第15話


 ◇ ◇ ◇ 二〇五二年 七月 四日 午後二時 二四分


 世界は忍者に支配されている。

 俺、雑貨・一は日本お抱えの忍者集団。公安庁から裏切られた抜け忍だ。

 処分寸前で逃げ出し、追い忍から隠れて殺し、以前逃亡中の身の上である。

 そんな俺は現在、人気の少ない高級住宅街を歩いていた。

 毎日そこで起きて、そこを拠点に暮らしている。正確には社寮だが……。

「にしてもまさか……ギャング団なんてなぁ」

 俺は高級住宅街を横切り、アジトである三階建ての館を見あげてぼやく。

 社長令嬢の護衛になると思ったら、ギャング団の下っ端になりました。

 お互いに初対面で、素性を聞く事も出来なかったとはいえ……まさかのまさかだ。

「フロント企業所属扱いだから、良いけどさぁ」

 表向きは貿易商の正社員。戸籍も与えられて、給料も高い。

 裏向きは裏社会の何でも屋。スパイから護衛。傭兵までこなす零細ギャングだ。

「何を黄昏れてるのよ、ハジメ」

「あれ、キィ社長。お出かけ?」

 俺が石垣越しに館を見上げていると、キィ社長が門から顔を出していた。

 彼女はラフスタイルではなく、珍しくレディーススーツを纏って髪を束ねている。

 見た目はやり手のキャリアウーマンにしか見えない。

 彼女はどう?と俺に服を見せて、くるりと回った後に笑顔を浮かべた。

「中々、上手く化けるものでしょ?」

「社長なら一流の忍者に成れるだろうね」

 キィ社長が持つ上品な顔立ちも合わさり、ギャング団の頭領には見えない。

 俺は隠密ばかり得意な忍者だが、女の子は化ける事が得意だな。

 キィ社長は満足そうに頷くと、先程の質問に答えてくれた。

 大人びているとはいえ、一八歳だからか子供っぽい所がある。

「例の誘拐の件で、ブラック・ゴート・カンパニーから手打ちの話が来たのよ」

「それはまぁ……護衛はツクモさんが?」

 リコちゃんが魔術師の技能持ちならば、ツクモちゃんはキィ社長の懐刀だ。

 俺も詮索は控えているが、彼女は護衛として優れているらしい。

 それもあってツクモちゃんはキィ社長にべったりだが……珍しく隣に居ない。

 キィ社長は視線から疑問を感じたのか、ケラケラからかう様に笑う。

「企業の目的は、裏社会の新人に立場を教える為だもの。滅多な事は起きないわ」

 成程。痛い目を見たとは言え、その気になれば潰せると意思表示は出来た。

 全面戦争になる前に、こっちが頭を下げて手打ちにするって事か。

「敷地内で下手起こせば、あっちが周りの勢力から白い目をされるんじゃない?」

「成程。それなら俺も影から見守るのは止めとこうか?」

 護衛を置けない時にこそ俺が動くべきだが、リーダーの意見は無視できない。

 報連相は社会の鉄則だ。一緒に来いと言われれば、着いていくが……。

 キィ社長の返答は、YESだった。

「えぇ、そうして頂戴。それより……」

 キィ社長が何かを告げる前に、館から怒鳴り声と走り回る音が聞こえる。

 俺の忍者感覚が室内の声を拾う。リコちゃんとツクモちゃんが揉めていた。

 内容はヤクザ事務所で起こした、アクシデントの件である。

「キャットファイトを止めてきて」

「まだやってるの!? 午前中もやってたじゃないか!」

 俺が合流直後も全く同じ内容で揉めていた、出かける直前もだ。

 キィ社長が眉間に皺を作り、目頭を押さえて溜息を吐く。

 何となく察したが、彼女が補足してくれる。

「あのままだと夜中まで続くから、止めて頂戴って言ってるのよ」

「まだまだ終わりそうにないと……やってみます」

 「任せたわ」言い残したキィ社長と俺は別れた。

 彼女が向かう会社が只の会社なら、俺が事前に調査するがそうは行かない。

 下手に嗅ぎ回れば、敵意があると勘違いされる。

 今の仕事は、館に戻って事務仕事をしながら二人を止める事だ。


 ◇ ◇ ◇ 二〇五二年 七月 四日 午後二時 二九分


 高級感のある館は長年使われていないが、俺達が住み着いて様変りした。

 内装は外観に比べて可愛らしく、壁紙も若者向けの明るく華やかなモノ。

 甘いミルクと花の匂いがするのは、俺以外の住民の生活臭や香水からだろう。

 俺は館の二階。シックな廊下を歩いていると、奥の部屋から声が聞こえた。

「ふぇぇっ! ごめん、なさいぃ~~!!」

「ごめんで済んだら、ボクらの仕事は無いって。何度も言ってる」

 怒鳴り合いは奇遇にも、目的地から聞こえた。

 俺は街で買ってきたコピー用紙を持ち替えつつ、入室を遅らせて扉を開く。

 部屋は中国の掛け軸や大皿に羊毛の絨毯が敷かれると、チグハグなデザインだ。

 部屋の奥。テーブルから離れた所で、二人の少女が取っ組み合っている。

「なんで仕事中にお喋りを優先した? リコの仕事は見張りだろう」

「だってぇぇ~!! 話かけられたら、答えちゃうよぉっ!!」

 頬が引き攣って痙攣する。掛け軸の奥に作った秘密通路から逃げたい。

 は、入りづらい……しかも出かける前と、同じやりとりをしている。

 俺は介入を少しでも遅らせようと、中央に置かれたテーブルへと向かう。

 饅頭や冷めた煎茶の隣にコピー用紙を置くと、介入しない理由がなかった。

「ハジメから聞いた。ずっと隣に居たとか」

「だってぇ~。リコは見張りなんてやった事無いもんっ!」

 遂にツクモちゃんがリコちゃんのマウントを取った。

 リコちゃんは泣いてはいないが、数時間の言い合いで息が荒い。

 この言い合いに入らなければいけないのか。

「コレも仕事コレも仕事……あの」

「ハジメ。貴様も言え。仕事が失敗する所だった!」

 俺が止めようと近づくと、ツクモちゃんが背中越しに怒鳴った。

 対するリコちゃんは、目線で助けを求めてくる。

 正直、見張りの仕事中に隣に居たリコちゃんが悪い。

 だが怒鳴るだけでは、ツクモちゃんがすっきりするだけで効果が薄い。

「あのー、その」

「「……」」

 俺の言い淀み方に、二人は正反対の目を向ける。

 蹴散らしてやれという目線と、助けが来たという目線だ。

 どちらも期待に溢れた顔をしており……正直に言おう。日和った。

「裏社会の仕事とか、一緒に連携取る練習をするとか。どうでしょう?」

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