霊を撮るなら、前からそして後ろから

がら がらんどう

第1話 5月17日 午後4時14分(道路上)

 

「いやあ、さつきちゃん。協力感謝するよ。で、どうだいわたしの自転車の押し心地は?」

「どうって、別に何もないけど」


 さつきは自転車を押しながら、ショーコは周辺をビデオカメラで撮影しながら両側を田んぼに挟まれた道路を歩いたいた。


「いいんだよ、もうがんがん乗りまくっちゃってよ。ほんとどうしようかと思ってたんだー。歩きながら撮影したかったんだけど、帰りしんどいから自転車乗りたくてさー。そしたらなんと!行きは自転車を押し、帰りは歩きでいい、そんな友達に出会う奇跡!」

「はいはい。で、さっきから何を撮ってるの?」

「今日から自主製作のホラー映画を昨日から作り始めたんだよ。もう大体のイメージは出来てるんだー。この辺を撮った後は、メイン会場の団地に行くつもり。やっぱ自主製作ホラーは結局団地だからねえ」

「なんでもいいけど毎回自主製作ってやめて。余計うるさいから。大体、昼間のこんな人口2万人しかいない田舎の端を撮ってどうすんのよ」

「ふ、一見ただの人口2万人の田舎の午後。でもこの景色が後で大きな意味を持つんだよ。あ、ねえ、さつきちゃん。一緒に団地行っちゃわない?軽く出演を兼ねて」

「行かないし、出ない」

「よし、じゃあ帰りに寄るだけ。出演は未定でいいから、とりあえず団地行こうよ。だってさつきちゃんみたいな、さらっとすらっとした美人で高偏差値の受験生はホラーにど適正なんだよー。他の人見つけるの大変だからさ。とりあえず行くだけで、ね。最悪隠し撮りでなんとかするから」

「事前に言われてたら余計行かないでしょ。大体どこの団地?」

「ほら、あの商店街の坂を下ってさ。病院あるじゃん、そこ真っ直ぐいったとこ」

「ああ、なんかあったね」

「だからさ、だん」

「もういいから!わかった。ちょっと、ほんとちょっと寄るだけだから」

「おおっし。いいねえ、これで完成にかなり近づいたよ!」

「その程度ならすぐ完成しそうね。あんたの映画」

「イメージはできてる!あ、車」


 ショーコの声でさつきは立ち止まり軽自動車が通り過ぎるのを待つ。

 

「止まったシーンが撮れたところで。大事なことを聞くんだけど。さつきちゃん、心霊関係はどうなのかな、と」

「心霊関係って?」

「見たり、聞いたり、乗り移られたりさ。何かそっち方向の経験は」

「無い。あんたはあるの?」

「いやあ、残念ながら。まったくなんだよねえ。でもさ、名選手しか名監督になれないってわけでもないしさ。霊が見えないわたしにだって名作ホラーを撮れる可能性はあるよ!」

「それはそうかもしれないけど。大体あんたの言う心霊関係っていうのがよくわからないし」

「あ、じゃあさつきちゃんさ。信じてるの?例えば、霊、を」

「信じてない、特に人が見たって話は。おかしなところばっかりだし。でも」

 

 でも、だけど。さつきは自転車を押して歩道のない道路を横断する。


「え、でも?」

「でも、いないっていう証明もできない。今のわたしには」

 

 道路を渡ったさつきは振り返りカメラを構えているショーコに向かって言った。


「霊自体は信じてるけど、霊を見た、聞いたって話は信じないってことね。若干屈折してるけど、なんかいいシーンになった」

 すたすたと道路を渡ったショーコは、突然、ぎゃああ!と叫びリュックを肩から降ろしてジッパーを開ける。


「ちょっと、聞いといて適当に話を流さないでよ!」

「でもほんとにさつきちゃん、やばいよ。大事なものを忘れていた」

 ショーコはリュックの中身を何度も出し入れした後、頭を抱え込んだ。


「え、なに?」

「いいから、いいから。そこのコンビニ行こう。ここで気づいてよかったよ」

「うん、まあいいけど」

「あれだよ、あれ。こういう映画撮るときには常備しておかなきゃいけないやつだよ、さっと行ってくるから!」

 

 ショーコは自転車を押していたさつきを追い越し、ショーコは走ってコンビニに向かった。



 ショーコに続いてコンビニに入ったさつきは、調味料が陳列されている棚の前で悩んでいるショーコの横に立った。


「で何を探してるの?」

「まあそれはねえ、っと。おー、あった」

「ああ、塩、ね」

「そうそう。怖いもん撮りに行くんだから、基本だよ。結局清め清められだよ。いやあ、忘れてた、酒はあるだけどなあ。塩もいるよ。面目ないって、え、ない。ないよ、さつきちゃん……」

 

 あるじゃない、これ。さつきは袋に入った塩を持ってショーコの目の前に突き出す。


「ちょっと、そんな大きいのいらないよ。一人暮らしでそれだけの量を使い切るのにどれだけ時間が」

「はあ、あんた家でも使うつもりなの?」

「そりゃあそうさ。ちょうどなかったしさ。ほら、こう上がプラで下がガラスのちょっとしたやつがいいんだけど、うーん」

「家とは区別しなさい。ほら、場所によっては大量に必要でしょ?」

「それはそうなんだけ、あ、これでいいじゃん!ね、さつきちゃん、これにしよう」

 

 ショーコは味付き塩コショウを手に取りさつきの目の前で揺らした。


「ばっ、あんたそれは」

「だってさ、一応塩入ってるよ」

「塩は入ってるけど、コショウも入ってるじゃない!っていうか味もついてるじゃない!」

 

 さつきの声に反応したコンビニの店員がレジカウンターから心配そうに2人を見つめた。


「まあまあ。ダウンダウン、下げて下げて。でもさつきちゃん。逆にさ、これまでコショウで霊がどうこうって話聞いたことある?」

「……コショウで?」

「ないでしょ?ほら。とりあえず塩があればいいんだよ。いやー、解決解決」

「あんた優先度が家で使う用に傾きすぎなのよ」

「そーんなことなーいさあ。しーんぱいないさー」 

 ショーコは味付き塩コショウを持ってレジに向かい、さつきは先に店を出た。


 田んぼに囲まれた広い駐車場には大きなトラックが一台停まっており、それ以外の車両はない。


 田んぼ、田んぼ、また田んぼ。店の前にあるベンチに座ったさつきは手前の田んぼ、奥の田んぼ、横の田んぼを順に見た。

 ずっと、永遠に田んぼじゃない。田んぼを眺めるのに飽きたさつきが店内に視線を戻すと、真剣な表情で塩コショウを握りしめているショーコが列に並んでいた。

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