第4話


 ◇ ◇ ◇ 二〇五二年 六月 二五日 午後四時 五六分


 TOKYO歌舞伎町から外れた寂れたビル街に、地獄が広がっていた。

 大型バスの横転事故だ。

 現場である公道は、黒煙が噴きあがり火の海と化している。

 通りに並ぶ廃墟のガラスも、一枚残さず割れ爆発の規模が窺えた。

 他にも砕けた車両部品やら、黒焦げ死体が転がっている。

 肝心の車両に至っては、炎の勢いが収らず近づく事さえ叶わない。

 そんな地獄の中心。ひしゃげたバスのフロントで動く影。

 影は人間二人分の巨体でありながら、シルエットは人間じみていた。

 その上、生物なら本能的に避けるだろう炎の中でバスを押している。

 しかも十数トンの重量物である、大型バスが音を立てて動きだした。

「アームズ2。何を遊んでる、さっさと抜け出せ」

 影は頭の硬そうな中年男性の声で、バスに向かって語彙を強める。

 帰って来ない筈の返答は、ありえない場所から帰ってきた。

「へへ隊長。俺が死んだと驚いたかい?」

 炎上するバスより、影と同じシルエットの男が立ち上がる。

 男は無骨な装甲を組んだ装甲服を纏い、剥き出しの顔は不敵に笑っていた。

 隊長と呼ばれた男は、バスから手を離すと呆れた顔で吐き捨てる。

「馬鹿言え。ARMSスーツがバスに衝突した程度で傷つくか」

 男達は炎上中の事故現場で涼しい顔をしているが、異常は他にもあった。

 アームズ2の足首から下が埋まり、道路が蜘蛛の巣状に罅割れている。

「戦果を報告しろ。標的の死体はどうなった?」

 アームズ2が目を逸らすと、隊長が舌打ちを弾く。

 二人は周囲を見渡して、地面に転がる死体を見つめた。

「お前が調子に乗って、音速超過で突っ込むからだぞ」

「いやいや、一度逃がした標的をまた逃がせねぇって」

 隊長はアームズ2が起こした命令違反を咎める。

 つまり男達が起こしたバスの爆発事件についてだ。

 音速超過で街を駆け巡り、バスを追い抜いて仁王立ち。粉砕。

 一般人を巻き込んだ人災が、一人の少女を殺す為だと誰が分かるだろうか。

「オペレーターも気にしてないし、帰って始末書書けば良いんでしょ?」

「忍者でもあるまいし、目標も死んだか。現刻で作戦行動を終了する」

 装甲服の男達は力むと、黒煙を吹き飛ばして姿を消した。

 音速超過の脚力が衝撃波を生み、地面を踏む度にクレーターを作る。

 魔神が如き力は、装甲服が生み出す爆発的な怪力だ。

 だがアームズ2の言葉は、誰も居ない事故現場で空しげに散った。

「ここまでして忍者に勝てないんだから、やってられねぇぜ」

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