第6話 5月18日 午後8時30分(駐車場内)

 

 支払いを済ませ店を出た後、さつきは駐車場隅の車止めに座り、端末を操作しながらショーコを待っていた。


「紐買ってきーたよー」

「……遅くない?横の店で紐買ってくるだけでしょ。30分以上掛かってるんだけど」

 片手にビニール袋を持って走って来たショーコを見たさつきは、端末をポケットに入れてつつ無表情で言った。


「ひい、これでも頑張ったんだよ。ちゃんと空いてるレジも探したし。ただ紐にも色々あってだね。用途がわからないから迷いがさ。あ、店員さんにも聞いて一応人も縛れるやつにしといたから!」

「別になんでもいいんだけど。今もカメラ2台あるんだよね」

「当然!予備は常に必要だよ。カメラも、ええとカメラも。ごめん、もう一つのいい例えが思い浮かばない……」

「そんなのいらないから。とりあえず1台貸して。それとさっき買った紐も」

「おいおい、さつきちゃん。一体何を」

 

 さつきはショーコからカメラと紐を受け取って、自転車の荷台にカメラを置き紐で固定し始める。


「あのう、それはどういう……?」

「ショーコ、霊はどっから来ると思う?」

 さつきはカメラを紐で強く縛り付けた。


「え、ええ?ええ、と霊界?」

「まあそういう話もあるんだけど。直接的にはね、霊は後ろから迫ってくるものだと思う」

「はっ、確かに」

「乗り物に乗っている場合、その傾向は顕著に表れるから。車ならバックミラーに映る、もしくは後部座席にいる、といったように」

「さつきちゃん、まさかそれで自転車にカメラを!」

「そう、自転車の荷台から後ろを撮っていれば、高確率で霊の出現からカメラに収められると思う」

「考えたね、さつきちゃん!っていうか前からちょいちょい出てた、っていうか漏れてたんだけど。さつきちゃん、あれでしょ?そうとう好きでしょ?心霊関係」

 ショーコはさつきの肩をとんとんと叩く。


「別に、そんな」

 さつきは荷台の調整をしていた手を止め、すぐに作業を再開した。


「別に?」

「ちょっとは興味はある、あるけど。というか誰だって霊は見たいでしょ!」

「いやあ、誰だってとはならないかなあ。でもさっきの後方理論があればさつきちゃんも見る機会あったんじゃ。なんで使わなかったの?」

「それは、どうせなら最初はちゃんとした場所で見たかったっていう、か……」

 

 さつきは徐々に俯きつつ、小声で言った。


「ひゅうう、霊デレきたあ。いいねえ、盛り上がってきたねえ」

「わたしの話はいいから。ショーコも撮るんだから早く準備してよ!」

「わたしも撮る?あー、そうか。うん、やっと全貌がつかめた」

 ショーコはリュックからもう1台のカメラを取り出した。

 

「確認だよ。まず、さつきちゃんが乗る自転車の荷台に、カメラを固定して背後を撮影。そしてさらに」

 ショーコはさつきの前方に回り込んでカメラを構える。


「自転車に乗っているさつきちゃんをわたしが前から撮る。それを後で編集するということだよね」

「そう。単純に映る確率が倍になるから」

「暗闇だけだったら意味わからないからね。前方からの映像があったほうがより臨場感があると思うよ。ただ確率が倍っていうのはちょっと意味がわからないけど……」

「ほら、もう時間遅いから始めるよ」

 

 さつきは荷台に縛り付けたカメラを起動しモニターを見た。


「こんなものかな。どう?ショーコ」

 腕を組んでいるさつきの横で、ショーコはモニターに映っている映像を確認した。


「おお、うんうん。この角度なら霊入るんじゃないかな。さつきちゃん、カメラのモニター見てて」

「わかった」

「雰囲気としては、下からでしょ?」


 ショーコは自転車の後ろに回り込み、こっからの、こういう感じ?としゃがみ込んでから両手を広げて立ち上がった。


「うん、入ってる。いけそうね」

 カメラのモニターを見ながらさつきは頷く。


「じゃあ、わたしは高校の前のコンビニから図書館方面に向かい、あっ、裏道のほうね。野球部のグランド前を通って。そこから交差点を右に曲がって中学の前の通り、下り坂になっているところ。そこまで行くから」

「なるなる。わたしは常に先行しつつさつきちゃんを撮影だね」

「そう。とりあえず先にいって準備してて。こういうの2回目はないから」

 

 さつきは自転車の横で何度か屈伸をした後、本格的なストレッチを始める。


「おし!じゃあわたし先行って準備できたら連絡するね」

「うん、お願い」



「さつきちゃああん。いいよおおー!」

 ショーコはカメラでさつきの位置を確認した後、数百メートル先で通話しつつ手を振った。

 

「わかった。出る」

 そう言って通話を切り端末をポケットに入れたさつきは、自転車のペダルに足を掛け走り出す。


「はいっ、録画!わたし、このボタン、押す!はい映ってる。おっけえ!」

 カメラのボタンを二度確認し、ショーコは録画している映像をモニターで見た。


 いけええ!このおおお、映れ、映れえええ!

 全力で自転車を漕ぎ、数秒でトップスピードに達したさつきは予定した方向に向かった。


「なんと、この気迫は。まずい、思った以上に早い、追いつかれる!」

 全力で走り続けるさつきをモニター越しに見ていたショーコは、先回りのため走り出した。


 交差点、か。でもスピードは落とせない。さつきは体を斜めにし、体重を移動させ半円を描きながら交差点を通過した。


「や、やべえよ。理由はわからないけど、さつきちゃんは速いほうが、霊が映ると思っている!」

 ショーコは一旦止まり、はあはあと息を整えながら頭の中で今後のルートを確認した。


「と、いうことはつまり、あそこで、あの下り坂で狙ってるはず!」

 一瞬迫りくるさつきを見たあと、ショーコは前を向いて再び全力で走り出した。


「ここのシーンは捨てる!捨てる勇気、わたしにはある!」



 ここで、スピードは落とせない。あそこの下り坂で出し切るためには!


 数十メートル先の坂と、目の前のT字路を確認したさつきは、一瞬ペダルを踏む力を弱め、そしてブレーキを少しかけながら右足を地面につけて曲がり、下り坂に入った。

 

 来た、絶対ここだ。でもあんまり揺らしちゃ駄目、曲がっても駄目。だって霊が、映るはずの霊が。さつきは深く息を吸った。

 


 霊がフレームアウトしてしまうから!



 先回りしていたショーコは、まず目で全力で自転車をこいでいるさつきを捉えていた。


「来た、っていうか来てる。かなり来てる!」

 ショーコは急いでモニターを確認する。


「おお、さつきちゃんめちゃくちゃ盛り上がってるよ!画面越しでもこの迫力。これはあるいは!」



 坂を下る最中、スピードが上がるにつれてさつきは奇妙な感覚に取り付かれた。

 

 あれ、これなに。すごく落ち着いてる。こんなの今まで、だってわたし今まで霊なんて見たこと。もしかしたらこれが、れい、かん……?

 

 トップスピードの中さつきは一瞬目を閉じた。

 

「な、ここで目を閉じるって……?」

 モニターを見ていたショーコは驚愕し、モニターから目を離してさつきを目視した際、道路に何かが落ちていることに気付く。


「なにあれ!何か道路に!うおおお、ズームを!あ、これは。や、やばい!さつきちゃーん!」

 

 ショーコの声で目を開いたさつきは、ショーコが自分の位置を知らせるため声を出し、手を振っていると捉えた。


 最後だ、思いっきり。さつきは持ちうる全ての力を使ってペダルを強く踏む。


「さつきちゃああん!そこ!そこ!」

「なに!?」

 ショーコの大声に、さつきはさらに大きな声で返す。


「なんか、角材が。角材があ!こんなところに角材が!」

「なに、かくざ?って、あ!」


 さつきがそれに気付いたときは、すでにブロック程度の大きさの角材に自転車の前輪が触れていた。


 そして急ブレーキの後、さつきは宙に浮いた。


「あああ!ぐるんといっちゃってるよおお!さつきちゃああああああん!」

 ショーコはカメラを持ったままその場に崩れ落ちる。 


 え?ショーコ、え?さつきの目に逆さまで叫んでいるショーコが映った。

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