第2話
2-1.
ふと目を開ける。……おや? 体を起こす。どうやらオレは死んでいなかったようだ。
「起きた?」
そう声をかけられ、びっくりする。そこには少女が立っていた。見たことのない銀色の髪、ただ梳られてもおらず、伸ばし放題にするため、小柄な体をその髪で覆えるほどだ。
「君は……誰?」
「私は……神様だ!」
白い、小汚いローブを羽織っただけの少女は、そういって高くもない胸を張る。
「あぁ、そういう体裁で……」
「ちがう! 私は神様。正真正銘、この世界を統べる神様よ」
「…………」
「信じていないようね。でも、あなたを死の淵から救いだし、過去におくってあげたのも、私の力よ」
「過去におくった?」
「かわいい幼馴染とも会えたでしょ?」
「夢じゃなくて?」
「現実よ。あなたは過去にもどって、幼馴染と会った。きっとあなたと同じ記憶を、幼馴染も共有するはずよ」
少女にそう言われ、オレは恥ずかしくなった。夢だと思ったから、あんなことをしたのに……。
「でも待ってくれ。過去を改変すると、未来……つまり今も変わってしまうんじゃないか?」
「ふつうはね」
「ふつう……?」
「それは未来が柔軟で、過去改変がバタフライ効果によって、未来を大きく変えるときに起こること。でも、小波ですらない過去改変だったら、未来を変えることなんてないわ」
幼馴染のリムハと、ちょっと恥ずかしいことをしたぐらいでは、未来は何も変わらない? 確かにあのころなら、悪ふざけやちょっとした戯れで陰部にふれても済んだのかも……。
「ありがとう……と言っておくべきなのか? まだ信じられないけど……」
「感謝はいらないわ。私は約束を守って欲しいだけ」
「君を手伝う……だっけ?」
少女は大きく頷く。
「この世界を、変えて欲しい」
少女はきらきらした瞳を輝かせて、そんなとんでもないことを言いだした。
「変える? どうやって……」
「簡単。この世界の秩序をぶっ壊して欲しい。王立協会に支配され、歪んだ秩序を是とする、この世界を……」
オレも何となく理解した。
「王立協会に反発していたから、オレが択ばれた……?」
「ご名答‼ それだけじゃないけれど、あなたが最適だったことは確か。どう、協力してくれる? くれるわよね?」
すでに一度、少女の力を体験している。未だオレの舌には、リムハのあそこの感触や、味が現実感をともなってのこっていた。
「でも、ぶっ壊すって、それこそどうするのさ」
「女の子を誘惑して欲しいのよ。王立協会に入らないようにね」
「え? それでいいの?」
「言うは易し、行うは難し――。王立協会に入らない、という決断はかなりの覚悟を促す。女の子たちに〝自発的に〟王立協会に入らないことを決意させるには、メロメロに……とまでは言わないけれど、あなたが信用されないといけない。愛された上でその意見が正しい、と思ってもらえないと、女の子たちも離れていくでしょう。それでは失敗」
確かに、これまで何人も「仕方ないから王立協会に入る」という声を聞いた。そうしないと生活もままならないから、誰もが望まないけれど入るのだ。説得したぐらいでどうにかなるなら、これまでだってどうにかなった。オレの言葉に説得力をもたせるためには、オレが力をもつか、オレへの愛情をもってそう決断させるしかなさそうだ。
「時おり過去にもどって改変する。そうすれば、今のあなたの生活も変わるかもしれないわよ」
なるほど、それがオレの望みに叶うということか……。
「分かった。やるよ」
少女とオレは握手をした。その困難さに目をつぶり、また少女が何者か、という確信もないまま……。
「私はミチュウ。よろしくね、アギ・ハッキン」
2-2.
ミチュウと契約をむすんだが、過去もどりのタイミングはミチュウに委ねられているようだ。
オレは仕事もないばかりか、官憲から追われる立場だ。悪いことをした憶えはないけれど、オレのような存在は風紀を乱す、存在そのものが若者に害悪だとして、排除されかけているのだ。
若いころはまだ、足りない労働力を補う意味でも、時おり仕事をもらえた。ただしブラックで、きつくて、大変な仕事ばかりだったけれど、ひとまず存在を認められていた。
でも体が動かなくなり、老化した見た目を醜悪とされるようになると、わけもなく拘束されかけ、社会から居場所をなくしていった。
食べられる雑草をさがし、川に入って魚をとり、もはや野人の生活だ。
しかも官憲にみつかると逃げなくてはならず、定住もできずに、屋外で毛布にくるまって日々過ごす。
夜には氷点下になるほどの場所で、人気もなく、いつ死んでもおかしくない。それが今のオレの生きざまだ。
おかげで火の熾し方。魚の裁き方、野草の見分け方、飲み水を得る方法などを自然と覚えた。
そうしないと生きてすらいられない。
でも、そうまでして生きてきたのは、このまま何も為さずに死ぬのが、悔しかったからだ。いつか、何とか……そう思って生きてきた。それが途切れかけたときに、ミチュウに声をかけられた。渡りに船……ではないけれど、もしオレが何者かになれるなら、死に物狂いでなってやる! それが、オレの生きた証となるのだから。
どこかに行っていたミチュウがふらりとまた現れた。
「じゃ、準備して」
「準備って、何を?」
「寝ればいいのよ」
「それだけ?」
「それ以外のことはいらない。さ、早く」
そう言われても眠れるものではない。今は夜、だけど基本は暖かい昼間に眠り、夜は動いている。寒い中で寝ていると、そのまま凍死する怖れもあるからだ。
「昼夜逆転生活って……。もう、しょうがないわねぇ。じゃあ、子守歌を謳ってあげるわ」
ミチュウは歌い始めるけれど、なぜかラップ調で、小気味よく歌う。
眠れるか! と思いつつ、オレは目をぎゅっとつぶり、耳をふさいでいると、いつの間にか眠りについていた。
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