第09話 座敷牢の長姉

 長らく家族から秘密にされていた話だが、私の祖父の育った家には座敷牢ざしきろうがあったという。どうやら、そこに祖父の実の長姉ちょうしが幽閉されていたそうなのである。彼女は二十歳を超えたころに精神を病み、以来死ぬまでそこに閉じ込められていた。精神病者への人権意識が極端に低かった時代、それも東北の奥地でのできごとである。


 私の一族は今となっては衰退して久しいが、かつて名家であった。郷土資料をひもとけば、曽祖父そうそふ――つまり祖父の祖父――に当たる人は地域の要人録にその名がおさめられている。その由来を江戸時代までさかのぼるくらいの由緒ある家柄であった。


 長く続く一族というのは得てして、負の側面を抱えているものである。うちも例外ではない。祖母などは祖父のもとに嫁ぐときに、ある親戚から「あの鬼どものところに行くのか」と冷たい言葉を向けられたという。一族の中には「末代まで祟ってやる」と言われた人物がといると語り草になっている。


 由緒ある一族は、精神を病んだ長姉の存在を許すことができなかった。それゆえ幽閉となったのだ。病院にも通わせず、周囲からもその存在を隠匿してしまう所業は恐ろしいものである。やはり鬼の血族だったのだろうか。


 祖父の長姉の暮らしについて、詳しい話は伝わってこない。いかに病んだか、心理学的に考えてどのような症状だったか興味は尽きないが、その辺も不明である。


 暮らしぶりは分からないが、長姉がどのような来歴の人物であったかはいくつか伝わっている。長姉は当時女性には珍しく、学問をおさめたひとらしかった。銀行に就職口を見つけ、真面目に働いていたようだが、いつしか精神を病んでしまったというのだ。


 長姉を反面教師として、我が一族には学識をおさめることへの偏見が広がったようだ。祖父は大学・高校に進むことを拒否し、軍隊へ志願した。帰ってきた後も、読書全般を「人の書いたものに意味はない」と毛嫌いしていたという。その弟にあたる人も酒や狩猟や女遊びにふけっていた。その兄は理由も言わず先祖代々の土地を売り払い、遠隔地に姿を消した。我が家にも読書はくだらないという風潮は残っている。過去の木霊こだまが現代まで響いているかのようである。


 我が一族に伝わる暗部――折に触れてこのことを思い出す。長姉なる人への思いを巡らせる。彼女の精神状態がどうだったかは分からないが、満たされていたことを願う。座敷牢のなかは冷たい土の床などではなく、畳が敷かれ、棚が置かれ、そこには本が並んでいたに違いない。長姉はそこで本を読む。飽きるまで。そして死ぬまで。


 ――そうだったと願いたい。身の毛もよだつような扱いをされていたのではと思うと夜も眠れなくなってしまうから。

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