第10話
◇ ◇ ◇ 二〇五二年 六月 二五日 午後五時 五三分
TOKYO大田区には、成功者達が住む高級住宅地がある。
美しい町並みは夕暮れ空の下、紅を失い黒に染まる途中だった。
そんな高級住宅地を、漆黒の外車が走る。
一時間前に裏ルートで購入された車は、価値に反して車内は姦しい。
乗客達は先程までのカーチェイスの結末について喚いているのだ。
「キィ本当に大丈夫? 彼が捕まって、何か吐いたらマズい」
「そ、そうですよね。あの人、置いてきちゃって……」
「あぁ、はいはい。大丈夫だから落ち着きなさいって」
『彼』とは、共に逃げていた男性の事だ。
おかしな点を言えば、知り合った時間と心配の度数が反比例してる事か。
運転手であるキィ以外の二人は、数十分の付き合いだが心配している。
反対に数時間だが行動を共にしたキィは、全く心配していない。
「それより新しいアジトよ。ツクモ、尾行は居る?」
「視界には居ない。忍者が妖術でも使わない限り大丈夫」
「そう。それなら大丈夫らしいわ」
キィは握りしめたハンドルを緩める。
ツクモはその様子に、違和感を感じて眉を顰めた。
高級車はそのまま、豪邸を守る石垣の前で減速する。
彼女達が石垣の入口に近づくにつれ、入口の格子門が開きだした。
車が門を潜った先には、ベージュを基調とした洋館が待っている。
そのまま車は車庫に納車され、キィはシートに身を預けて一息着く。
「ふぅぅ。ここまでくればもう大丈夫、計画通り」
後部車両の二人も、座席に深く腰掛けて安堵する。
それも束の間。二人がキィを咎めた。
「でもあの人が! 雇われだからって、命の恩人なのに!!」
「ボクも奪還に賛成。感情的な問題じゃない、男が情報を吐く恐れがある」
キィは二人の言い分を聞くと、清々しい夜風を窓から摂取しつつ笑う。
二人は彼女の笑みから、重い感情を感じとり口を閉じた。
「よろしい」キィは呟き、一枚の写真を胸元から取り出す。
二人が覗き込んだ写真は何てこともない。スーツ姿のハジメの写真だ。
「彼の名前は雑貨・一。嘗て公安の史料編纂室に所属していたそうよ」
キィの凜とした声に、リコとツクモは対照的な反応を取った。
ツクモは弾ける様に写真から顔をあげ、リコは写真を見ながら首を傾げる。
「合点が言った。それなら心配ない」
「あのつまり、どういう事ですか?」
リコの疑問に、キィは出来の悪い子を見る目で微笑む。
ハジメが二人の居所を調べる間に、裏取りした情報は高額だ。
だからこそ、貴重な情報を仲間に隠す気はない。
キィは後部座席に身を乗り出し、ハジメの経歴について明かした。
「彼は戦国時代に存在した傭兵忍軍。雑貨衆の末裔にして……あら?」
「ぁっ!」
その時。彼女達が居座る車庫の入口を、大きい影が覆う。
音もなく現われた中肉中背の影は、月光を背負って夜の闇に濡れていた。
三人娘達は彼こそが、喋っていた待ち人だと気づく。
キィは微笑み、影の主を仲間達に紹介する。
「日本お抱え忍者集団。公安編纂室に所属していた抜け忍……つまり忍者よ」
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