第5話


 ◇ ◇ ◇ 二〇五二年 六月 二五日 午後四時 五九分


 アパレル会社の廃ビル。壁紙は破れ、天井には穴が空いていた。

 床には埃やガラスが散乱して、信じられない程に荒廃している。

 俺はそんな場所で息を潜め、割れた窓から外を眺めていた。

「うっはぁ! 酷いな、こりゃぁ」

 外ではオイルの匂いが紅蓮で燻されて、煙が曇天に昇っていく。

 大本は横転、炎上爆発を起こした公共バスだ。

「間に合わなかったら、死亡届出されてたなぁ」

 横転しながら、窓から身を乗り出さなければ。身が凍る思いだ。

 だが何も終わってない事は、明白である。

「……っ!」

「っ、っ!!……!!」

 炎上するバス、吹き上がる黒煙。その前で装甲服の男達が揉めている。

 彼らのシルエットを一言で現わせば、出来の悪いフィギュアだろう。

 箱状の装甲を繋いだ角々しいフォルムで、身長は三メートル超え。

 頭は剥き出しで、コラ画像じみたシュールな姿をしていた。

「形が変わってるけど、公安の忍殺部隊ARMSじゃないか」

 俺は元公安調査庁の裏部署である。公安保有の秘密部隊にも詳しい。

 彼らは国で起きた忍者事件に関わる部隊だ。

「んぁ、うぅ」

 雇われ時代とは風貌が違う彼らを監視していると、背後で呻き声が聞こえる。

 振り返ると、俺が救助した金髪の少女が気絶から目を覚ましていた。

「あぁ、起きたかい?」

 彼女の背中には、ガラスが突き刺さっている。

 下手に身動きをすれば体を傷つけてしまう。

「ぁっ!? アイツら、っぅぅ」

「起きないでくれ。薬の手持ちがないから、治療も出来ないんだ」

 忠告は無視され、少女は暗がりの廃墟で体を起こす。

 酷い衝撃に襲われ、相当なショックだろうに凄い精神力だ。

 少女は俺を押し退けると、錯乱して騒ぎ出した。

「アイツらは、バスが? ココはどこなのっ! 何が起きてっ!?」

「しぃぃ、静かにっ! バレないとは思うけど、万が一があるって!」

 俺は少女を宥め、動き出すのを体を張って止める。

 彼女が放つ甘い血の匂いと、廃墟に漂う匂いの摩擦で悪酔いしそうだ。

 格闘の末に少女が落ち着いた理由は、体力の限界だった。

「はぁ、はぁ。そ、そうね。他の人は?」

「残念だけど、どうにもならなかった」

 少女は悔やんだ表情で俯く。

 俺は勘が鋭くはないが、その様子から察した。

 AMRS達がバスを横転させたのは、彼女に関係しているのだろう。

 少なくとも裏の……忍者はともかく、秘密警察については知ってる様子だ。

「ありがとう。アタシは逃げるから」

 少女は顔をあげると、傷だらけの体で立ち上がる。

 俺は驚いて、思わず引き留めた。

「君もまだここに居た方が良い。外に出るより安全だろ」

 彼女がAMRSと関係があるならば、バスの横転と同じ事が起きる。

 だが俺の心配は、彼女の強い眼光で押し返された。

「ごめんなさい、そうも言ってられないの。アイツらにバレる前に行かなきゃ」

 彼女は立ち上がると、俺が覗いていた窓から外を見渡す。

 外には野次馬が集まっており、装甲服の男達は消えていた。

 彼女は息を呑むと俺に振り返る。次に事件現場を見て、最後に俺を二度見する。

 国のエリート部隊。AMRSが感づかなかった事が信じられないのだろう。

「俺も昔は裏の関係者でね、ARMSの事は知ってる。信じてくれ」

「貴方。一般人じゃないの?」

 嘗ては裏稼業で、今は戸籍がない住所不定無職だ。

 犯罪行為も久しくやっておらず、デバガメ記者と変わらない。

 端的に事情を彼女に伝える事にした。

「なれない理由があるんだよ。なりたいと思ってないけどね」

 彼女は複雑そうな表情を浮かべて考え込む。

 唇を開けて閉じてを繰り返す事から、言いづらいのだろう。

 だが俺には渡りに船だ。現状が聞けるなら逃がすつもりはない。

「俺も巻き込まれたんだ。話を聞かせて貰えないか?」

「……事故の責任を、アタシの所為にするつもり?」

 まさかの責任問題への発展に、元契約社員の心臓が飛び出すかと思った。

 責任追及は契約社員終了の合図だ。公安時代に味わった恐怖は忘れられない。

 俺はキョドりながら、彼女へ必死に言い訳をする。

「ぇえっ!? いやそんなつもりはっ!」

「嘘よ。場所を変えて話しましょ? 治療もしたいの」

 彼女がフードを下ろして、風貌を露わにした。

 ツンと尖った鼻先に、芯の強そうな目はそのままに……。

 気品のある顔立ちは汚れた服とはそぐわず、まるでどこかのお嬢様だ。

「友達からはキィって呼ばれてるわ。よろしくね、雑貨さん?」

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