第7話 神々の真実
一口、また一口と丁寧に味わってオムライスを食べる月読さんに、柳葉さんが「神通力はどれぐらいもちますか」と問いかける。
「そうだな。大きな川を5回ぐらい氾濫させることはできるだろう。落雷なら20発、大きな地震なら1回だな」
「なんで災害基準なん……」
「仕方なかろう。本来の神の仕事だ」
神様は畏怖される存在ということか。じゃあ東日本大震災もどこかの神の仕業だったのかな。当時あたしは小学校4年生の終わり。教室の窓が割れて天井が落ちて来たときは死ぬかと思った。いつまで経っても両親が迎えに来ず、半べそをかきながら歩いて家に帰ったのは今となってはいい思い出だ。
「10年ぐらい前に大きい地震あったんだけど、あれ月読さんの仕業じゃないよね?」
「10年前? ああ、確かに大きな揺れだったな。あれは私ではないぞ? おそらくミシャグジの仕業だろう。日本は昔からミシャグジの扱いが下手でな。もっと
神様付き合いとかあるのかな。ミシャグジなんて聞いたことないけどお友達だろうか。
「他にどんな神様と仲良しなの?」
「そうだな。
ナポリタンを食べていた榊原さんが目を皿のようにして問いかける。
「孫になってやったとはどう言う意味ですか? あなた様は
「はっはっは! あんな泣き虫の目から私が生まれるわけなかろう! あれはいつまで経っても泣き止まぬ伊邪那岐を慰めるために私が娘と息子を創ってやったのだ。それを知った国之常立が私を孫にしたいと申し出たのだよ」
「つまり
「そうだ。伊邪那岐は国之常立の息子だ。ちなみに
え……兄妹? 近親婚?
それを聞いた榊原さんがスマホを取り出し猛烈な指の動きで画面をタップしている。おそらくメモしているのだろう。
すると、指を止めて喋り出す。
「あなた様はいつの時代の神なのですか?」
月読さんはオムライスを一口、じっくり味わうとこう答えた。
「私は月と共に生まれた原初の神だ。一緒に生まれた地球の神《ヌン》は私の姉で、2人で永遠とも言える時間を過ごした」
「永遠ってどれぐらい?」
「長かったぞ。時に5000年ぐらい眠りに就いたこともあった。気付いたら昆虫が大繁殖していてな」
「うえ……虫嫌い」
「はは。ヌンも虫が嫌いだった。ヌンの話によれば彼らは空から降って来たのだそうだ」
榊原さんはいつの間にかメモを入力するのをやめてボイスレコーダーを起動していた。
「昆虫は海の生物が進化したものではないということでしょうか?」
「違うな。彼らは明らかに土や植物のマナを食っている。マナは言わば神通力だ。彼らに話を聞いたところ、遠い惑星からやって来たと言っていたぞ」
「昆虫と話したのですか?」
「ああ、一時期の地球は虫に支配されていた。大きな街を作って王が統治したり戦争したりしてたぞ」
「あの、すごくファンタジーでもっと聞きたい話なんだけど、ご飯食べてない時に続き聞かせて?」
「なんだ、煌は虫の話で食欲がなくなるのか?」
「そりゃもう……」
虫の話のせいですっかり食欲を無くしたあたしは、チキンドリアを3分の1残してご馳走さました。
***
昼食を終えたあたし達は銀座に向かった。
銀座の街並みは茨城出身のあたしには異世界で、行き交う人とクルマの多さに目が追いつかず、思わず目を擦ってしまう。
柳葉さんは銀座4丁目の屋内駐車場にセンチュリーを停めた。駐車場は幅が狭く、小型車でもドアを開くスペースを考慮するとギリギリの幅だったので、センチュリーが上手く納まるか心配だったが、そんな心配を他所に2台分のスペースを使って堂々のVIP停めである。
通りに出ると真夏の炎天下の中、スーツ姿のビジネスマン、派手な服装の外国人、ファッション誌に出て来そうなお洒落な服装のカップルが手をつないで、土曜日の銀座を往来していた。
「まるで祭りのようだな。煌、はぐれるぞ?」
月読さんはそう言って左手をあたしに差し出す。男の人と手を繋ぐなんて中学校のダンスの授業以来だ。
月読さんの手は大きくて冷んやりしてて、あたしの体温が月読さんに伝わっていくのが少し恥ずかしかった。
先頭を2列で歩く榊原さんと柳葉さんは、後ろから見ていると完全に護衛モードなことがわかった。
2人とも同じ場所を見ないのだ。それぞれが周囲を見落とすことなく満遍なく見ている。
そんなに人目を気にするならもっと閑散とした場所で買い物したらいいのに。
「和光のデパートでもよかったんじゃないの? 大概のものは揃うよ?」
「壁が少なすぎます。このような場所の方が遮蔽物が多くて万が一のとき被弾しにくいのです」
榊原さんが背中越しに答える。なるほど。周りの人たちは壁なのね。
それから程なくして一軒の店に入って行った。そこはフォーマルな服装のマネキンがショーウィンドウに飾られたシックな雰囲気の店で、店内も木目と黒を基調とした落ち着いた色合いがリビングのようでリラックス効果を感じた。
店員は2人。どちらも男性で、会計係と思われるカウンターの若い方はニコニコと愛想を振りまき、接客担当と思われる初老のイケオジはまるでマフィアのようなストライプのスーツであたし達を真摯に歓迎した。
榊原さんが前に出る。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
「お待たせしました。さっそく見繕ってください。色は白、グレー、黒、ストライプ細め、ストライプ太めの5着でお願いします」
「承知いたしました」
「それと、それらの柄に合うハットも用意してください」
「かしこまりました」
店員のイケオジは月読さんを頭から足の先まで目測するように眺めると、ポケットから巻き尺を取り出し、着丈や袖丈などを採寸し始めた。
店内の一角には沢山のハット――中折れ帽というのだろうか――マフィアのボスが被るような帽子がディスプレイされており、よく観ると頭部を360度覆う円形の
色も白からストライプまで幅広く取り揃えられており、これなら榊原さんの注文にも対応できるだろう。
店内を見て回っていたら下着売り場を発見してしまった。スペースはそれほど広くないが、普通のパンツからTバックまで幅広くディスプレイしてある。
柳葉さんは黒のTバックを7枚手に取った。
「え……柳葉さんそれ履くの?」
「いやいや、月読様のですよ。ホントは
なるほど。
すると、イケオジ店員は無数にある商品の中から白のスーツを取り出し、月読さんを試着室に案内する。
よしよし、ちゃんと案内してやれ。じゃないとここで脱ぎ出すからな。
月読さんは柳葉さんに黒のTバックと同じく黒のTシャツ、それから真っ黒なワイシャツ、靴下を渡され、試着室に入って行った。
「む、ここは狭いな。ほう、随分と上質な鏡だ。それに大きい」
月読さんはブツブツ言いながら着替えているようだ。中からガサゴソと音が聞こえてくる。
すると、月読さんはカーテンをシャッと開けた。
え、早くない?
「どうだ? 似合うか?」
そこにはパンツ一丁の月読さんが仁王立ちしていた。美しい黒に視線を奪われ、嫌でも股間の隆起が目に入る。
「パンツはいいんだよ! 早くスーツ着なよ!」
あたしはカーテンを勢いよく閉めて顔が赤いのがバレないように隠した。
――5分後。
「今度はどうだ?」
カーテンをそっと開けた月読さんは、元々姿勢がいいこともあって、がっしりとした肩幅と引き締まったウエストは、真っ白なスーツを美しい逆三角形にしていた。
ズボンの裾は長い足よりも更に長くたるんでいるが、顎を引き、両手は下に伸ばして握り拳に、足を肩幅に広げて床に真っ直ぐ構える姿は、あたしの目には力強く男らしい様に映った。
「カッコいい……」
思わず口から溢れた。
ハッとして言い直す。
「に、似合うね! 凄い似合う!」
語彙力がどっか行ったコメントに、榊原さんが被せる。
「とても良くお似合いです」
「そうか。なら良かった」
すると、イケオジ店員がスーツと同じ生地、同じ色のハットを月読さんに手渡し、裾を上げてピンで留める。
榊原さんはどこからかピカピカの白い革靴と黒い革靴を持って来て試着室の前に置いた。
「ほう、被り物か。どっちが前だ?」
ワイシャツの第一ボタンまできっちり閉めて、ハットを被る月読さんは、どこかバランスが悪く感じて、あたしは店内のネクタイ売り場から光沢のあるシルバー単色のタイを手に取った。
「月読さん、ちょっと
「おう。なんだその紐は」
あたしは月読さんのワイシャツの襟を立て、ネクタイを首に巻きつけた。高校の制服がネクタイだったので結び方はわかる。でも人に付けるのは初めてだったのでちょっと苦戦した。
それに……顔が近い。
大丈夫かな。チキンドリアの臭いしてないかな。
「ふむ。良いものだな。次からも煌がつけてくれ」
「……。それってプロポーズ?」
「ぷろぽおず? 何だそれは」
「教えてあげない」
クーラーが良く効いた涼しい店内で、あたしの体温により室温が2、3度上がった事は、あたしだけの秘密だ。
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