夏の隠し事

@ivy2058

第1話 音無村

「おとなしむらって聞いたことある?」

冷房のついた教室。夏休みのため、ここにいるのは俺と奏の二人だけだった。

自主学習を目的に開校されているものの、勉強目的でわざわざ学校に来る生徒はまぁ少ないものだ。

そういう俺と奏も決して勉強しようと集まったわけではない。

それは奏の言葉からも明らかだった。

「どこの村?」

「今は無い村なんだけど、言い伝えがあるとこなんだよ」

奏は日本各国の伝承やら妖怪なんかの資料を集めては、長期休みに出向いて調査することを趣味としている。

今度のターゲットがその「おとなしむら」とやらなのだろう。

「そこには何か面白そうな話でもあるの?」

俺の質問に奏の目がキラリと輝いた。

「資料がほぼ無いんだよ。でもたまたま別の資料を読んでいたときに、音無村って言葉が出てきたんだ。音の無い村って書いて音無村」

郷土史料などを読み漁ると、たまに意図しない発見がある。

音無村もその類いのものだろう。

「で、その音無村とやらには何があるの?」

奏は読み漁った資料を抜粋したレポートのようなものを嬉々としてこちらに向けた。

「一言で言うなら神様、かな」

神様の伝承は古来より日本各地に伝わっている。神様が誕生したとされる地、神様が座ったとされる岩、神様が休んだとされる大樹など、日本の神話は各地に根付いている。だからこそ奏の話には正直がっかりした。資料が少なく神様の話の残る地、山のようにある作り話の一つだろう。

「よくあるやつじゃん」

掲げられたレポートをぼんやりと見ながら、ため息まじりに呟いた。

「でもその村がまだあって、神様がいるとしたら?」

無いはずの村が実はまだあった。なんと興味をそそる響きだろう。

レポートの二枚目に目をやると、「平松准一氏の日記に、音無村に宿泊したと思われる記載あり」との文言が記入されていた。

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