第2話 5月17日 午後5時2分(団地周辺)
コンビニを出たさつきとショーコは町の中心部に向かって歩き出した。
しばらく進むと両側が田んぼの田舎道の片側が住宅街になり、信号がある三叉路に出る。そして歩道がある比較的車通りの多い道に出て、文房具屋、交番、パン屋の横を通ってから坂を下り、はす向かいに病院がある交差点で右折。そこから数分歩き、さつきとショーコは目的地の団地に到着した。
「あ、地図だ。ちょうどいいね。団地について確かめておこうよ、さつきちゃん。ええと、今はどこだい?」
「ここはA棟側でしょ、だから」
この辺じゃない?さつきは地図の現在地と書いてある場所を指す。
「あー、なるほど。単純に結局ここ現在地だもんね。地図にも現在地って書いてあるし。あっちがB棟ね。4つあってA-1がここで、A-4があっちか」
「Bも同じように4つの建物があるみたいね」
看板から目を離し、さつきは奥にあるB棟を見た。
「あ、そうだ。ゲストが来るからさ。あっちの公園みたいなとこで待ってようよ」
「え、ゲストって誰?」
「うんうん、当然の質問だね。答えは、お楽しみにだよ!」
ショーコは端末を操作しながら、もうすぐだよ。と送る文面を独り言として呟く。
「いや、いいから。誰?」
「まあまあ、ほらそこにある公園にいるから」
「いやだから!」
さつきは歩き出したショーコを追った。
「おおい、理恵ちゃーん!」
団地から道路1本挟んだ公園に入ったショーコは、ベンチに座って端末を片手で操作している理恵に手を振る。
「おー、早いな。お、てかさつき?」
「え、理恵?」
う、え?なんで?理恵と目が合ったさつきは、戸惑いながら小さく手を挙げた。
「よし、これで始まる。ということは終わったも同然」
「別に始まっても終わってもいいんだけどさ。んで何すんの?」
「自主制作のホラー映画を撮るんだよ。じゃあわたくしはちょっと下見を」
ショーコはカメラをリュックから取り出し起動させる。
「え、あんたいきなり」
「ちょっと2人は待機してて、映像のイメージを掴むため、わたしはAから舐めるように撮ってくるから。あ、1時間経って戻って来なかったら探しに来て!」
モニターを観ながらA棟に向かうショーコを見送ったさつきは理恵が座るベンチの横に腰を掛ける。
「なんでジャージ?今日部活はどうしたの?」
「部活は休み。今は髪切った帰りだな。それでなんかショーコが動きやすい服装で来いっていうからさ」
「あのばか、ほんとに。でもまた結構短くなったね。耳出てるし」
「短いのも需要あんだよ。確実に少数を取れるからな!でも、今日のはこっちが訊きたいという。さつき、最近ショーコとこんなことしてんの?孤高のイメージ飽きた?」
「なによ、それ。元々ないしそんなの。今回はたまたまよ。別に流れっていうか。ついでだし」
「へー、なるほどねえ」
うーん、と言いながら理恵はベンチに持たれて両手を上げる。
「取りあえずさ、ショーコの言ってた自主制作のホラー映画って何?」
「知らない、さっき急にあの子が言いだして」
「さつき出るの?」
「で、出ないって!帰りに寄っただけだから」
「へー、そうなんだ」
「うん、そう」
さつきは一度立って座り直す。
「そういえば部活どうなの?」
「うーん、まあ何だかんだとやってるよ。もう次の大会で終わりだし。まあ3年になってからは好きなように練習出来るからな。その辺は楽だわ」
「あー、それはいいね」
「そうそう」
その後しばらくの沈黙があり、理恵が端末を取り出して操作し始めたので、さつきは何となく公園内に設置された遊具と一体化した時計を見ていると、B棟側から戻ってくるショーコが目に入った。
「あ、理恵。ショーコ帰ってきた」
ショーコを指しながらさつきは立ち上がる。
「いやあ、思った以上に団地感あるね」
ショーコはカメラのモニターを見ながらさつきと理恵の前に立ち、ゆっくりとさつき、理恵、さつき、理恵と交互に枠に入れた。
「そりゃあ、団地だからな」
理恵は手に持っていた端末のモニターから目を離さず操作を続ける。
「もう、いいでしょ。わたし帰るから」
「ちょっと待って、2人共に主演という、いわゆるダブル主演状態だから。それで今、設定を思いついたんだよ、2人は友達で、そうだ高校生、高校三年生の設定でいこう!」
「それは設定じゃなくて現実じゃない」
「わざわざ作る意味ねー」
「もっと細かいところまで考えてるんだあ。んとねえ、高校生の2人はねえ、同じ中学に通ってたんだ。それでね、中学の頃は仲良かったんだけど、高校に入ってからは片っぽが割と部活に専念してね。何となく距離がさ。それで、いつの間にか2人で会うのはちょっと気まずい感じになってきちゃって。会話が何となく繋がらないんだよ、2人だと。誰か挟んで3人だと平気なんだけどねえ。そんな時に共通の知り合いが映画撮ろうって言いだしてさ。それで2人は」
ショーコは喋りながら片膝立ちになり、立っているさつきとベンチに座る理恵が映った状態でカメラを固定する。
「お、おい!お前……」
理恵は端末を膝にを置いてから一瞬さつきを見た後、すぐにショーコに視線を向けた。
「なんだい、理恵ちゃん?あ、理恵ちゃんが部活に専念してるほうね。ベンチからスタートし、久しぶりに2人で会った気まずい感じを出してね。今から本番やっちゃうから。いい感じに気まずい感じお願い、その後は後ろの夕日を入れてから、ハイ、カット!うん、いける!いこう!」
「だから部活じゃないほうってなによ!」
さつきはカメラを持っているショーコの手を掴んだ。
「さつきちゃん、わかってるじゃない。そっちだよー。そしてカメラは回り続ける」
「おい、ショーコ。お前なあ、こういうのはなあ、こういうのはデリケートな……」
「え?もう、いやだなあ。二人のことじゃないよ。フィクション。演出だよお。こういう短編のも見たことあってさあ。インスパイアされちゃって」
ショーコは再びカメラのモニターに目を移すと、急にさつきが鞄を持って歩き始めた。
「おお、来た来た。始まったんだね!さつきちゃん」
「もういい、適当に団地の周り歩くからそれでいいでしょ!あんたが余計なこというから変な感じになったし!」
さつきは鞄を持って団地に向かって歩き出す。
「いいよ!その感じでそのまま進んで。うん、そこから部活が遅れて立ち上がる。よし、一旦追い越しちゃおう」
「お、おい。さつき置いていくな!」
慌てて端末を鞄に入れている理恵にショーコはカメラを向ける。
「いいねえ、さすが部活!部活やってるだけキレてるよ!」
さつきと理恵が建物に向かっていく様子を撮影しながら、ショーコは二人の後に続いた。
「なあ、さつき。あいつってわたし達のことさ。どこまで本気で」
「わからない。けど」
団地横の歩道を歩くさつきは振り返って後方から撮影しているショーコをにらむ。
「お、カメラ目線!いいねえ。アドリブきた!」
「あの子はわたし達の関係をどうにか、とか考えているわけでわない。それだけは言える。あ、別に」
さつきは理恵から視線をそらした。
「もともと、関係がどうとかはないけど……」
「お、おお。そうだよな。うん。そうそう」
「そろそろ団地の敷地入口だよ!二人一旦止まって!」
「はいはい」
さつきと理恵は最初に見た地図の前で立ち止まった。
「部活ちゃんも、並んで団地を見てー。お、ビイオが画角に入ってる!」
「お、ビイオと夕日が重なってるの地味にいいな」
理恵は片目を閉じ両手でフレームを作る。
「おっけえ!ハイ、カットオオ!。いやあ、撮れたよ。二人の並んだ映像もよかった。無理やりではあるけどちょっと怖かったぐらい。それにビイオもすごくよかった。理恵ちゃんの素人丸出しの映像確認感もよかった。全部よかった!」
「終わったのね。じゃ」
さつきは建物を一瞥した後、再び歩き出す。
「あ、さつきちゃん。ちょっと待って」
ショーコは鞄から塩コショウを取り出し、あ、そっか。新しいもんね。と言いつつ蓋を開けて中のビニールを剥がす。
「ちょ、ちょっと。何してんのよ!」
「さつきちゃん、そんな大げさなことじゃないよ。ちょっとお祓いをやっておこうと思っただけで。肩に軽く掛けるだけだから」
「塩コショウをここで振りかけたってただの嫌がらせだから!」
「ええ、だって汚れても呪われるよりはいいよ」
「塩だけならまだしも。あんたが塩コショウにするから」
「じゃあ、この辺の道路だけでも日本酒軽くいっとく?」
まあ、この場合それなら。いやでも。さつきはショーコから奪い取った塩コショウを持ったまま口元に手を当て呟きながら考え込んだ。
「おい、お前ら。どっちもやめとけって!」
「安全に配慮した行動なんだけどなあ」
「なあ、ショーコ。配慮っていうのは相手にだな。それとさっきのわたしの仕草は忘れてくれよ……」
理恵はショーコの肩を抱きながら言った。
「いいよー、忘れる忘れる。あれは単なる事故だし。あ、そうだ。逆からの視点も撮っとこうかな。ごめん、もうちょっと待ってて」
「待つわけないでしょ」
「よし、さつき待ってよう」
さつきの手を掴んで理恵は言った。
「はあ?なんで」
「いいから」
理恵はそのままさつきの手を引っ張って公園に戻り、ベンチに座らせた。
「いいじゃん。ここまで来たらちょっと待つぐらいさ。あ、そうだ。ショーコって確か一人暮らしだよな、アパートで」
「そう、銀ビルの坂登ったとこ」
「さつきはけっこう家行ってんの?」
「うん、まあたまにだけど」
「なんで一人暮らしなんだろうなあ」
「よく知らない。っていうかそっちはなんでショーコと」
「いや、たまたまなんだけど。あいつが読んでた漫画が。っていうか」
理恵は下を向いて両手を開き、そして閉じる。
「さっきのさ、両手で長方形を作ってカメラに見立てたような動きなんだけど」
「うん。何?」
「忘れてくれないか……」
「え?別になんとも思ってないけど。なんかおかしかったの?」
「おお、それならいいんだ……」
そして再び無言になって数秒経った後、理恵は自分の端末を取り出してゲームの続きを、さつきは公園内の時計を見て過ごした。
「撮れた撮れた。いや、すばらしい団地素材だったよ。これで布石はできた」
15分後、ショーコが満面の笑みを浮かべて公園に戻ってきた。
「大丈夫なのかよ、そんな適当で」
「ふ、理恵ちゃん。必要なのは密度。今日撮った映像密度なんてもうやばいから。画面の端から端までがっちがちだよ」
「そりゃよかったな。さつきどっから帰るんだ?」
「わたしそこのドラッグストア寄ってく」
さつきは団地の向かいの店を方向を指し歩き出した。
「よしよし、理恵ちゃん。わたしと途中まで行こう。今回の企画の説明をだね」
「まあ一応は聞くけど。ショーコは自転車?」
「そうそう。さつきちゃんが持ってきてくれたんだ。ありがとうね、さつきちゃん」
「うん。2人ともまたね」
自転車に乗った理恵とショーコに手を振った後、さつきは2人と逆方向に歩いて進進み、赤信号の交差点で立ち止まる。
そして歩道の信号が赤から青に変わる瞬間、さつきは背後の団地から「視線を感じた」ような気がした。
わかってる。この流れで振り向いてはいけない、絶対に。
さつきは姿勢を正し、真っ直ぐ前を見て信号を渡った。
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