そこは光の洪水だった。

 痛いほどに眩しい。だが、瞼を閉じることも、顔をそむけることもできなかった。

 ぼくはすでに肉体から解き放たれ、意識だけの存在になっていた。

 肉体がないゆえ、光を防いだり逃げたりすることができない。眼球だけを取り出して光のなかにぽんと置かれたようなものだ。

 光は色のようでもあった。たくさんの色がそれぞれ強い色彩を発している。

 混じりあっているわけでもないのに、混沌としていた。

 色は虹のように美しくもあり、側溝に浮いた油のように汚ならしくもあった。

 あまりに強い刺激は、うるささとも感じられた。

 吹き荒れる嵐のようにも感じられた。

 痺れのようにも、まったくの無感覚にも感じられた。

 あらゆる感覚が押し寄せ、高みを目指しているようだった。それらの刺激は限界なくぼくを襲う。

 体を持たないぼくはあらがうすべもなく、力を増してゆく刺激の中でひたすら耐えるしかなかった。



 魚の焼けるこうばしい匂いに我に返った。

 ぼくは我が家――宇宙船であるが――の椅子に深くもたれていた。

 しばし茫然とした。あまりにも見慣れた光景であるのに、一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。

 全身を確認する。着古したシャツにスラックス。ふしくれだった手――いつもの服を着たいつもの体だった。

は白昼夢だったのか?)

 怒濤のごとくの刺激の中に取り残されたつらさと孤独――あれは夢だったというのか。

 仕事と食事兼用の白いテーブルのへりを撫でた。手はスムーズに動き、テーブルの滑らかで冷たい感触もいつもと変わらなかった。

 意識を失う直前にエイチに言われたこと、されたこと。あれらも現実ではなかったのか?

 ではどこから夢に入ったのだろう。不思議に思う一方で、考えれば考えるほどはぼんやりと覚束なくなってゆく。

(そもそもエイチが自分を襲うなんてありえない。ロボットは人間を傷つけることはできないように設定されているのだから)

 今は何時だろう。壁を見上げると、時計は午前十一時三十二分を示していた。

 魚の焼ける匂いとともに、ご飯の炊ける匂いがただよってきた。そろそろお昼ごはんの時間だ。

 とんとんと規則正しい音が聞こえる。エイチが漬け物を切っているのだろうか。

 あまりの心地よさにふたたびまどろみのなかに沈んでしまいかけたとき――ブーッとけたたましいブザーが耳をつんざいた。

 ぼくは一気に覚醒した。インターフォンの呼び鈴だ。

(お客? このぼくに?)

 まさかと思いつつも席を立ち、玄関に向かった。

 モニターをのぞくと、そこには誰も映っていなかった。

(どうゆうことだ。確かに誰かが呼び鈴を鳴らしたはずなのに)

「コンニチハ」

 平坦な合成電子音に息を飲む。――まさか。

 モニターの下部に目を馳せた。金属質のものがうつりこんでいた。

高崎義政タカサキヨシマササマノ元カラ参リマシタ。ドウゾ、ハッチヲ開ケテクダサイ」

 既視感に動機が激しくなる。

 どうゆうことだ。これは、エイチをこの宇宙船に迎えたとき――そのままじゃないか。

 ぼくは何度も唾を飲み込むと、ハッチの開閉スイッチを手の平でぐっとした。

 モニター映像には、ぼってりとしたフォルムのロボットの姿が写し出された。

「エイチ……」

 ぼくは呻くように呟いた。

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