第03話 首吊りの樹

 僕の母親がまだ学生だった頃に誰かから聞いた話――。


 昭和の中頃のこと、H高校の校庭にあるサクラの樹で女生徒が首吊り自殺をした。


 勉学の伸び悩みなのか(厳しい進学校だった)、恋愛の悩みなのかはわからない。生徒の体は太い枝にくくりつけられたロープにぶら下がっていたという。死体が発見されたのは朝方だったというから、真夜中誰もいない時間に行為に及んだのだ。寂しい死に際だっただろう。


 少女の無念をしのんで、しめやかに法要が行われた。同級生もお悔やみし、成仏を願った。しかし、その願いは聞き届けられることはなかったようだ。


 すぐ後のことだ。夜になると、サクラの樹の下に亡霊が現れると生徒の間でにわかに騒ぎになった。長い髪、面長、白い顔の女が立っている。外見の特徴は明らかにその生徒だった。暗闇の中でぼんやりと白く浮かび上がり、明らかにただの人間とは思われなかった。


 生徒のクラスメイトだったある生徒が目撃した。その生徒は霊に向かってこう声をかけたという。


「――お前、どうしてそこにいるんだ?」


 返答することなく、亡霊はふっと姿を消した。


 まもなく、樹が伐採された。


 妙なうわさが立っていたからか、もともと切る計画になっていたからなのかはわからない。


 とにかくそれ以来、亡霊は現れなくなった。


 亡霊の噂はすぐに廃れ、自殺があったことすら覚えている人は少なくなった。


 僕もそこの高校を卒業したが、そのころになるとこの話を知る人はほとんどまったくいなかった。僕自身霊を見ることはなかったし、(僕の知る限り)ほかにも見たという人はいなかった。


 生徒の命を奪った樹が姿を消すとともに、少女の亡霊も姿を消したのだろうか。


 願わくは二度と姿を現さないでほしい。


 あるいは、敏感な知覚を持つ人が見れば、見えるのかもしれない。木のあった場所にたたずむ古い制服を着た長い髪の生徒の姿が。


※学校はその後、校舎が増築され、区画も整備された。サクラのあった場所がどこであったかはいまは誰も知るよしがない。



 ……第03話終わり。

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