第7話


 ◇ ◇ ◇ 二〇五二年 六月 二五日 午後五時 一八分


「悪いね、マスオさん。定時なのに無理言って」

「……まぁな」

 自宅を出た後、一人で探偵事務所にトンボ帰りした。

 普段の俺達は、情報の売買をする下請けと元請けの関係だけ。

 だが今日は客としてソファに座り、テーブル越しにマスオさんと相対している。

 情報屋である彼から、敵の情報を買う為だ。

「事務員の子も帰らせてくれて助かったよ」

「カタギだから巻き込めないだろ。ほらよ、この動画だ」

 マスオさんが差し出した携帯には、動画ファイルが映っていた。

 新宿歌舞伎町だろうネオン街の裏路地で、昼間のせいか人は少ない。

 動画も監視カメラの様で画質は悪く、路地を見下ろす形で三人の少女が映っている。 

 しかも動画は二秒しかない。他に動画がある訳でもなさそうだ。

 俺が画面を覗いていると、マスオさんが突然頭を下げて拝みだした。

「『アレ』関連だから、これしか調べられなかった。ごめんっ!」

「いやいや。こんな短時間で調べて来るなんて、流石マスオさんだよ」

 動画の開始ボタンを押すと、画面が動き出す。

 少女達が若者らしくはしゃいでいる元へ、瞬間移動の如く現れる装甲服の男達。

 男が動くだけで旋風が奔り、裏路地は打ち砕かれ……動画が終わる。

 だが終わる間際、若者の一人は逃げだし、二人が捕まっていた。

「これが俺が欲しかった情報だよ。これだけあれば十分」

「良かったぁ。オマケで路地裏の地図を焼いといたから持って行って」

「ありがとう。その前に動画をもう一回見せてくれ」

 もう一度動画を見るが……成程。

 逃げ出せた子がキィちゃんで、捕まったのが仲間で間違いない。

 装甲服を纏う男達にも見覚えがある。バスを襲った奴らだ。

「というかマスオさん、良くこんな情報を見つけてきたね」

「警察の無線を傍受した奴が居てよ。その時刻から割り出した」

 何処でそんなコネを作ったのか。俺は不躾な質問を冷たい飲料水で飲み込む。

 俺はマスオ探偵事務所のぬるい空気が好きだから、彼に嫌われたくない。

 携帯を返すと、俺は報酬に話題を逸らした。

 彼も察して、軽口を叩いてノってくれる。

「情報には情報を返すで良いのかい? クライアントは金でも良いって……」

「情報は水物だが、漬物にできる。金は使えば消えちまうから、情報が良いの」

 「というか」とマスオさんが札束を指さして、嫌そうな顔をする。

 俺は思わずきょとんとした。彼が何を嫌がってるのか分からない。

 彼はそんな俺にカチンと来たのか、眉間に皺を寄せて怒鳴った。

「ハジメちゃんの言うお嬢様。何でこんな金を用意できるんだよ!?」

「凄いお嬢様なんじゃない?」

 俺が呑気に言い返すと、マスオさんはプルプル震えて煙草を咥えた。

 彼が煙草の紫煙を吐き出すと、俺は煙を手で扇いだ。

 正直カタギには重い情報だと思うが、約束は約束である。

 俺の前歴を知っているマスオさんが、知りたがってるなら良いだろう。

「俺が調べた所、この装甲服は元々警察の裏組織のモノだったけど……」

「『元は?』『けど?』。ハジメちゃんにしては、歯切れが悪いな」

「今回動いてる奴らは警察組織じゃない。民間企業だ」

 マスオさんが口を開けて、呆けた声を出す。

 そうなるよな。国家の軍事装備を裏社会とはいえ、民間企業に流す筈がない。

 バス爆発事故まで起こすならば、それこそARMSが黙っちゃいないだろう。

 マスオさんは煙草を握りながら、当然の疑問を口にする。

「この装甲服がARMSだとして、下部組織相手でも横流しするかぁ?」

 マスオさんは腕を組んで髪の毛をかきわけると、答えに窮して俺をチラ見した。

 俺はニヤリと笑うと、第一のヒントを出す。

「惜しい。下部組織じゃなくて、公安と提携を結んだ会社だよ」

「掴めてきたぜ。民間企業って事を考えれば……」

 やっぱりマスオさんは頭が良い。

 裏社会で起きた犯行動画を、数分で見つけたのは伊達じゃないな。

 だけど有能さの所為で、彼の顔から血の気が引いていく。

「二人を浚ったのは、民間企業ブラックゴートカンパニー。公安組織の天下り先だ」

「あの黒羊のCMで有名な大企業……か」

 公安調査庁は日本を裏から守る為、忍者を保有する護国組織の一つだ。

 彼らが引退した後、天下り先に技術提供するのは自然な話だろう。

 そして黒羊社は、公安の天下り先として有名である。

 つまり俺が戦うのは古巣の関係者……忍者が居るかもしれない。

「ハジメちゃん、この仕事はヤベーよ。お互いに忘れた方が良い」

「ははっ、そうだね。忘れちまおう!」

 俺はマスオさんに軽く笑いかけ、彼が関わらぬ様に釘を刺した。

 彼は頷くだろうと思っていたが、思わぬ事に彼はぎょっと目を見開く。

 金魚みたいに口をパクパクした後、俺の顔をマジマジと覗いている。

 まるで化物でも見てしまったかの様に。

「お前。本当にあのハジメちゃんか?」

「急になんだよ。いつも通りだろ?」

「ぁっ、いや。そうなんだけど……怖い顔で笑うんだもん」

 何だよソレ。俺は笑ってソファから立ち上がる。

 程よい反発もあって、だらけるには良いソファだ。

 だがこれ以上ダラけて居たら、俺はダメになってしまう。

 人生を取り戻す為には、偶に遊びに来る位が丁度良い。

「マスオさん、今夜は冷えるから。外に出る時は気をつけなよ」

 俺は探偵事務所の扉を開けて、背後を振り返った。

 床を見つめるマスオさんが、窓から注ぐ夕日に照らされて赤く染まる。

 対して俺は夕日の届かぬ、事務所の廊下へと歩を進めた。

「無茶な事はしちゃダメだぜ、ハジメちゃんの葬式代なんて出せないからな」


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