第3話 5月18日 午後4時52分(ショーコ宅)


 団地での撮影の翌日、さつきはショーコの強引な誘いに折れる形で、高校から徒歩30分の場所にあるショーコのアパートを訪れていた。


「いやあ、主演女優を拘束しながら撮影できないなんて。すまないねえ、もうちょっと昨日の映像を確認したくて」

「気にしなくていいよ。やらないし」

 座椅子に座るさつきは時折ショーコが操作するPCのモニターに目を移しながら、ショーコに勧められた本、自主製作映画の作り方のページをめくる。


「またまたあ。どんどんイメージは固まって来てるよ。そういえばさつきちゃん、音声どうする?」

「音声?」

「ほら、セリフとかさ。今回のやつ喋ってて使えないから、後で撮り直さないといけないんだよ」

「ああ、それならあんたが1人でやればいじゃない」

「か、監督が自ら、ふ、2人分?それはアグレッシブだけど。あ、あともう1つ問題が、いやもう2つ」

「問題?何を今さら。全部問題だから」

「いやー、手厳しいのう。それで霊役なんだけど、女の人でいこうと思ってたんだよ。その辺は先人達のおこぼれをね。でもさあ、やっぱ女性のわたし達がやるんだから、男の人がいたほうが盛り上がるんじゃないかなあとね。こう撮影の合間におかし食べたりしてるときとかさ。でも同級生の高校生女子2人以外出ない予定だから、余ってるの霊役しかないんだよ」

「……色々言いたいことあるけど。それで?」

「誰か知り合いの男の人に女装してもらって霊役にって考えてるんだよね」

「それだったら理恵に頼めばいいじゃない。髪短くなってたし」

「ええと、男の人を呼べないから、男の人っぽい髪型の女の人に女装をしてもら、いや、一回男装してわたし達が盛り上がって女装?ちょ、ちょっと。ええと、性の倒錯が……」

「じゃあもう普通に理恵でいいじゃない。別の人なんてわざわざ入れなくても」

「あ、なんかそれでいいかも。理恵ちゃん二役ね」

 

 そうか、その手も。ショーコは顔を上げて目を閉じ頷いた。


「んでさ。もう一つの問題がさ、心霊シーンなんだよ。どうしてもこう、例えばね、白い影が画面の端からすっと出るとかさ」

「よくわからないんだけど。何か加工するソフトとか使えばいいんじゃないの?」

「うーん、やっぱりそれなりの霊にしたいからさ。そうなってくると色々と敷居が高くて」


 ふーん。さつきは本を置いて座椅子にもたれかかる。


「それでさ、さつきちゃん。わたし思うんだけど、お金、労力その他を考えたらさ。加工するよりも実際に霊を撮る方が近道なんじゃないかって」

「いや、たしかにそうかもしれないけど。仮に霊を撮ったとして、どんな霊かもわからないのに映画に使えるの?」

「た、確かに。霊が撮れたとしても、いい感じに映像に映るタイミングまで、こっちの脚本に合わすのはさすがに難しいよねえ。はい、今振り返るから横に立って。とかさあ」

「今回は取りあえず霊だけでいいんじゃないの?適当にその辺撮って」

「で、でもさつきちゃん。その」

「え、なによ」

「さつきちゃん、それだと自主制作映画っていうか」

「うん」

「自主制作のホラー映画っていうか、単なる心霊動画では……?」


 ねえ、ショーコ。さつきは体勢を変えてショーコを正面から見た。


「誰だっていきなり2時間のホラー映画を撮るわけじゃない。最初は短いものから始めてるはずよ。そしてそのノウハウを次に生かす。ここで霊を撮るやり方をわかっておくというのは、それだけでも意味はあると思うけど」

 

 その言葉にショーコは一瞬動きが止まる。


「そうだ、そうだ!そんなことが自主製作の作り方に書いてあった!ここで慣れておけば、次ちゃんとしたの作るとき霊をコントロールして映せるかもしれない!」

 

 よし、よし!ショーコはカメラを持ったまま右手を高々と上げた。


「決まったよ、さつきちゃん。とりあえず自主制作の心霊動画を撮ろう!」

「よかったね。やることが決まって」 

 さつきは再び自主製作映画の作り方を手に取る。


「ちょっとー、いいところなのに本読まないでよー。おしおし、やったるでー。いったるでー。まずは衣装から用意しないとね」

「はあ?何でそうなるのよ」

「具体的に言うと、礼服が必要なんだよ。わたし聞いたことがあって」

 

 ショーコはカメラのモニター越しにさつきを見た。


「昔、ああいった黒い服は《霊服》と表記してあったらしいんだよ。心霊の霊に服ね。それがある時期から、読みはそのままで今の《礼服》に変わったんだって」

「そんなの聞いたことないけど」

「やっぱり意味があるんだよ、言葉にはさ。だから礼服を買ったら霊服を買ったことになるから、それ着ておけば霊が撮りやすくなる、はず!」

「それなら単純に、何ていうか、そういう怖い場所に行って撮ればいいんじゃないの?」

「さつきちゃん、それは違うよ!一旦カメラ置くよ!」

 床にカメラを置きショーコは両手でさつきの肩を掴む。


「ここは大事なとこだから肩を掴んで言うよ!心霊スポットに行って撮っても意味がないんだよ、だって映画を撮るときその場所が心霊スポットとは限らないから。普段使いの場所で霊を撮るということが大事なんだよ!」

「大体服を買ったからって何が。ああ、もういい。わかった、どうせ行くんでしょ」

「よしよし、さつきちゃん。物分かりがいいねえ。ここではそれが長生きの秘訣だよ。そして、そうと決まれば準備を!」

 

 ええと、あれと、これが。ショーコはリュックの中身をがさごそと探る。


「あんたに物分かりがいいって言われたくない。どうせ準備ってまた下らないもの入れるだけなんだし。さっさとやってよ」

 

 さつきは鞄に「自主制作映画の作り方」を入れた。

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