第8話


 ◇ ◇ ◇ 二〇五二年 六月 二五日 午後五時 三三分


 東京湾でも人気がない倉庫街。そんな場所に鋼鉄製のコンテナが置かれていた。

 中は天井の格子から差す薄明かり以外、密閉されてオイルの匂いが充満している。

 他にも定期的に鈍く反響音を発しては、女のすすり泣きを発していた。

 発信源は毛布に包まり、壁に背を預ける二人の少女だ。

「ぅぅ……うぅ」

「リコ、泣いていても仕方ない。ボク達は体力を残すべき」

 リコと呼ばれたのは、小柄な高校生位の少女だ。

 パーカーを羽織り、黒髪おさげを目元まで伸ばした彼女は弱音を漏らす。

「だってぇ。こんな事になるなんて。ツクモは怖くないの?」

 ツクモと呼ばれたのは、大学生だろう男装の麗人だ。

 学ランを着た細躯な彼女は、銀髪ポニーテールを揺らし不快な表情を浮かべる。

 二人の印象は対照的で、前者はもふもふした犬。後者は鋭利な鉱物的印象だった。

「怖くない。敢えて言うなら、キィが助けに来ないか怖い」

「えぇっ! 助けに来てくれないと、リコ達死んじゃうよぉ!?」

「ボクはキィの護衛だから、生き残ってくれれば良い。まぁボクが動ければ……」

 二人の目線はツクモが被る毛布の右肩の空間を彷徨う。

 ある筈の肩と腕がなく、毛布はぺったりとツクモの胴体に張り付いていた。

 ツクモは忌々しそうに睨み、逆にリコは痛々しい表情を浮かべる。

「痛くないの?」

「痛いけどボクは痛みを無視出来るから、大丈夫」

 あくまで心配するリコと、つっけんどんなツクモ。

 互いに話が通じないと思ったのか、少女達は薄い毛布に顔を埋める。

 互いに無言を貫くが、それも一時間が限度だった。

 何か話してないと、最悪の未来ばかり浮かぶ。

「どうなるんだろう。監禁してるなら、殺されたりしないよね?」

「誘拐犯次第。犯人はARMSないし提携組織だ。ボクらはキィを釣る餌だと思う」

「……キィが来なかったら?」

「見せしめの為に派手に解体される」

 ツクモが淡々と話す未来予想図に、リコは喉から奇声を発する。

 だがその未来予想図は間違っていない。

 何故ならコンテナは歓待には移住環境が悪く、食料や水分も少な過ぎる。

 監禁犯が彼女達を使い捨てにするのは間違いない。

 リコは最悪の未来を想像したのか、涙を溜めて震え出した。

「リ、リコは死にたくないですっ!」

「人間は感情のコントロールが出来ないから不便。腹をくくるべき……時間みたい」

 ツクモが鋭い視線を、閉ざされた入口に向ける。

 外から何人かの足音が、コンテナ内に反響した。

 リコは恐怖に表情を歪め、入口から少しでも離れるが逃げ場所はない。

 無情にも扉は開き、数時間ぶりの陽光に二人は眩しげに目を細めた。

「おぉーおぉ。居た居た」

 現れたのは二人を捕まえた、不格好な装甲服を纏う目つきの悪い男だ。

 男は七三分けから覗く三白眼で少女達を眺める、無遠慮にコンテナに押し入る。

「動くなよぉ。女殴るのは良いが、人間の腕をもぐのは苦手なんだ」

「ぴぃっ!?」

 脅しではない。男は世間話程度の気軽さで物騒な事を吐く。

 リコは涙を流し、頭を抱えて丸くなって震える。

 男はそんなリコの腕を掴み、次に隻腕のツクモを掴む。

 乱暴に捕まれたツクモだが、首を傾げて男を見あげる。

「質問。人間の腕もぐのが得意な人間は、戦闘部隊に行かないのでは?」

「そりゃそうだが、アンタの腕をもいだ隊長殿は上手いだろ?」

 男とツクモは場末の酒場で管を巻く程度の軽口を叩き合う。

 対してリコは泣き叫んでもがくが、抵抗空しく外に放り出された。

 念願叶って脱出したリコだが、外の様子を見てうなだれる。

 外には幾人もの武装兵士と、自分達を捕まえた装甲服の男がもう一人居たからだ。

「アームズ2、無駄口を叩くな。任務に集中しろ」

「へいへい、隊長殿。命令りょーかいであります」

 外は夕暮れに染まり、港の潮が匂ってくる。

 隊長と呼ばれた男は、周囲を鋭い目線で見渡していた。

 対して部下だろう男は、何処吹く風で倉庫から出る。

 互いの不器用さと軽薄さを理解してるのか、男達にそれ以上のやり取りはない。

 外は兵士以外に人影もなく、ツクモは引きずられながら無表情で呟く。

「質問。ボク達はこれからどうなる?」

「俺みたいな下っ端が知るかよ。予定時刻に予定場場所で引き渡すだけだ」

 アームズ2が少女を引きずりながら言うと、ツクモは得心した表情を浮かべた。

 リコは二人のやりとりを聞いて、ツクモを黙らせようとするが一手遅い。

「そう。立派な歯車だな」

 ツクモのけろっとした言葉に、アームズ2は勢いよく振り返った。

 リコは大慌てでツクモを止める。だが彼女は何も気にしていない。

「ツクモさんッ!? 挑発しないでっ!!」

「別にけなしてない。褒めている」

 アームズ2が先程より乱暴に少女達を引きずると、リコが悲鳴をあげる。

 二人は倉庫の外に停められた、トラック車両へ連れて行かれた。

 トラックの荷台にはコンテナが積まれ、見た目は先程までより新しい。

 三人がトラックに近づくと、内部からコンテナが開き黒服の男が現われる。

「お疲れ様。問題は?」

「大した事ねーよ。引き継ぎもさっさとしようぜ」

 少女達はコンテナに放り込まれ、コンテナのベルトに固定される。

 用途は二人を逃がさない為だろう。まるでベビーシートだ。

 扉が閉まる。コンテナは無明の暗闇ではなく、運転席から灯りが漏れていた。

 少女達は横に並べられ、コンテナに誰も居ない事を確認すると顔を見合わせた。

「ど、どうするの。まだ鍵、閉まってないよ?」

「落ち着いて。ボク達が外に逃げても、ARMSが居る限り逃げられない」

「じゃぁ、どうするのっ!?」

「もし逃げるなら街に入ってから……待って、声が聞こえる」

 聞こえたのは外で怒鳴り合う、男達の声だった。

 コンテナ越しに声が聞こえるのは、小指程の穴から漏れているからだろう。

 リコは怒鳴り合いを聞いて、誰かが助けに来たのかと目に希望を宿す。

 彼女は身体を捻って、穴を覗き込むがすぐに俯く。

 怒鳴り合っていたのは、トラックに載っていた黒服とアームズ2だ。

「出発予定時刻まで三十分はあんぞ!? 上に確認するまで待てっ!」

「アンタらが勝手にやれよ。今すぐ連れて来いってドヤされてるんだ」

「俺達はアンタらから言われて、浚ってきたんだぜっ!?」

 男達の言い分は大雑把に二つ。

 「今すぐ出るから準備しろ」「後三十分待て」

 「この子達の荷物は黒服が回収する」「それは別の輸送車で送る予定だ」

 二人が言い合っていると、トラックの運転手が黒服に合図を送る。

 アームズ2が口を開く瞬間、黒服の男がアームズ2を睨んだ。

「俺達は先に行く。アンタらは予定通りに行動しろ」

 気性が荒いアームズ2は舌打ちをして、黒服の肩を掴もうと……。

 黒服の男と目が合うと、突然ビクンと全身を震わせた。

「……分かった。予定通りに動く」

 アームズ2は素直に頷くと、フラフラと倉庫へと戻る。

 黒服はその背中を見届け足下のズタ袋を担ぐと、コンテナに乗り込んだ。

「あ、あの?」

 リコが黒服に話しかけるが、男は一瞥もせずコンテナの壁を叩く。

 壁越しに居るだろう運転手に「出してくれ」と命じると車全体が揺れた。

 外から騒ぎ声が聞こえるが黒服達は気にしない。

 リコは男を見あげて、控えめ且つ丁寧に声をかけた。

「私達、どうなるんでしょうか?」

「ん? 俺は分からないよ。只の雇われだから」

 リコはですよねと俯くが、男は運転席へ壁越しにノックする。

 だが反応がない。良く聞けば運転席から、無線の怒鳴り声がした。

 怒鳴り声はノイズ混じりだが、アームズ2に部長と呼ばれた男のモノだ。

『おいっ、予定進路はどうした。何が起きてるか説明しろっ!』

 運転手は何も返さず、無言で無線を引き千切る。

 衣擦れの音が聞こえ、運転手が黒い目出し帽を外に放り出した。

「ごめんなさいね。五月蠅い犬の声で聞こえなくて」

 運転手が先程のノックへの返答を返す。

 凜とした品のある女性の声に、二人の少女は運転手に振り返る。

「いいや、構わないよ。それよりこの子達がどうなるかだって」

 黒服の男も目出し帽を脱ぐと、そのまま防弾チョッキを外す。

 露わになった素顔は、兵士には見えないサラリーマン風だ。

「そうねぇ。まずはお風呂でも入りに行きましょう?」

「ぁ……っ」

 運転席の窓から顔を出したのは、二人の主にして友人。

「キィッ!?」

 キィと呼ばれる金髪を後ろに流した美しい少女だった。

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