第2話 警察

「名前? 苗字? あたしの名前も珍しいけど月読さんも珍しいね」


 丁度その時、遠くからヘッドライトが接近し、私たちを照らした。

 近づいて来てわかったのだが、その車は白黒のクラウンでルーフに赤色灯が備え付けてあった。パトカーだ。


 パトカーから制服と制帽が似合う2人の警官が降りて来た。

 若い方の警官は手際良く三角形の赤い反射板――停止表示板をパトカー後方に設置している。

 ベテラン風の警官が話しかけて来た。


「こんばんはー。そちらの方、ちょっとお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 ベテランさんはハンドタオルで前を隠した月読さんに向かって職務質問態勢に入る。初めて見た。職質。


 若手さんは停止表示板を設置し終わって、あたしに声を掛けてきた。


「お姉さんはこちらにお願い――足どうしたんですか? 怪我したんですか?」

「あ、はい。さっきちょっとバイク倒しちゃって……」

「痛むのか? 私のせいだ。治そう」


 そう言って月読さんがあたしの方へ一歩踏み出す。それを見たベテランさんが焦って制止する。


「ちょちょちょ、お兄さんはこっち。パトカー乗ってください」

「しかし彼女の足が……」

「大丈夫。大丈夫だから。さあ、乗って。私も一緒に乗るから。話聞かせてよ」


 月読さんはあたしを気にしながらパトカーの後部座席に乗り込んで行った。


「僕は高梨と申します。どういう状況だったのかお話聞かせて頂いてもいいですか?」


 高梨君は爽やかイケメンで、どう見てもあたしより年下だ。それは暗くてもわかる肌の艶、どことなく着こなせていない制服、声の質から判断した。なにより一人称が「僕」なのが可愛いではないか。


 あたしは自己紹介も含めて一部始終を高梨君に打ち明けた。すると、高梨君はツーリングにしては時間帯がおかしい点を突っ込んで来た。


「埼玉のアパートからですか。夜10時までお仕事されて、終わってからツーリングに出かけた、と。ちょっとツーリングには遅い時間ですね」

「うーん、よくやるんですよねー。金曜日の夜はテンション上がっちゃってバイク乗りたくなるんです」

「はあ、そうなんですか。それで……病院行かれます?」


 高梨君は几帳面にメモしながらチラチラとあたしの顔と足を見て心配そうな表情をする。


「病院はいいですよ。ほら、もう大丈――痛っ!」

「あわわ! ダメじゃないですか!」


 すると、パトカーのドアが開き、月読さんが急いだ様子で駆けつけてくれた。ハンドタオルは忘れてしまったようで、また丸出しに戻ってしまった。

 数瞬遅れてベテランさんがパトカーから飛び出す。


「ちょ! 月読さん! ダメだって!」


 月読さんはベテランさんが肩を引っ張ってもビクともしなかった。

 そしてあたしの足に手をかざすと――


 キラキラとしたまばゆい光が月読さんの手のひらから発生し、あたしの足はほんのり暖かくなった。

 それは深夜の闇には眩しくも柔らかい優しい光で、まるでランタンでも置いたかのように周囲にあたし達の影を作った。

 ズキズキとした痛みが和らいでいき、数秒経つと痛みは消えた。


 その様子を見ていたあたし達3人は、通常ではあり得ない事が起きたのだと認識した。

 ベテランさんは真剣な顔つきで月読さんに語りかける。


「月読さん、近くに交番あるんだけど、一緒に来てくれますか? そちらのお姉さん――はなぶささん? も一緒に。どうかお願いします」



***



 交番に着くなり、ベテランさんの木下巡査部長が声を張る。


「下田〜、お前のジャージ貸してくんねーか?」

「おかえりなさい。全裸男見つかったんすか?」

「おおよ」


 あたしと月読さんが交番に入ると、下田と呼ばれた警官と、全裸の月読さんを見て「ちょっと!」と半笑いで吹き出しながら顔を背ける婦警さんの2人が視界に入った。どうやら4人体制で当直しているようだ。


 下田さんは奥の部屋へ入って行ったかと思えば、白いジャージを抱えてすぐに帰ってきた。


「下着はないんで、このまま着てください。それとこれもう古くて捨てようと思ってたんで返さなくていいですから。差し上げます」

「それはありがたい。戴きます」


 月読さんがハンドタオルを手放して下半身をあらわにすると、婦警さんが爆笑して木下さんが慌てて奥の部屋へ案内した。

 木下さんは去り際にこう言い残す。


「俺らこっちで聴取するから、珠ちゃんそっちお願いね」

「了解でーす」


 珠ちゃんと呼ばれた婦警さんは、部屋の片隅にあるテーブルにあたしを案内した。

 テーブルにシートバッグとヘルメットを置かせてもらって、暑いので革ツナギを上半身だけ脱いだ。


「暑そうね。それ。エアコンの温度下げる?」

「いえ、十分涼しいです。ありがとうございます」

「私は細川珠美と申します」

はなぶさあかりです」

「はなぶさって珍しいね。あ、座って? ここにお名前書いてもらってもいい?」

「はい、失礼します」


 名前が珍しいと言われるのには慣れている。漢字を書いて見せた時に「エイさん? ですか?」と言われるのにも。どうでもいい相手の場合は最早「そうです」と肯定すらしてみせる。それぐらいこのやり取りにはうんざりなのだ。


「それで、助けを呼んでも誰も来なかったと」

「そうなんです。正直あの時は怖かったです」

「さっきは2人揃って交番に入ってきたけど、今は一緒にいても平気なの? 我慢してたりする?」

「いえ、大丈夫です。怪我も治してくれたし、いい人なのかなと思います」

「怪我を治した……手が光った話ね。お酒は?」

「いや飲んでないですよ」

「じゃあ何か薬飲んでる?」

「……それは……幻覚が見えるような副作用の薬は飲んでません」


 薬――あたしは統合失調症の薬と双極性障害の薬、それから睡眠薬を毎日飲んでいる。

 警察官というのは察しがいいのだと感心した。細川さんはそっと席を立つと、あたしの左手首を確認したのだ。そこには目立つリストカットの跡が一筋。それは死ぬ気でやったやつだ。死ぬ気のなかった傷跡は沢山あって、最近やったアームカットの跡も細川さんに見られた。


 細川さんは、静かに席に戻った。


「バイク好きなの?」


 薬とあたしの精神障害には何も触れず、好きな事を聞いて話を変えてくれたのは、きっと優しさなんだと思う。


「はい、好きです」

「バイク見に行こっか。ちょっと見せてよ」


 珠美さんは42歳で、3人のお子さんがいるのだとか。長男は今年成人式だったらしい。22歳で産んだ計算になる。

 対してあたしは彼氏いない歴22年であることを打ち明けた。中学3年の時に告白されたことがあるのだが、その時はピンと来なくて断ってしまった。

 その後もバイクで出掛けてたらナンパされたり、池袋で怪しい業者にスカウトされそうになったりした話をすると、珠美さんは「モテそうだもんね」と笑顔でコメントしてくれた。


 珠美さんもバイクに乗っているそうだ。一時期は白バイ隊員も目指していたのだとか。あたしのバイクがそこそこイジってあるのを見た珠美さんは、「いいセンス」と褒めてくれた。


 タイヤの減り具合を見るのはバイク乗りの証拠だ。特にショルダー――タイヤの端っこの部分を見ると、普段、どれぐらいバイクを傾けているのかわかる。

 バイクを沢山傾けたから上手いというわけではないが、上手い人のショルダーは大体すり減っている。


 珠美さんはあたしのバイクのショルダーを確認すると、「あんまり飛ばしちゃダメよ?」と釘を刺してきた。


 誰かに心配してもらえるのはありがたいことだ。でもあたしはバイクに乗り続けるし、今の乗り方を変える気はない。


 それがあたしなんだから。




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