常闇ヲ照ラシ、ツイニ煌メク

あるてな

第1話 月神

籠目籠目、籠の中の鳥居は、いついつ出やる、夜明けの番人、鶴と亀が統べった、後ろの正面だーあれ。



――栃木県日光市。日光東照宮。午前1時。



 黒のパーカー、カーゴパンツ、ミリタリーブーツ、黒のリュックで統一された4人組の男達がなるべく足音を立てないようにフードを深く被って境内に侵入した。

 1人の男がリュックからラップトップとドローンを取り出して空中に浮かべ、上空から警備員などが居ないか偵察する。


「Hey! Sammy! Mizaru,Iwazaru,Kikazaru!」

(ヘイ! サミー! 見猿、言わ猿、聞か猿!)


「Fuckin'shut up! Don't raise your voice! We didn't come here for sightseeing, you motherfucker!」

(クソ黙れ! デケー声出すんじゃねえ! 観光に来たんじゃねーぞクソ野郎!)


 男達は鉤縄を使って壁を乗り越え、最短距離で奥社宝塔――即ち家康の墓へ向かう。


「Good……crane and turtle」

(よし……鶴と亀だ)


「HAHA! つーるとかーめがすーべった!」


「Fuck you! I told you I was loud!」

(クソ野郎! うるせえっつっただろーが!)


「Japan believes in the sun. Nikko is sunshine. They sealed the moon god」

(日本は太陽を信仰してる。日光はサンシャインだ。彼らは月神を封印した)


「Yeah. The crane is a symbol of the sun. The Japanese sealed the moon god in the turtle furthest from the moon. Tsuki to suppon. And the crane follows the turtle with its legs」

(ああ。鶴は太陽の象徴だ。日本人は月から最も遠い亀に月神を封印した。月とスッポン。そして鶴は足で亀を従えている)


「In other words, there is a moon god inside the turtle」

(つまり、亀の中に月神がいるってことだな)


 男達は家康の墓の前に設置された壺、聖櫃、鶴と亀の前に立って「かごめかごめ」を口ずさむと、男の内の1人がリュックからディスクグラインダー(円盤式のカッター)を取り出した。


 ディスクグラインダーの電源を入れると、男は鶴の足を切断し、亀の甲羅を四角くくり抜いた。亀の甲羅の中は空洞になっており、中に漆塗りの四角い箱が入っていた。


 箱は縦10センチ、横7センチほどの長方形で、グラインダーの男がリーダー格の男に箱を手渡すと、リーダー格の男はニヤリと不敵な笑みを浮かべて箱の蓋に手をかける。


 そして蓋を開けた瞬間――



ゴゴゴゴゴゴゴゴ!



 下から突き上げるような縦揺れの地震が発生し、4人組の男達は総じて狼狽うろたえた。

 リーダーは立っていられなくなり、箱が手からこぼれ落ちる。硬質な音を立てて箱が地面に落ちると、箱の蓋が外れ、まばゆい光があふれ出した。

 縦揺れが横揺れに変わり、リーダーが這いつくばって箱の中の光を確認する。


「HAHA……MAGATAMA」


 それは翡翠で出来た勾玉だった。これが「本物の」八尺瓊勾玉やさかにのまがたまであることは、ハッカー集団「Moonlight Neo Gangster」の彼らには予め知り得た事実だった。



***



――いろは坂。午前2時。


 軽快にBIG1カラーのCB1300SFを操り、カーブを曲がる度に膝のスライダーをアスファルトに擦らせる。

 替えたばかりのブリヂストンBATTLAXは粘り強く路面に食い付き、カーブへの侵入速度を少し上げたい気分にさせてくれる。

 新調した革ツナギは真っ黒で、まるであたしの心の闇を現しているかのようだった。


 それにしても高低差のあるヘアピンカーブは、上りだと先を見るのに首が疲れる。ほぼ真上を向いているようだ。普段、通勤電車で下ばかり見ているあたしには丁度いい。


 風と一体化し、いくつものカーブを潜り抜ける度に遠心力と重力のバランスを味わう。それはバイク乗りにとって何ものにも代え難い楽しみであり、「初めて自転車に乗れた日の事を覚えている」あたしには息をするのと同じぐらいの「生きがい」なのだ。


 あたしは自転車でもバイクでもスノーボードでも転んだことがない。「転びながら上手くなっていく」なんて話も良く聞くが、あたしの場合、転ばぬ先の杖の性能がいいのか、転びそうになる瞬間が本能的にわかるのだ。


「転びそうになったら、転びそうな方向にハンドルを切るんだ」


 転びそうになる度に、今は亡き父親の言葉を思い出す。幼かったあたしは、初めてこの言葉を聞いた時に、幼いながらに敢えて危険な方向に舵を切ることが助かる道なのだと悟った。


 今やそれが人生の唯一の楽しみになっている。


 8月の夜空は吸い込まれそうなほど高く、夏の大三角形が綺麗に輝いていた。


 明智平は意外と車が停まっていて、あたしみたいな寂しがり屋が他にもいるのだと勝手に邪推し、タバコに火をつけた。

 ブラックデビル――オランダで製造されている黒いタバコだ。真っ黒な包み紙とフィルターは、黒が好きなあたしにぴったりで、クレープ屋が近くにあるのかと思わせるような甘い……いや、ホントに激甘な煙の味は、吸ったことのある人にしかわからない密かな楽しみだ。


「さて、深夜の中禅寺湖でも見て帰ろうかな」


 あたしは愛車に跨りエンジンを掛ける。テクニカル・スポーツ・レーシングのマフラーは、アイドリングの重低音を奏で、これがエンジンのメカノイズと混ざると、バイク乗りのテンションが上がる仕組みになっていることは、バイク乗りの常識である。


 対面通行の峠道を飛ばして行くと、街中に出た。中禅寺湖を左に眺めながらクルーズする。


「なんも見えねえじゃん」


 と、その時。


 走行車線中央を全裸で歩く男を発見してしまった。


 咄嗟にヘッドライトをハイビームにする。男はこっちに向かって歩いて来ているのがわかった。


「きゃー! いや! 待って!」


 急ブレーキをかけ、男を避けるべく道路の左端に寄り、すれ違おうとするも、男はぬらりと手を伸ばしてハンドルに手をかけた。


「いやー! やめて! 助けてー!」

「それはこっちのセリフだ。服がないのだ。助けてくれないか?」


 その時、あたしの左足が滑り、車体を真っ直ぐ立てて置くことができなくなった。所謂、立ちゴケである。


「待って! 押さないで! 倒れる! ああ!」


 踏ん張りも虚しく、愛車はささやかな金属音と共に横になった。あたしもバイクと一緒に倒れた。最後まで左足を踏ん張っていたせいで、左足がバイクに挟まれる。結構痛い。


「いたたた……あーん、初めて転んだー」


 全裸の男はバイクのハンドルを掴むと、片手でいとも簡単にバイクを起こした。


「大丈夫か?」


 あたしはヘルメットを脱ぎ、お姉さん座りで答える。


「わかんない……左足が痛い。オジサン悪い人じゃないの?」


 男はまるで鎧のような筋肉を纏い、美しいとも思える腹筋、胸筋、上腕筋、大腿筋は、ボディビルダーを連想させた。それでいて細い。所謂しょうゆ顔で、黒髪のオールバックは整髪料を付けているのか濡れているように見える。年齢は30歳前後だろうか


「おじさん……私は見た目は若い方だと思うぞ? お兄さんで手を打たないか?」

「じゃあお兄さん――ってお兄さんこっち来ないで! 丸見えだからっ!」


 お兄さんの股間には幼い頃に父親と一緒にお風呂に入った時に見たアレがぶら下がっていて、問題は幼い頃の記憶のソレとは大きさも形も全く違くて。見たこともない大きな先端の逆三角形は、自分の手首ぐらいの太さの竿で股間から垂れ下がっていた。何なの? 男の人のってこんなに大きいの?


 あたしはバイクのスタンドをかけて、シートバッグからハンドタオルを取り出した。


「これで隠して!」


 お兄さんはハンドタオルを広げると、両手でタオルの端を摘み、前を隠した。


「お兄さん、名前は? あたしははなぶさあかり


 お兄さんは少し黙ってボソリと呟いた。


「私は、月読つくよみだ」




――――――――――――――――




あとがきのようなもの


読んでくださりありがとうございます。

作者のあるてなです。


応援やコメント、レビューなどして頂けたらもっと頑張って更新します。


最後まで読んでくださりありがとうございます。

ついでに♡してってください。

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