第02話 夢のなかの警官

 夢でこれから起こることを事前に知ってしまうことがある。それは一般的に予知夢と呼ばれる。


 僕はこれに類するものを見たことがある。


 大学生のころ、友人と二人、朝まで酒を飲み、その後けだるい昼前をすごしていた。僕はベッドサイドに腰掛け、うとうと眠りのプールのなかに片足を突っ込んでいた。。


 ふとチャイム音がして、玄関のドアを開ける音がした。音はくぐもっていて、となりの部屋から漏れ聞こえてきたのだと理解した。


『こんにちわ』


 声が言った。


『北海道警察です』


 警官はあたりを巡回していて、アパートをまわって、誰が住んでいるのかを確認しているというようなことを話した。


 となりの住人はモゴモゴと何事かを答えた。警官は礼を述べた。ドアを閉めるノブの音が聞こえた。


 はっと目が覚めた。目の前に広がるのは六畳の居間の光景だ。友人は任天堂の携帯ゲーム機に夢中だった。テレビがつけっぱなしになっていた。テーブルの上は空き缶だとか煙草の灰だとかで散らかっていた。僕は夢を見ていたのだ。


 頭がぼんやりしていた。ペットボトルのお茶を飲もうとテーブルに手を伸ばした矢先、チャイムが鳴った。


『こんにちわ』


 そこにいたのは警官だった。


『北海道警察です』


 警官はすでに僕が知っている説明をした。彼の質問に答え、自分はこの部屋に一人で住んでいる。表札の名前は僕の名前だ、などと答えた。年のころ三十前後の警官はうんうんうなずき、メモを取ると、礼を述べて立ち去って行った。


 僕は居間に戻り、ペットボトルのお茶を飲みながら何が起こったのかを考えた。


 ボロアパートにしては壁は厚く、これまで隣の物音など聞こえてきたことはない。さすがにチャイム音ぐらいは聞こえるが、話し声だとか生活音だとかがしたことはなかった。


 僕が夢の中でとなりの音を漏れ聞いたのだという認識は、明らかに誤りだったのである。


 友人にその時起こったできごとを伝えようとするのだが、何分混乱していたのでうまく伝えられない。話は生煮えのまま終わり、友人が「腹が減っている」というので歩いて五分のラーメン屋に行くことになった。


 味噌ラーメンをすすりながら僕は考えた。


 夢と現実が偶然にも一致した(シンクロニシティってやつ)? 幽体離脱してとなりの話し声を聞いた? 脳の何らかの錯誤で夢を捏造してしまっていた?


 答えは出ない。


 いずれにしても、目の前に本当に警官が現れたときの感興だけは一生忘れることはないだろう。僕は熱いスープを飲み込んだ。



 第02話……終わり。

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