第9話
◇ ◇ ◇ 二〇五二年 六月 二五日 午後五時 四〇分
トラックが俺達を載せて、夕暮れの公道を疾走する。
沢山の車が帰宅途中だが、道路交通法なんて無視だ。
トラックは中型程度だが、馬力は乗用車とは比べものにならない。
周りの車両は道を空け、俺達は公道の真ん中を駆け抜ける。
だが背後から詰め寄ってくる無骨な装甲車が二台。間違いない、追手だ!
「キィちゃんっ、装甲車が近づいてきてる! どうするつもりだ!?」
「何分も経たずにARMS出撃許可が出る。その前に逃げ出すのよ!」
「キィさぁん! 安全運転して下さいぃっ」
「違法行為ならボクが運転するからハンドル退いて!」
コンテナ内は女々しい声が騒いで、碌な作戦会議が開けない。
キィちゃんはそんなコンテナの住民に、八重歯を剥き出しに叫んだ。
「そんなに安全運転して欲しいなら、してあげるわよっ!」
「嫌な予感するんだけど!?」
瞬間、キィちゃんが急ブレーキを踏む!
震度七を超える揺れを叩き出し、僕達は宙に浮んだ。
直後、衝突音と衝撃がコンテナを襲う!!
俺達を襲った衝撃波は、砲撃を零距離で受けたかの様だった。
コンテナの入口がひしゃげて、周囲の車が絶叫をあげてクラクションを鳴らす。
「え……嘘でしょ。今、追手に無理矢理ケツ掘らせた?」
「うぶぇぇええッ!!」
「リコ、吐くならボクの方見ないで」
コンテナの扉が音を立てて割れると、外界の惨状を晒す。
頑丈な扉は、夜が迫る公道で火花を散らして転げ落ちた。
見れば先頭を走る追手車両の被害は甚大だ。
激突でフロントは砕け散り、蛇行運転しながら群衆の車影に消えていく。
「ふん! さぁ急ぐわよ」
「育て方間違えたかな……」
学ランを着た子がポツっと呟く。彼女が前もって聞いたツクモだろう。
パーカーを羽織り、髪で目が隠れた女の子がリコか。
二人も俺が見ている事に気づき、誰だお前はという顔をしている。
「俺はハジメ。キィさんから雇われて、貴方達を安全圏まで逃がします」
「貴方は……」
「すみませんが話は後で。追手が来た!」
後方の十字路から、一台の軽トラックが飛び出す!
現われた次の追手は、一般車両ではなかった。
追加された装甲板。荷台にマウントされた二体のARMS装甲服。
ゴツゴツしたフロントには、突撃用の衝角まで設置されている。
それを見た俺達、いや公道のドライバー達が口を開けて呆けた。
「テクニカルをTOKYOで走らせるバカがいるかよ!?」
「な、何ですかあれ!」
「テクニカル。小型貨物自動車の荷台を改造し、重火器を設置した違法改造車」
紛争地域で活躍中の戦闘車両に、公道は大パニックだ。
恐竜と追いかけっこするよりもスリリングである。
俺は白目を向き、リコちゃんは泡を吹き、ツクモちゃんは冷静にぼやく。
だが奴らも予定通りではないのか、テクニカルでは兵隊同士が怒鳴りあっている。
口の動きから読み取るに……。
「まだARMS出撃の許可が出てない。行けるぞ!」
俺の朗報に三人娘が銘々に喜びを露わにする。
束の間。運転席から悲鳴じみた怒声が聞こえた。
「あぁこんな時に。渋滞が起きてる!?」
俺がぎょっとして振り返ると、運転席からの光景が見えた。
事故でも起きたのか、七色のカーランプが生み出す渋滞が作られている。
トラックはアクセル全開だ。引き裂く悲鳴にも似たブレーキ音が響く!
「うっ、いっあぁっ!?」
「捕まって、二人ともっ!」
運転席はともかく、コンテナ組には致命的だ。壁に叩きつけられてしまう。
俺は彼女達を守る為、両腕で抱き抱えると押し倒す!
「ボクはいらな……むんぎゅっ!?」
片腕のないツクモさんは思ったよりも重い。直後、衝撃が走る。
俺の両手は彼女達の頭を守り、床にぶつけない様にした……大丈夫かっ!?
だが流石に一度目のブレーキほどの衝撃はない、トラックは無事に速度を落とす。
「……いっつつ」
「あ、あの。大丈夫ですか?」
揺れが収まると、リコちゃんの顔が吐息がかかる距離にあった。
目が見えない長髪の切れ目から、綺麗な緑目が俺を心配げに見ている。
少女達の甘い汗が鼻孔をくすぐり、肌は綿の様に柔らかい。
俺が顔を反らして大丈夫だと口を開くと、運転席から咎められる。
「早く起きて!! 渋滞はなくなったけど、奴らが来るわ!!」
「車両を捨てる事を推奨。ARMSが無くても現役兵士には勝てない」
キィちゃんが意見を聞いて、ベルトに手をかけるが待ったをかける。
俺は二人を抱き抱えて、懐から携帯を取り出す。
既に追いかけっこは、五分が経過していた。
「あぁいや大丈夫だ。予定外だったけど、上手くいってる」
トラックは前進を始めるが、相手はトップスピードで近づいてくる。
キィちゃんは暢気な俺に振り返って、大声で叫んだ。
「悠長な事言って、計画のポイントにはまだ遠いのよっ!?」
だが後方からバスンっ! と圧力が開放された音が耳を打った。
その音を発したのは追手のテクニカルだ。パンクか? いいや違う。
背後のテクニカルの側面部から、茶黒い粘液が噴き出して道路を染めている!
「やっとくもんだね、仕込みが上手くいった」
テクニカルの速度が一旦下がる。すぐに元に戻るだろうが危機は脱した。
徐々に緑を増す町並みが通り過ぎる中、ツクモちゃんが俺を見あげて呟く。
「質問。ガソリンキャップ?」
「ご明察。港で奴らの車があったから、ガソリンキャップを外しておいた」
俺達とテクニカルのカーチェイスが再開される。
キィちゃんは喜んで膝を叩き、リコちゃんは膝から崩れ落ちた。
だが背後から迫る殺意の気配は弱まらない。
「まだ諦めてませんよっ!?」
リコちゃんが弱音を吐き、運転席への壁を叩き出す。
テクニカルは燃料を撒きながら、自爆特攻じみた速度で突っ込んでくる!
「まぁキャップ外しただけだから。燃料が凄く減るだけなんだよな」
「えぇぇ! ぶつかってくる気じゃないですか!?」
「もうっ、次やる時は車両を壊して来てよね!」
そうしたいが奴らの背後には忍者がいる。奴らに泣きつかれたら終わりだ。
ソレを抑えるには、キャップを空けて寸前まで妨害を隠す必要があった。
だからこそ奴らも、取れる手は限られている。
燃料が切れる前に俺達を確保するか、ARMSを起動するかだ。
だが奴らが突っ込んで来たならば、まだ起動許可は出ていない筈。
「全員ショック姿勢取って!! かっ飛ばすわよぉ!!」
間の抜けたクラクションが、連続で何度も打ち鳴らされる。
どこのバカな暴走族かと思いきや、残念。我らのトラックだ。
だが速度を上げようが所詮はトラック。テクニカルはぐんぐん距離を詰めてきた。
「あぁぁああ”!?」
俺が背後の車両を睨んでいると、背後でリコちゃんが叫ぶ。
彼女は運転席が見える窓に身を乗り出し、ガラスを叩いていた。
イカれたか?と思ったが違う。いや違わない。彼女は前髪を揺らして半狂乱だ。
「前っ! 前ぇ、スピード落としてぇ!?」
何だ何だと思えば、その窓に見えるのは……ビル街の突き当たりだ!!
地球には慣性の法則がある。超常現象でもないと無視出来ない。
つまり高速で走る車は大きく曲がる必要があり、速度がある程距離は必要となる。
「行っくわよぉお。HUOOッ!!」
キィちゃんがハイな口調になって、更にアクセルを吹かす。
信号は赤だが、周囲の車は絶叫する様にクラクションを鳴らして脇道に止まる。
直線側の車は良い。だが突き当たりの直線車両達は違う。彼らは何も知らないっ!
「あーらよっとぉ!」
俺はその時、キィちゃんに策でもあるんだと思った。
少なくとも俺の家を訪れた、彼女は理性的な子だった。
だが違かった。彼女にあるのは今だけだから……。
横断する車をクッションにぶつかり、ドリフトする無茶を平気で行う!
「キィっ、キィッ! ボクは安全運転って言ったよね!?」
「いっやぁぁああっ!!」
「二人とも頭下げろぉ。コンテナから落ちるぞ!」
絶叫と文句が飛び。俺は彼女達のクッションになって壁に激突する。
周囲の車の破裂じみた衝突音と衝撃が、コンテナを何度も揺らし宙を舞う。
三度息を吐く間に、コンテナがボコボコに凹んで収まった。
「はぁ、はぁはぁ。無茶し過ぎだろぉ」
「生きてる。リコ、リコ生きてる?」
俺達三人は床に突っ伏しながら……背後の惨状に視線を逸らす。
轟々と黒煙を放つテクニカルに、一般車が次々ぶつかる。
大震災でも見ない首都の大事故が、俺達の手で作られていた。
だが追手の足は潰れ、脱出が叶った筈だ。
「えっとぉ、助かっちゃった?」
リコちゃんがポツリと呟き、喜んで顔をあげた。
彼女の顔があどけなく綻ぶ瞬間がスローに感じる中、異常を察知する。
後方の事故地帯より、黒点がビルよりも高く飛び上がった。
黒点は楕円に飛ぶ猛禽類が如く、俺達に迫ってくる!
「……ッ! 飛べぇえええっ!!」
次の瞬間、爆発炎上したバスと同じ衝撃が襲った。
◇ ◇ ◇ 二〇五二年 六月 二五日 午後五時 四八分
夕暮れ空が黒く染まり、徐々に冷え出すTOKYOの郊外。
不自然に人通りの少ない公道で、トラックが横転していた。
事故現場には、炎が赤い舌をチロチロ出して地面を舐めている。
故に漂うのは、アスファルトを焦がして立ち昇るオイルの匂い。
そんな地獄を闊歩する、二つの影があった。
「アームズ2。ご苦労だったが、派手にやり過ぎじゃないか?」
「言いっこなしですよ。奴らはデキる奴らでした、本気でやらなきゃ」
地獄を生み出した二つの影は、不格好なシルエットをしていた。
ロボット玩具に人形の頭部を付けた形だ。
彼らはトラックを追跡中、テクニカルが事故を起こすと同時にARMSを起動。
音速超過の脚力でトラックに先回りして、正面から受け止めたのだ。
「現刻から生き残りを三分で捕獲する。お前は周囲を探れ」
「了解。へへっ、全員おっ死んでねぇと良いけど」
隊長は軽口を無視して、轟々と燃え盛る火達磨に近づく。
車両はARMSと正面衝突し、その防御性能に為す術なく横転炎上していた。
隊長が近づく度にオイルの匂いが鼻を刺し、炎が頬を撫でて燻す。
彼はひしゃげた車体のフレームを、水飴みたいにねじ曲げて現場を漁る。
暫くして後方からアームズ2の楽しげな声がした。
「隊長っ! 例の新顔見つけましたよ。息もあります」
「他の女共は皆殺しだ。ソイツは運が良い、いや運が悪いか」
体長が振り返ると、アームズ2が煤だらけの男を宙吊りにしている。
宙吊りにしている鋼鉄の掌は、人間大なら握り潰せるだろう。
隊長は男の満身創痍さに、自らの末路を幻視して震えた。
アームズ2は隊長機の様子に気付く事もなく、疑問を口にした。
「それにしても、コイツは雇われですかね。どうしました?」
「いいや、何でもない」
隊長が呆けていると、アームズ2が訝しげな目をする。
堅物な彼は部下の視線に気づくと、咳払いをして作業を再開した。
彼らは任務上、女達を死体でも捕まえる必要がある。
だが後は事後処理だ。現場の雰囲気は緩んで口数も増えていく。
「奴らにバックアップは居ない。ソイツは近場の何でも屋だろう」
「おおう。俺も雇われる相手は選ばねぇとな」
隊長機は軽口には返さず、燃え盛る車両を訝しげに睨む。
彼は火達磨の車体を、鋼鉄の掌でさすって沈火した。
火達磨で影法師しか見えなかった車体が露わになり、そこには……。
「タンクローリーだ、と?」
目的のトラックとは別。見知らぬ特殊車両が横転炎上していた。
アームズ2の攻撃をこの偽の車両で受け止め、死んだフリをしたのだ。
隊長機には覚えがあった。否、この国の人間なら誰でも知ってる!
「変わり身の術!?」
隊長が鋭く指令をマイク越しに発するが、間に合わない。
彼が振り返った瞬間。アームズ2の首だけが地面にズリ落ちる。
隊長は鋼鉄の掌から解放された、Yシャツ姿の男を見て固唾を呑んだ。
その冷たい瞳を見た時、思い出してしまう。
「貴様はっ!?」
世界は忍者に支配されているのだと。
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