第10話 蟻の悪夢

※昆虫にまつわる話になります。苦手な方は避けてください。






 大学時代のある夏、住んでいたアパートの部屋で蟻が大量発生した。


 正午に目覚めてみれば、フローリングの床には蟻が一匹、二匹。そのくらいであれば珍しくもない。何せボロアパートでカマドウマに侵入されたこともある。


 だが十匹、二十匹となると話は違う。


 ーーなんだこれ?


 テーブルの上、冷蔵庫の前、キッチン前の食料品置き場。十、二十どころではない。無数の蟻が六本の脚をうごめかしてチョロチョロと六畳間の部屋中を闊歩しているではないか。


 流石に悲鳴が出た。ローテーブルの下に敷いた絨毯の編み目にもいる。


 特別不潔にしていた訳ではないし、蟻の好むような菓子か果実かを腐らせておいた訳でもない。先述の通り古いアパートだったから建物の隙間から侵入されたのだろう。


 ホームセンターかスーパーに対策グッズを買いに行かなくては。床に投げおいたスウェットのパーカーを手に取った時も、そこに蟻がくっついていて心が折れそうになった。


『アリの巣コロリ』という商品、これが効果てきめんだった。午前中に六つも仕掛けて、夜に避難先の図書館から戻ってくる頃には蟻はすっかり姿を消していたので、僕は胸をなで下ろした。


 この蟻の一件がよほどトラウマだったのだろう。その夜には夢を見た。


 窓から日の差す部屋。窓のそばに立って、ローテーブルの上の使い終わったティーカップと瀬戸物のプレートを見ている。


 食べ残しの目玉焼きとトマトの切れ端が真っ黒く染まっている。腐ったのではない。よく見ると満遍なく蟻がたかっているのだった。


 ティーカップを満たしているのはお茶ではなく、蟻。そこから蟻が泉のように湧き出ていた。ごぼごぼごぼごぼ。水があふれ出るように、大量の蟻が生まれ出ていた。


 恐怖と吐き気に見舞われた。僕は部屋の外へと逃げようとしたが、床にも蟻、蟻、蟻。まるで黒い川を描くようにおびただしい蟻がいた。僕は窓際に追い詰められた。


 見る間に蟻は足に登ってくる。ジーンズの足が無数の蟻によって黒く変色していく。僕は悲鳴をあげ、そこで夢は終わった。


 なかなかに強烈な悪夢だった。心理学者によると、夢は教訓をもたらすものだという。これを奇貨とし、『アリの巣コロリ』は常備するようにしている。




第10話おわり







 





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