第12話 ライコランド

――埼玉県上尾市。ライコランド上尾店。


 あたし達2人は電車とタクシーでバイク用品店に来ていた。ここはバイクでよく来る大型店舗で、日曜日なこともあって外の駐輪場には沢山のバイクが停めてある。


「ほう。こんなにバイクが。色とりどりで賑やかだな。あかりと同じバイクも停まっているぞ?」

「あれは400cc。あたしのは1300だからあたしの方がカッコ良いもん」


 バイク乗りは自分のバイクが世界一カッコ良いと思っている生き物である。だから排気管――マフラーを社外品のものに変えてみたり、ハンドルバーを交換して高さや色を純正とは違うものにするのだ。

 そうしないと同じ車種が目の前に現れたときに差異を見出せなくなる。


 そうやって自分の改造が世界一カッコ良いと主張しているのだ。


 その成れの果てが暴走族である。暴走族には「健全な暴走族」と「不健全な暴走族」の2種類が存在する。


 不健全な暴走族から先に説明すると、一般的に認識されているロケットカウルやパラリラパラリラと言ったミュージックホーンが代表的な低速走行且つ無駄な空吹かしで市街地に騒音公害をもたらす人種がこれに該当する。

 彼らは聞いて欲しいのだ。自分史上最高の排気音を。見て欲しいのだ。世界一カッコ良いロケットカウルを。


 そして健全な方の暴走族はというと、更に2つのカテゴリーに分けられる。


 健全な暴走族A――これは峠道の曲がりくねった道路をサーキットのようにタイムアタックする連中だ。

 バイクはカーブで傾斜させると自身の膝が路面に接近する特性があるが、彼らはその膝を積極的に路面に擦らせることを生きがいにしている。

 それだけギリギリまでバイクを傾斜させることが彼らの信条なのだ。頭が悪い奴はヘルメットを路面に擦らせるという何とも無駄な危険行為を働く。最早事故である。


 健全な暴走族B――これは高速道路や片側2車線以上の幹線道路において、とにかくスピードを出したがる所謂スピード狂である。

 道路交通法の最高速度などお構いなしに、一般道では150キロ巡航が当たり前、高速道路では目指せ300キロである。

 次から次へと一般車両を追い越し、時には対向車線も使って先頭に出たがる。

 中でも『キリンは泣かない』とか『チャックチャックイェーガー』とか言い出す者は東本昌平先生の著書「キリン」を愛読しており、スピード狂レベルは重症である。


 健全な暴走族Aが大人になるとBに進化する事例が報告されており、この場合、峠道でも一般道でも高速道路でもどこでも飛ばす真の暴走族と化す。


 あたしがそうだ。


 ここに停めてあるバイクと、高確率でその隣に立つ所有者の装備を見れば、あたしと同類か、それ以外かがすぐにわかる。


 タバコを吸い終わったあたし達は、店内に入った。


「おお、広いな」

「んー、まずはジャケットとパンツから見ようか」


 アパレルコーナーに行くと、有名ブランドのバイク用ジャケット、パンツがぎっしりハンガーにかけられていた。

 実用性で考えるなら通気性のいいメッシュ生地の夏用ジャケットとパンツだ。肩や肘、背中、膝にもプロテクターが内蔵してあり、万が一の転倒でも怪我をしにくい。

 でもあたしは革ツナギを脱ぐなら、革パン革ジャンがいい。色も黒であたしと月読さんに合ってる。


「月読さん、こっちの革のやつと、こっちのメッシュのやつ、どっちがいい?」

「ふむ。革の方が高級感があって良いな。こちらのザラザラした生地の方は通気性は良いが、こんなものすぐに破れてしまうだろう」

「あはは、たしかに。じゃあ革でお揃いにしよう!」


 あたしはシングルライダース――ジッパーが中央で襟が低いバイク用ジャケットと、ブーツカットの革パンを手に取った。あたしは身長が高めなので、メンズでも小さめのサイズなら着られる。


「試着しよう、月読さん」

「おう、あそこだな?」


 革は硬いというイメージがあったけど、これは柔らかくて着心地が良かった。サイズも丁度良くて、アメリカンバイクが似合いそうだ。


 月読さんはシャツとネクタイをしたままで上からジャケットを着たようだ。これはこれでカッコ良い。


「月読さん何でも似合うね。今度カジュアルな服買いに行こうよ」

「かじゅある?」

「ジーンズとかTシャツとか」

「おう、何かわからんがあかりが選んでくれ」


 革ジャンと革パンを買い物かごに入れて、次はブーツを選びに行く。


 ブーツもレーシング用とツーリング用、オフロード用と様々な種類が置いてある。

 今回購入する革パンに合うのはツーリング用だ。あたしはブーツにはこだわりがある。

 バイクの操作において、つま先によるペダルのコントロールは極めて重要な要素だ。

 さらに言えば土踏まずをステップに乗せて荷重移動するので、靴底の厚みや材質、硬さなどがバイクのコントロールに影響を及ぼす。


「うん、総合的にお買い得なブーツはこれだ!」


 あたしは柔らかめの材質のブーツを手に取った。トップラインの高さは控えめで、ショートブーツに該当するだろう。防水機能は無しなので雨が降ったら諦める。


 月読さんの足は28センチ。ちゃんとサイズの在庫もある。

 2人して近くのベンチに腰掛け、試着してみる。足首が柔らかく、これならペダルの操作もしやすい。


あかり、左のつま先に付いているコレは何だ?」

「それはねー、左つま先でペダルを上に上げる操作があるの。その時に靴が擦り減らないようにプロテクターが付いてるんだよ」

「後ろに乗っている時も何か操作するのか?」

「ううん、後ろは荷物みたいにジッとしてるのが仕事。動くとバイクの操縦が難しくなるから動いちゃダメ」


 ブーツも決まったので最後にヘルメットだ。ヘルメットはアライ派とショウエイ派がキノコたけのこ戦争並みに争っているが、そこでシンプソンやOGKを選ぶのは杉の子派だろう。

 あたしはショウエイ派だ。アライ製のヘルメットは耳の部分に余計なパーツが付いていて気持ち悪い。


「月読さん、これ被ってみて」


 ヘルメットはフィット感が重要だ。ぶかぶかでは頭部をキチンと守れないし、キツすぎては頭痛がしてくる。


「キツくない?」

「うむ、ちょっと窮屈だな」

「じゃ、こっち」


 月読さんは頭が小さめだと思って小さいサイズを選んだのだが、小さすぎたようだ。


「おお、これなら丁度良いぞ。緩くもなく、適度な圧迫感だ」

「よかった、じゃあこれにしよう」


 色もモデルもあたしと同じ白のフルフェイスだ。目の部分を覆うシールドも純正の透明なものから、シルバーミラーのものに交換する。これはサングラスのようなものだ。四輪車と違ってサンバイザーがないバイクは、こうやって逆光対策をする。


 あたし達は沢山の商品を抱えてレジへ赴いた。店員さんがニコニコと対応する。


「21万3920円です」

「カードで」

「ご一括でよろしかったですか?」

「はい、一括で」


 うむ。しばらくは節約生活だ。夏のボーナス貰ったばっかりだから、まだ余裕はあるけど、万単位のお買い物はしばらくお預けである。


「あの、荷物預けておいていいですか? 少し店内見て回りたくて」

「あ、はい、ではこちらの札をお持ちください。お帰りの際にはこの札をお見せ頂ければお荷物お返し致しますので」

「はーい、ありがとうございます」


 ここに来たらカスタムパーツを見ずにはいられない。買わないけど、欲しい物を眺めるだけで自分のバイクが速くなった気がするのだ。


 タイヤは替えたばかりなので見なくていい。マフラーもまだまだ新品同然。


 気になっているのはホイールだ。


「これは……車輪か?」

「うん、このね、マルケジーニっていうのが欲しいの」

「どれ、私が買ってやろう」

「ダメダメ! 月読さんのお金無くなっちゃう!」

「なんだ、そんなに高いのか」

「そうだよ。これはお金持ちの証だからね」


 でもいつか買ってやるのだ。冬のボーナスで買える。冬まで我慢。


 あたし達はブレーキ部品コーナーにやって来た。ホイールの次に気になっているのが、サムブレーキだ。

 サムは親指の意味で、通常は右足で操作するリアブレーキを、左手の親指で操作できるようにするのが、このサムブレーキ。

 素直に右足で操作すればいいじゃんって話なんだけど、これが親指で操作できるようになると、走りが全然変わるんですよ奥さん。微妙な力加減ができるようになるんです。特に右カーブ中。


あかり、これは何だ?」

「それはラジアルマスターシリンダーって言って、前輪のブレーキだね」

「ほう、ぶれーき……」

「えーと、そこの黒くなってる棒を指で引っ張ると、車輪が止まるの」

「ほーう、あかりのバイクに付けなくて良いのか?」

「付いてるよーん」





 ここに来る度に、やっぱりあたしはバイクが好きなんだって実感する。





 そしてその度にあたしの闇は深くなる。


 なぜなら、


 バイクは弟を殺した凶器だから。


 大好きなバイクが大好きな弟を殺した。





 殺した。





 あたしのお下がりのバイクが。





 あたしが殺した。





あかり……闇が濃くなっている。帰るぞ」

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