第4話 奥社宝塔

 外が明るくなり始めて、あたしと月読さんの任意聴取は少し仮眠してから再開することになった。


 あたしは仮眠室を独占できることになり、Tシャツとパンツ姿で布団に横になる。でも眠れないことはわかっていた。薬を持ってきていないから。睡眠薬がなければ眠れないのだ。


 あたしはスマホで小説を読んで時間を潰すことにした。カクヨムで面白い小説を見つけたのだ。「元ホームレスの俺(40歳童貞)が美少女化して神転生したのは戦乱の異世界を救う為です」よくある長いタイトルの異世界転生ものだ。30話以上あるのでこれを読んでいれば時間はあっという間だろう。


 月読さんは窓口のベンチで寝ることになった。最初は「寝る必要はない」と言って木下さんを困らせていたが、「形だけでも」という珠美さんの後押しで渋々窓口へ向かった。



――朝7時になると、珠美さんが仮眠室に起こしに来てくれた。



「眠れた?」

「あー、あはは、眠れませんでした」

「眠くないの?」

「全然」

「そう……あんまり無理しないでね。東照宮行くから着替えてちょうだい」

「はーい」


 あたしと月読さんは、木下さんと珠美さんに連れられて東照宮に行くことになった。

 目的は壊された鶴と亀の現場に月読さんを連れて行って、その反応を見るというもの。

 あたしは月読さんの身元引受人を申し出たので、保護者として同行することになったのだ。


 あたしはバイクで行くことにした。折角東照宮にお参りできるのだ。愛車も連れて行って交通安全祈願したい。


 明るくなってから改めて愛車を確認すると、燃料タンクの左側に少しキズが付いていた。それと、ハンドルの左側先端にも。昨日の立ちゴケのキズだ。


「はぁ……やっぱりキズになっちゃってたか……研磨剤で消えるかなぁ」


 あたしは少し涙目になった。


 ゆっくりパトカーの後をついていく。安全運転のいろは坂は何の面白みもなく、たまに見えるいい景色も、一回見れば十分で、何回も見えてくるといい加減飽きてくる。

 まあ元々下りは攻めるつもりはなかったので良しとしよう。いろは坂の下りは何故か細かい砂利が路面に広がっていて、バイクにとっては致命的な路面コンディションなのだ。

 一方通行だが道幅が広く、みんな左寄りを通行するので、右側は吹き溜まりになり、余計に砂利が溜まりやすい。

 道幅いっぱいにアウトインアウトなどしようものなら、バイクは1発で転倒するだろう。

 実際、3年前に友達はここで転倒した。まるで氷の上に乗り上げたのかと思うほど、ツルッと滑って転んでいた。


 そんな退屈ないろは坂を越え、あたし達は東照宮に辿り着いた。まだ朝だけど汗がやばい。お風呂入りたい。


 駐車場には物々しいパトカーが何台も停まっていて、参拝客のものであろうクルマもちらほら見受けられた。


 境内に入ると、何年か前に来た時の記憶が蘇ってくる。あれはたしか専門学校の2年目の秋だった。

 自動車整備士を目指す同級生たちはみんなクルマかバイクが好きで、あたしはバイク部に所属していた。

 寮生活はまるでライオンの檻に入れられた生肉になった気分で、男達がわらわらと群がって来て大変だったのを思い出す。

 いくら女子の人数が少ないからとはいえ、女子寮を男子寮の一部のフロアに設置するのは無理があるだろう。おかげで盛った男子が2階のあたしの部屋のベランダをよじ登り侵入を試みる始末である。


 そんな懐かしい思い出にふけっていると、これまた懐かしい三猿が目に入った。


「月読さん! 見猿、言わ猿、聞か猿!」

「ほう。何だあれは。何を見て見ぬふりするのだ? ふふ、というかここに秘密があると自白しているようで滑稽だな。ははは」


 すると、月読さんは急に無表情になり、立ち止まってジッと何かを考えた後、鋭い目つきで神厩舎の三猿を見つめこう言った。


「それとも、絶対に暴かれない自信でもあったのかな? ふん、秀忠め」


 その後、あたし達は立ち入り禁止にされた眠り猫の潜門くぐりもんを抜けて奥社へと足を運んだ。


 そこには沢山の警官と、ドラマで見るようなスーツ姿の刑事がいた。上着着てるけど暑くないのかな。

 鑑識と思われる人たちが足跡を調べているようだ。


「おはようございますー。中宮祠交番の木下と申しますー」


 木下さんが飄々とした感じで刑事に声をかける。


「おはようございます。県警捜査一課の山形です」

「おや、捜査一課のお出ましですか」

「まあ重要文化財壊されちゃね。そちらが例の?」

「はい、情報提供者になります」


 山形さんは月読さんの元に歩み寄り、軽く挨拶を交わす。


「おはようございます。山形と申します」

「おはようございます。月読です」

「単刀直入にお聞きしますが、なぜここで事件が起こったとわかったのですか?」

「私の封印が解けたからには、ここで何かが起きたのだと思った。ここには私を封印する強力な結界が張られていたのだ。誰かが結界を破ったのだと思った」

「ほうほう。かなり突飛なご意見ですね。何か薬を服用されたりとかは?」

「薬を服用したことはない」

「そうですか。昨夜はどちらに?」

「深夜に封印が解けて竜頭の滝で復活した。その後道を歩いていたらあかりに出会った」


 山形さんは困った様子で、「んー」と唸って少し考えてからこう質問した。


「そしたら、その……封印? されてた前はどうだったんです? どこにいたんですか?」

「封印前か。私は騙されたのだ。秀忠がここの守り神になって欲しいと言うから力を貸した。しかし、実際は私の力を奪って封印の儀式をしたのだ。その日は新月で力が弱まっていたこともあり、私はあっけなく封印された。神通力は八尺瓊勾玉やさかにのまがたまに封印され、体は竜頭の滝に埋められた。竜頭の滝を調べてみるといい。滝壺の岩に人1人分の穴が空いているのがわかるだろう」


 すると、山形さんは数秒真顔になり、声を張る。


「川上ー! ちょっと来い!」


 山形さんよりちょっと若い感じのがっしり体型なお兄さんが、大した距離でもないのにダッシュしてやってきた。


「はい! 何でしょう!」

「お前、竜頭の滝行って滝壺の岩調べてこい。穴が空いてたら中の写真撮って来てくれ」

「岩ってあのデカいやつですか?」

「そうだ。あの岩にずっと閉じ込められていた」


 山形さんと川上さんは顔を見合わせると、川上さんは何人か引き連れて竜頭の滝へと向かった。


 すると、川上さんとすれ違う形で男女20人ほどのグループがゾロゾロと現場に入ってきた。

 入り口では見張りの警官が部外者は立ち入り禁止だと騒いでいる。


 あたし達が騒ぎが起きている方を見ていると、木下さんと山形さんが鎮圧に向かった。あたしも一緒について行く。


「どちら様ですか?」


 山形さんがここの責任者なのだろうか。代表して質問すると、騒ぎは少し収まった。


「内閣情報調査室の澤野と申します。これよりこの事件は私たちが担当します。栃木県警察の方々はお引き取り願います。また、ここで知り得た情報は全て処分してください。それと、昨夜全裸で徘徊している男を任意同行したそうですが、その男の身柄も我々がお預かりしますので引き渡しをお願い致します」


「内調が……なんで……」


 山形さんは呆然と呟いた。


 内閣情報調査室――CIROサイロだ。あたしはアメリカのCIAを題材にした映画が好きで、日本にもCIAのような組織が存在するのか調べたことがある。どうやら日本の諜報機関がCIROサイロらしい。略称は内調。日本にもスパイはいるのだ。


 そのCIROが月読さんの身柄引き渡しを望んでいる。いよいよ月読さんの言っていたことが本当であるという可能性が濃くなってきた。


ピリリリリリリ


 山形さんの携帯が鳴る。


「はい、山形です。ええ、来てます。はい、はい、わかりました。足跡はどうしますか? ええ、はい、え? 廃棄? 内調に引き継げば――は、はい、わ、わかりました。はい、失礼します」

「倉内さんからですか?」

「はい、何でもご存じなんですね。今回の犯人もわかってるんですか?」

「それは言えません。では、お引き取りを」


 そう言って澤野さんは頭を下げて左手を出口に差し出す。

 山形さんは、チームのメンバーに撤収を指示すると、静かに奥社を後にした。


「さて、なんか大変なことになっちまったな」


 木下さんは呆れて笑いながらそう言う。珠美さんはあたしを見てこう耳打ちした。


あかりちゃん、月読さんと一緒に居たかったらちゃんと主張しなきゃダメよ? こういう出会いは大切にしなきゃ」


 出会い……あたしはバイクが恋人だと思ってた。でも月読さんが足を治してくれたとき、正直言ってときめいた。あのドキドキは月読さんが全裸だったからだろうか、それとも――


「あの! あたしも月読さんと一緒にいていいですか?」


 澤野さんに訴えた。このまま別れたくない。そう思った。


「あなたは……月読様を保護して下さった方ですね?」

はなぶさあかりです! 月読さんの身元引受人になります! 隔離とか必要ないです!」

「ふふ、なるほど。ではあなたには重要な責務を与えます」


 責務――なんだろう。


「月読様と一緒に暮らしてください」

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