第4話 5月18日 午後5時34分(紳士服店前)

 

「来たぜ来たぜ、紳士服店。礼服が山ほど売ってるはずだよ!」

「ふーん、ここね。他にないんだっけ」

 ショーコはビデオカメラを構え、さつきは両手に腰を当て店の前に立つ。


「あとちょっと行けばビイオがあるけど。あとは個人経営的で熟女が買うような店しかないねえ。大体にしてさつきちゃん。近くに住んでいるのになんでわからないんだい?」

「わたし、買い物行く店大体決まってるから、この辺のことはよくわからない。服も売ってるんだ。ビイオって」

「ちょっと、全知全能の神。地元民の誇りビイオだよ。あるよ、服も!それ以外も何もかもが!」

「へえ、そうなんだ。とりあえず入ろうよ」

「ま、待って。店に入る前にビイオの良さを伝えさせて。さつきちゃんにもっとビイオのことを知って欲しいんだよ!」

「いや、今度でいい」

 そう言ってさつきは店に入った。


 へえ、思ったより種類あるんだ。 

 さつきが入り口付近で店内を見渡していると、遅れて入ったショーコは真っ直ぐにレジに向かい、

「すいません、礼服を探してるんですけど。安くて黒いやつを」

 カウンター内にいる店員に話しかけた。


「……あ、はい。わかりました。それでご購入されるのは?」

「うーんと、あ。あそこに。あ、さつきちゃーん。こっちに」

 ショーコがさつきに向かって手を振ると、さつきは足早にショーコの傍に寄り、ショーコのリュックを肩から抜いた。


「着るのはこっちです。ほら、ちょっと合わせてもらって」

「え、ええ?」

「ではこちらの方の採寸、でいいんです、ね……?」

「はい、お願いします」

「ちょ、ちょっと待ってよ。さつきちゃん」


 戸惑うショーコをよそに、それでは失礼します。と店員はポケットに入れていたメジャーを取り出してショーコの体を測定。そして店内に陳列されている中から数着の礼服を手に取り、サイズ的にはこのあたりが。とショーケースに丁寧に置いた。


「ありがとうございます。ちょっと着てみますので」

 さつきが服を持ちながら言うと、店員お辞儀をして離れた。


「ね、ねえ。女優の衣装としてさ、さつきちゃんが着るという流れでは?」

 ショーコは服を広げているさつきを遠慮がちに見る。


「は?出ないし。そもそも霊を撮るんでしょ。カメラ持ってるあんたが着たほうが映るんじゃないの?」

「い、いや。え、う、うん。なるほど。まあ一理は、ええと。ある、の?」

「いいから着てみなさいよ」

 さつきはショーコを試着室に押しやり数着の礼服を渡した。


 

 数分後、うう、こんなことになるなんて……。礼服を着たショーコが試着室のカーテンを開ける。


「ふーん、なるほど」

 俯いているショーコをさつきは腕を組んで眺めた。


「あの、さつきちゃん。なんだかその、言ってしまえば子どもが無理してる感が、さ」

「いいじゃない。別に。あ、リュックも背負ってみれば?着てるとき使うんでしょ」

「え、あ。うん」

 さつきに言われるがままショーコは試着室に置いていたリュックを背負った。


「ああ、まあそうなるよね」

「さつきちゃん、そのより違和感がね。やっぱり冠婚葬祭にリュックはいらないっていうか」

「ああ、そう」

 興味を無くした様子のさつきは、他の服を広げ始める。


「さつきちゃん。もうちょっと食べ合わせというか、そういったことに興味をだね……」

「サイズは問題ありませんか?」

「あ、はい」

 店員が近寄って来た際、店内に視線を移したさつきのは、値引きの札が掛かった服を見つけた。


「サイズは大丈夫です。それですいません。あっちの全品半額って?」

「このラインのものはすべて表示されている金額の半額ですね、アプリにご登録いただくとさらに半額になって、二着目が千円になります」

「……え?あ、ああ。そういうことなんですね」

 

 再び店員が離れた後、さつきは静かにリュックを肩から降ろしているショーコに近寄った。


「ねえ、登録したら半額の半額だって。そして2着目1,000円って、どういうシステムなの!」

「いやー、さつきちゃん。それ以前に、これがわたしに必要かどうかという大前提が」

「来年には卒業なんだし必要でしょ。こういうの一着あればいいじゃない」

「あとさ、思った以上に高くて。考えたんだけど、服に頼らず気合で撮るという選択肢もあるかと」

「あんたの心霊動画でしょ。ちゃんとしなさい。あ、ほらアプリに登録したら1,000円とか言ってから2着目も買えば?まあ、でも」

 さつきは振り向き、再び半額ラインのスーツを見た。


「ほとんど同じ服になるけど」


「せめてだね、2着目はさつきちゃんのにだね。そして2人で割ってわたしの金銭的負担を減らしてもらえれば……」

「ええ、うーん。そう、うーん。まあ、いいけど」


 さつきはショーコが店員の説明を受けながらアプリに登録している間、半額ラインから服を選び2着を試着。そして最初に着たものをレジに持って行った。


「これでいいから。お願い」

「さっきちらっと試着してるの見えたけど、いいじゃない!もう完全にホラー映画主演女優だよ!」

「そう?」

「で、でもさつきちゃん。アプリ登録面倒だよ。これいっぱい個人情報入れないといけないよお」

 レジ脇に立ち入力しているショーコは涙目になっていた。


「ほら、さっさとやればすぐ終わるから」

「ぐうう。がってんしょう、ち」

「あ、そうだ」

 さつきは一旦戻り、持ってきた白いシャツをレジに置いた。


「え、追加!?」

「いいじゃない。これくらい」

「これも心霊動画とそれに続くホラー映画のため。そう思って割り切ろうしとしたけど。できないよ、つらいよ、割り切れないよ。でも登録は終わった」

「じゃあ呼ぶね」

 さつきはショーコがアプリに登録できたことを店員に告げ、そしてシャツと礼服2着をショーコが現金で支払った。



「さっき帰り際になにもらったの?」

 先に店を出ていたさつきは入り口で荷物をまとめているショーコに声を掛けた。


「なんか冠婚葬祭セットだって、ふふ、小道具ですよお。これは撮影に使えってことだよねえ」

「ふーん、冠婚葬祭セットね」

「こういうのってうれしいよね。つらい出費だったけど冠婚葬祭セットで多少気持ちが和らいだよ」

「あんたがいいならいいんじゃない」

「あ、そうだ。支払いについて決めておこうよ、さつきちゃん。今、ここで!」

「うん、いいけど」


 半額を一週間以内にショーコに現金で渡す、という約束を店の駐輪場で改めて取り交わした後、とりあえず疲れたという2人の共通意見により、さつきとショーコは近くのファミリーレストランに向かった。

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