

 しばらく探していたが、そういえば今日は車の中に置いていたことを思い出した。


 駐車場に向かい、階段を降りているときだった。

 隣の部屋に住んでいる、若いOLのスーツ姿の女性――確か山本さんだったか――と、ばったり出会った。


「こんばんはー」


 隣ってこともあって、普段まったく挨拶しないわけでもないし、俺はいつものように軽く声をかけた。


「…………こんばんは……」


 ちらっと俺の顔を見て、山本さんは小さな声で返してきた。

 あれ、いつもこんな感じだったか……?

 結構ハキハキした可愛い子だったと思ったんだけど、雰囲気がすごく暗い。


 気になった俺は、立ち止まって話しかけた。


「どうした? なんか元気ないけど……」

「あ……いえ、ごめんなさい。大丈夫です……少し疲れてしまって……」


 これは仕事でなんかあったな、って感じたが、良く知らない俺が話を聞いたりもできないし……。

 そこでふと、手に持っていた袋を思い出す。


「そうか、そりゃ大変だな。よかったらこれあげるから、元気出して」


 俺はさっき買ったばかりのヤクリト1000を袋から2本取り出して、彼女に手渡した。

 どうしたものか戸惑っている彼女に、『それじゃ』と言って俺は車に鍵を取りに戻ろうとした。


「あ……ありがとう」


 俺の背中に、小さな声でお礼の言葉が聞こえてきた。


 ◆


 翌朝――


「へー、結構効くもんだな」


 俺も昨日の晩、1本残ったヤクリト1000を飲んで寝てみることにした。

 朝起きてすぐに気づいたが、いつもと違って寝起きが良い気がする。

 人気があって品薄になってるのもわかる気がした。


 おっと、今日は生ゴミの日だ。

 仕事は遅番だが、収集前にアパートの前に出しておかないとまずい。

 すぐに着替えて、ゴミを出しに扉を開けた。


「――きゃっ!」


 すると、扉の向こうから小さな声が聞こえた。

 ああ、良く確かめずに開けたからか、前通る人を驚かせてしまったか。

 俺は隙間から謝罪の言葉を口にした。


「すみません、大丈夫ですか?」

「あ、はい。少し驚いただけです。……梅田さん、昨晩はありがとうございました」


 良くみると、扉の前にいたのは昨晩ヤクリト1000をあげた山本さんだった。

 昨日と同じスーツ姿で、ゴミ袋を片手に下げていた。


「気にせんでいいって」


 俺もサンダルを履いて、ゴミ捨てのために部屋を出た。

 ゴミステーションまでの間、彼女と並んで歩く。


「私、はじめて飲んでみたんですけど……こんなに朝スッキリ起きられたの、久しぶりです」

「そりゃよかった。俺も飲んでみたけど、結構効くもんだなぁ」

「ですね。噂には聞いてたんですけど、いつも売り切れだったので……。ありがとうございました」


 改めて頭を下げる彼女に、俺は手をヒラヒラさせた。


「いや、礼なんていいよ。……だいぶ疲れてそうだったし」


 そう言うと、彼女は少し顔を曇らせた。

 あ、やべ。なんかまずいこと言ったか……?

 って思ったが、そうではなかった。


「梅田さんにもそう見えましたか……? 最近仕事が辛くて……」


 やっぱりそうか。

 まぁそれか、彼氏にフラれたとかくらいしか思いつかないが。

 とはいえ、俺も仕事がキツいのは同じだから、気持ちは良くわかる。


「仕事はしんどいもんさ。美味しいもの食って、お酒飲んで、良く寝たら頑張れるさ。ははは」

「そう……ですかね……?」


 ゴミ捨てを終え、そのまま会社に向かう彼女に「じゃ、ほどほどにね」と声をかけ、俺はもう一度部屋に戻った。


 ◆


「はぁ……今日も疲れたな」


 今日も荷物の量が多くて、ひたすら走って荷物を届け続けるうちに、あっという間に1日が終わってしまった。

 昨日買ったビールを飲もうと、寄り道をせずにアパートに帰る。


 階段を登ると――

 ……ん?

 俺の部屋の扉を背もたれにして座っている人影があった。


「……山本さん?」


 朝に続いて顔を合わすことになった彼女が、そこにいた。


「あー、梅田さんだー」


 彼女は顔を真っ赤にしていて、どうやらかなり飲んで帰ってきていたようだった。


「なんでこんなところに?」

「あっはっはー。どっかで鍵無くしちゃってー。どうしようかなーって思ってたところー」


 ケラケラと笑いながら、彼女は自分の頭を叩いた。


「おいおい。スペアとかない……か。実家とかには連絡したのか?」

「大家さんに電話したけどー、夜だからー。実家は遠すぎるからむーりー」

「なら友達とか会社の人とかいるだろ?」

「……まだここ来て友達いないし、会社の人とか……絶対嫌」

「そうか……。それならホテルにでも。そのくらいなら送るよ」


 寂しそうな目をした彼女は、俺の提案にしばらく考えたあと、ぽつりと口を開いた。


「……梅田さんの部屋に泊めてくれたり……しませんか?」


 ◆


 ――どうしてこうなった。

 思い返してもいまいち良くわからない。


 部屋の扉の前でしばらく押し問答してたが、彼女はなかなか動かなかった。

 ってことは、俺は部屋に入れないワケで。


 夜遅くに外で話をするのも近所迷惑ってこともあって、仕方なく彼女を部屋に入れた。


 水を渡すと、少し酔いもマシになったように見えた。

 俺はビールを飲むのはやめて、牛乳をコップに入れ、半分くらい飲んでテーブルにコップを置く。


 その様子を彼女はじっと見ている様子だった。


「今からでもホテル行こう。お金ないなら貸すから」


 何度目かの提案をするが、彼女は首を振った。


「……なんでだ?」


 理由を問うと、彼女は少し俯いて話す。


「……前から時々顔合わせてましたし、会社でも梅田さん、大変そうなのにいつも笑顔で来てくれるでしょう? 私には気づいてないと思いますけど。……そういうのがカッコいいなって思ってたから。昨日も声かけてくれて、優しい人だなって。……だから」

「買い被りすぎだって」

「ううん、だから……もっと良く知りたいなって思ったんです」


 そう言いながら、彼女は顔を上げる。

 ほんのり顔が赤いのは、お酒のせいなのか、それとも……?


「……わかったよ。話くらいなら」

「はい。……それで充分です」


 こくりと頷き、彼女は笑顔を見せた。

 女性の笑顔は最高の武器、ってよく聞くが、確かにその通りだなってこのとき初めて思った。


 それから翌日も仕事だっていうのに、いろいろな話をした。

 俺の仕事のこと。

 彼女がこんな田舎の都市で働いている理由。

 彼女の仕事の愚痴にも付き合った。


 彼女の酔いが覚めてきたころ、俺は彼女にベッドを貸して、俺は床にマットを敷いて寝る。


 ――そして、気づくと朝が来ていた。


「梅田さん、おはようございます」

「……おはよう」


 先に起きていた彼女は昨日と同じ姿――と思ったが、よく見るとスーツの色が少し違う……?


「……昨日のスーツ、その色だったか?」

「いえ、着替えましたよ」


 こともなげに言う彼女は笑みを見せる。


「……鍵は?」

「鞄の中に入ってました」


 もしかして鍵を無くしたってのは……。


「さ、朝ごはん作りましたから、どうぞ」

「あ、ああ……」


 朝食の材料なんかなかったと思ったんだが、それも自分の部屋から持ってきたのだろうか。


「……なにか嵌められた気が」

「何か言いましたか?」

「あ、いや。なんでもない……」


 向かいあってテーブルについて見えた彼女の顔は、一昨日の夜の暗かった表情とは大きく違っていた。

 それを見て、「まあいいか」と俺は呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヤク○ト1000で女の子を拾った件 長根 志遥 @naganeshiyou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ