第11話


 ◇ ◇ ◇ 二〇五二年 六月 二五日 午後五時 五一分


 眼前で炎が道路から立ち上り、踊り狂って周囲を焦がす。

 耳には超重量の足音と、焔がオイルを断続的に弾く音。

 一般人達の悲鳴は遙か遠く、邪魔者は誰も居ない。

 それどころか誰も事故現場に近づかない。人払いの忍具でも使ったのだろう。

「現刻から生き残りを三分で捕獲する。お前は周囲を探れ」

「了解。へへっ、全員おっ死んでねぇと良いけど」

 俺の視界外で男達……彼女達を誘拐し、トラックを爆破した軍人達が話している。

 彼らは雑談混じりに現場検証を初め、遂に二手に別れた。

 俺は態と見つかる様に、事故現場で寝そべる。

 自然とトラックを破壊した隊員が、俺を見つけて銃口を向けた。

 だが心音も脳波も隠蔽した以上、死にかけと判断されるまで時間はかからない。

「隊長! 例の新顔見つけましたよ。息もあります」

「他の女共は皆殺しだ……男は運が良い、いや運が悪いか」

 隊員が冷たい鋼鉄の指で、俺を玩具の様に持ち上げる。

 隊長格の男は一瞥するだけで、特に咎めるつもりもないらしい。

 彼は燃え盛る囮のタンクローリーを物色していた。

 手付きや仕草を察するに、二人とも裏仕事は慣れてそうだ。

「それにしても、コイツは雇われですかね?」

「奴らにバックアップは居ない。ソイツは近場の何でも屋だろう」

 会話から計画通りに事が済んだと胸を撫で下ろす。

 二人組は爆発に乗じて、彼女達が裏路地へ逃げ込んだと気づいていない。

 今頃、替えの車に乗って脱出している。

「おおう。俺も雇われる相手は選ばねぇとな」

 隊長格が何かに気づき、警戒網を広げたのを感じた。

 ならばと、彼が大きく息を吸うと同時に、俺の右手は動く。

「タンクローリーだ、と?」

 気づかれたがもう遅い。アームズ2の頭部は既に間合いの中だ。

 意識されない拘束は意味を成さず、俺の右腕は音も無く自由にしなる。

「変わり身の術っ!?」

 アームズ1の叫びと、俺がアームズ2の首を指先で弾くのは同時だった。

 弾いた首が、ボトルキャップの如く二回転してズリ落ちる。

 血なんて流さない。血管を締める様に回し殺す。

「貴様はっ……!」

 アームズ2の纏う装甲服の義指と首が、地面に転がっていく。

 俺が二本足で立ちあがると、アームズ1が怯んで後退した。

「忍者だよ、臨時雇用のね」

 戦場の炎が血を蒸発させる、独特なえずく匂い。頬に感じる夜風の僅かな冷たさ。

 周囲で燃える炎の灯りが、俺達二人を赤く照らす。

「情報部め、忍者が居るなら何故言わん。仕事中にだけは会いたくなかった!」

 アームズ1は悪態と同時に両手を前に構える。軍隊格闘術か。

 対する俺はワイシャツの裾をまくって、ネクタイを力任せに外して投げ捨てた。

「俺も仕事だよ。ARMSの隊長さん」

「今は唯の派遣社員だ……行くぞ忍者。参る!」

 俺達以外の全てが、瞬間的に静止する。

 地面から昇る炎は呆け、アスファルトは虚空で停止。

 最速の世界。本気を出した忍者と、ソレに連なる者だけの世界だ。

 アームズ1は装甲服で強化された肉体を惜しみなく発揮して吶喊する。

 つまり俺に向かって、衝撃波の波紋を広げて突っ込んできた!

「ゥっ、ゥォォぉぉおおオオッ!!」

 音を超える咆哮は、忍者が保つ力の源泉より発される念話だ。

 彼が一歩踏み込む度に、アスファルトがめくりあがり虚空で停まる。

「ARMSの性能が、据え置きで良かった」

 走るだけで破壊を広げる兵器に対して、俺が出来る事は……単純だ。

 俺も彼に向かって大きく踏み出す。違いは衝撃波を発しない事か。

 純粋な忍者は音速超過の速度でも音は立てない。

「君が出来る事は予測出来る」

 アームズ2を殺した時の再現だ。

 俺の右手が、動く過程を消し飛ばしアームズ1の首を貫く位置に添えられる。

 アームズ1は一拍おいて、俺の貫手に気づいた。

「んぐゥっ!?」

 彼の左ローキックが直角に跳ね上がり、狙いを貫手に変える。

 激突した俺の右腕と彼の左足が火花を散らして弾き合う!

「速度では負け……っ!?」

 鋼鉄の装甲服と素手がぶつかり合い、押し負ける光景にアームズ1が驚愕した。

 対する俺は後退しつつ、右足の着地と同時に背後へ飛ぶ。

「民間企業の裏方がこのレベル? ベテランの壁が厚いな」

 対忍者用装甲服はどう足掻いても、忍者の半分も強くなれない。

 彼が上澄みなのか、平均レベルかはともかく、油断出来る相手ではなかった。

「この道に入って十五年。力が負けてようが、やり方はあるっ!」

 アームズ1の速度が一気に落ちる!

 一歩とはいえ超音速で後退する俺と、相対的速度によって間合いは急激に開いた。

「そ、れ……はっ! お互い様だっ!」

「んなっ!?」

 間合いが開いた。そう感じたアームズ1の背中装甲板に、俺の右手が突き刺さる!

 拳が叩く鋼鉄の感触は硬く、手首までしかメリ込めない。

 だが鋼鉄の冷たさの中に、鮮血の暖かさが手応えを感じさせた。

 装甲服の背中に土足で乗る俺の視界では、先程までの場所で俺の残像が後退する。

「忍法 陽炎分身」

 アームズ1は見誤った。

 見ていたのは後退すると見せ、亜光速で切り返して生みだす残像だ。

 俺が貫手を鋼鉄の装甲から引き抜くと、産毛が弾ける様に逆立つ!

「ゥ~~ッ。分身の術っ!?」

 全身に駆け巡る鳥肌。ソレは俺が誘い込まれた虫の知らせだった。

 アームズ1は待っていたのだ。俺が間合いに飛び込むのを。

 その証拠に打点はズれて心臓の直撃を避け……意思の強い瞳で睨み返す。

「やれっ!!」

 アームズ1に装着された、胴回りの装甲が空中に飛び散る。

 装甲板は掌大のヒトガタを模して、俺を衛生の如く取り囲んだ。

「対忍者兵器!?」

「総員、撃て!」

 ヒトガタが一種のクレイモアだと気づいたのは、紅の光線が放たれた後だった。

 恐らくは無線で繋がった、幾十人の一般人が操る対忍者兵器だろう。

 忍者とて、避けきれない弾幕を張られれば防げない ※一部例外あり。

 忍者とて、高威力の兵器に直撃すれば体に傷がつく ※一部例外あり。

 油断した忍者を殺す。お手本の様な奇襲が決まった。

「殺ったかっ!?」

 紅の光線はアスファルトを貫き、無差別に破壊の雨を降らせる。

 一発ならばともかく、不意打ちの包囲網からは逃れられない……だが。

「このくらい、社畜時代で慣れっこだ!!」

 最小限の動きで、最適なルートをアクロバティックに駆け抜ける。

 だが人間には可動域がある。物理的に避けられない攻撃が……通り抜けた!

「抜けぇ、たぁ!」

「んんっ!?」

 光線で貫かれた俺が、液体の如く死線すり抜ける!

 ソレを見たヒトガタもアームズ1も動きを止め、俺は安全圏まで飛び退った。

 余裕そうな表情を浮かべるが、実際はそこまででもない。

 妖術で姿を隠す……隠形術で、俺の位置を数cmズラして見せただけだ。

「変わり身の術のトリックか。妖術センサーに反応がなくて気づかなかった」

 忍者ならばバレるだろうし、目の前の非忍者はベテランの戦士だ。

 アームズ1は必殺の間合いを外されても、全く慌てる様子はない。

「今はそんなのがあるんだ。技術の進歩は凄いねぇ」

「全くだ。君達忍者が持ってくる科学力には恐れ入るよ」

 アームズ1がギターケース程もある突撃銃を握りしめ、銃口を向けた。

 俺の忍者としての第六感が告げる。余りにも狙いが合いすぎている。

 まるで銃口が勝手に向かう様で……それは真実だろう。

「もう互いに時間はかけられまい。全力を尽くすのみ!」

 アームズ1が話の途中で、音速超過で突っ込む!

 それは彼が初めて、俺を超える速度で動いた瞬間だった。

 更にはヒトガタも援護射撃で、俺の動きが縫い止めてくる。

「ぅっ、雄雄ォォおおおおおお!!!!」

「あぁ、そうだよな」

 巨体が静止世界で、咆哮と共に衝撃波を撒き散らす。

 周囲は大気を焦がす光線。前方は巨体の突撃。

「俺の逃げ場を封じて、怪力勝負に持ってくつもりだろうっ!」

 アームズ1が構えた突撃銃が、必中の精密性で弾丸を放つ。

 瞬間、彼の手元で膨大な爆発が起こる! それは俺の小細工だった。

 先程の接敵で、突撃銃の銃口を潰しておいたのだ。

「読めたさっ、アンタの強さを!」

「~~~っ!?」

 突撃銃の爆風で世界が赤と黄に染まって、砂塵が俺達を飲み込む。

 車両から噴く灼熱の数十倍でも、忍者の肉体には影響を及ぼさない。

 だからこそ膨張する破壊の規模から、羽ばたく様に二つの影が跳ぶ。

 爆発から逃れる為に走るアームズ1。すぐ頭上を泳ぐ様に跳ぶ俺だ。

「何を、何をしたっ!?」

 叫ぶアームズ1は、スーツに皺さえ寄っていない俺に比べて悲惨だった。

 ひしゃげた鋼鉄の右腕に、爆裂して裂けた突撃銃。顔には打撲の跡。

「それは……閻魔様に聞いてくれっ!」

 俺は重力に従って地面に落ちながら、装甲服に手をついて前方倒立気味に跳ぶ!

 アームズ1は手の感触を探ってか、俺と相打つ為に拳を構えた。

 背後から爆発が押し寄せる中、互いに視線が絡み合い最後の一合をぶつけ合う!

「最後まで…軍人としてっ!」

 彼はスーツが大破しても尚、あくまで俺を殺す事を優先した。

 最初にぶつかりあった格闘戦と同じ。後の先を制して攻撃を捌いて返すつもりだ。

 俺は空中で楕円を描き、遂に隊長機との距離が迫り……彼の覚悟に敬意を表する。

「雑貨流殺法。武士殺しを『守り(極め)』――」

 俺の両手は自由に虚空を掴む。両足は投げっぱなしで、海を泳ぐ様に自由だ。

 アームズ1は俺の初動を潰す事に専念し、全身に力を溜めていた。

 だからこそ、俺は勝てる。

「――派生忍法 尋牛っ!!」

 俺の貫手が一切の妨害も、遠慮もなく。

 彼の装甲毎、その心臓を貫く!

 それは漫画で言えばコマを跳ばした様にしか見えない、唐突な結末だった。

「……は? な、にぃ。が? あぁ、クソっ」

 アームズ1の口からごぷりと血が噴き出し、表情は変わらずに白目を向く。

 そこで初めて、彼は装甲服が貫かれたのだと気づいた。

「忍者さえ居なければ、俺達は護国の士でいられたのに」

「アンタらは立派だったよ、俺なんかより忍者向きだ」

 俺は手刀を引き抜き、アームズ1を足場に夜空に飛び上がる。

 背後では爆発が迫り、周辺ビルとアームズ1が飲み込まれていく。

 俺は一瞥して、新たなる主の元へ……夕闇のネオン街に飛び込んで行った。

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