第6話 かごめかごめ
あたしのアパートを出発して5分。センチュリーは小洒落たレストランの駐車場に辿り着いた。
駐車場は広く、センチュリーでも余裕をもって停められる幅があった。
自分でドアを開こうとすると、柳葉さんがドアを開けるまで待つよう制止する。
月読さんのドアは柳葉さんが、あたしのドアは
榊原さんがドアを開ける際、上着のボタンを閉めてなかったせいで上着が風に煽られ、真っ白なブラウスと、日常では見ることがないであろう拳銃が
「やっぱり持ってるんですね」
「護衛用です。いつ奴等が襲ってくるかわかりませんので」
「奴等って?」
「それはお食事しながらお話ししましょう」
レストランに入ると、店内は外見よりも広く、店の奥の目立たない席に案内された。
お昼ご飯の時間帯なので結構客が入っている。よく予約できたなと感心していると、榊原さんが厚み2センチほどの封筒を店主らしき人に手渡しているのを見て、なるほど
榊原さんが席に戻って来てこう言う。
「ここの店主は気前がいいですね。なんでもタダで注文していいそうです」
「何を白々しい……あたしは見てたぞ」
「煌様は見て見ぬフリというものを覚えるべきです」
あたしの隣の月読さんは、ラミネート加工されたメニューを見て呟く。
「これは……紙でないな。何で出来ているのだ? それに、この色鮮やかな絵はまるで本物のようではないか」
あたしはある事を思いついた。
「月読さん、こっち向いて?」
スマホをカメラモードにして月読さんに構える。
カシャっ
「何だいまの音は。その黒い箱から聞こえて来たような」
「んふふー、はい、これ」
あたしは良く撮れた月読さんの写真を見せる。
「な⁉︎ 私が封印されているではないか! 煌! 封印はやめてくれ! あれは孤独で耐え難いのだ!」
「あはははは! 封印じゃないよ。大丈夫。安心して? これは見た景色を文字通りそのまま絵にする機能なの。月読さんの絵を描いたんだよ」
「ほっ、なんだ。絵だったのか。それにしても精巧だな。筆も使わずに描けるのか?」
「そうそう。
「この小さな箱が?」
「これは凄いんだよ? 今の時代の最先端技術だからね」
「本日の買い物リストに月読様のスマホも入っております。皆様、そろそろメニューを選んでください。時間がおしております」
あたしがのんびりシャワー浴びてたせいだろうか。ここはサッと食べられる量少なめのメニューにしよう。
ササッと選んでチキンドリアにした。榊原さんはナポリタン、柳葉さんは日替わりメニューのハンバーグランチにしたようだ。
そして月読さんが決まらない。ここはメニューから察するに洋食屋のようだが、どれも江戸時代にはなかった食べ物ばかりで、ピンと来ないようだ。
あたしはオムライスを勧めた。メニューの写真を見る限り、ふわトロのオムライスであることが
柳葉さんが通りかかったウェイトレスを引き止める。たぶんバイトの娘だろう。高校生ぐらいかな。
注文が済んだので「奴等」について話を聞く。
「それで、奴等って何ですか?」
「Moonlight Neo Gangster。アメリカのハッカー集団です。彼らは先月の2日、宮内庁長官のラップトップからメインサーバーに侵入し、とあるデータを盗み取りました」
「とあるデータ?」
「徳川埋蔵金です」
「げ、あれホントにあるの?」
「調査中でした。我々はあらゆる角度から埋蔵金の
「なんて書いてあったの?」
「Cranes and Turtles ruled the Keeper of Dawn. 鶴と亀が夜明けの番人を支配した。そう書かれていました」
榊原さんの英語は
「ふふ、あれは半蔵が広めた童歌だ。これを真似た鍋の底抜けが云々という歌詞もあるが、あれは庶民の間に広まった言わば替え歌だ。鶴と亀が滑る――即ち長寿が転ぶと解されることから敬遠されて省略されたのだろう。原本はこうだ」
籠目籠目、籠の中の鳥居は、いついつ出やる、夜明けの番人、鶴と亀が統べった、後ろの正面だーあれ。
月読さんは美しい低音で静かに歌った。誰もが一度は聞いたことのある童歌だ。
月読さんは語る。
「これは当初は卑弥呼の時代まで遡る降霊術の呪文だった。
半蔵は家康の男色を揶揄してこの歌を広めたのだ。この場合の解釈では、『鳥居』が神君と呼ばれていた『家康』のことで、『夜明けの番人』が寝所を共にしていた『徳川四天王』を意味する。
鶴は肛門、亀は男根の隠語だ。また、鶴は頭部がハゲていることから、同じく
古代の呪文をそのように解釈して半蔵は自分は愛されていないと悲しんでいたのだ」
「質問。サカヤキって何?」
「月に代と書いて月代。武士の髪型と言えばわかりやすいでしょうか。前頭部から頭頂部を剃って
なんてこった。鶴も男で亀も男。家康が男色なのは聞いたことあるけど、徳川四天王と寝てたのは初めて知った。
あたしは腐ってない――断じてBL小説とか読んでないけど、これはそっち側の人にはたまらないだろう。
半蔵が見てたとか……やだ、そのシチュエーションだけでキュンキュンしちゃう。
月読さんは続ける。
「半蔵は熱心な月神信徒だった。私は半蔵に力を与えた。半蔵は言霊の能力と不老長寿に目覚めた。
ここからは私の推測だが、半蔵は家康の墓の建立に際して暗躍した可能性がある。なぜなら私が家康の墓に行ったときには鶴も亀も無かったからだ。ついでに言えばあの壺も聖櫃も無かった。
私の封印先を亀に誘導したのは半蔵だろう。言霊の能力を使えば人を操るなど造作もないことだ。何か理由があったのだと考えている。その謎を解き明かす為には、あの壺と聖櫃が何なのか知る必要があるぞ。何の理由もなしにあんなもの設置したりしない。違和感がある」
「しつもーん。
「家康は嘘か誠か古代の戒律を所持していたという。家康はこれを大層大事にしていた」
「壺は?」
「壺は女性の子宮を象徴したものだ。形だけ置いたのだろう。それと対を成すのが鶴と亀だ。さっき言った通り男性の象徴だ。クルマの中で聞いたが、鶴は亀を
聖櫃に関しては中は空だと思うが中身が無いか調べたほうがいいかもしれん」
榊原さんは急いで澤野さんに連絡を取る。
「半蔵は亀に封印された私を救出しなかった――いや、出来なかったのか、半蔵が童歌に私の存在を示唆して全国に広め、誰かに封印を解かせた理由も知る必要があるな。
半蔵が新たに童歌の歌詞に見出した解釈はこうだ。『鳥居』が日光東照宮、『夜明けの番人』が私、『鶴と亀』が太陽と月、この場合の亀は月である私を地に追いやる意図が読める。しかし、そう解釈すると不明なのが『後ろの正面』だ。これが誰を示しているのかわからんが、私の復活を直接か間接か、見ている人物がいるはずだ」
と、ここで料理が運ばれて来た。
オムライスを目にした月読さんは、さっきまでの熱弁を急激に冷やしてジッと口を閉じてスーッと匂いを嗅ぐと、チキンライスに載せられたふわとろオムレツにナイフで切れ目を入れるウェイトレスさんの所作に見惚れ、トローっと展開する半生の卵を見るや生唾を飲み込んだ。
ウェイトレスさんは続けてオムライスにトマトソースをかける。月読さんは自分だけ特別扱いされて嬉しそうにニコニコ笑う。
「童歌の話はこれぐらいにして食べましょう」
「えー、もっと面白い話聞きたいー。食べながら話聞かしてよ」
榊原さんはナポリタンを一口食べて
ガツガツとハンバーグを食べていた柳葉さんは、数秒咀嚼しゴクンと飲み込むと、一言呟いた。
「これ以上はまたの機会に」
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