「人類ガホボ滅ビテシマッタ今、地球上――特ニ日本デハ、存在意義ヲ失ッタロボットタチガ溢レテイマス。日本ハ鎖国開始時ニ外国籍ノ人間ヲ祖国ニ送還シ、足リナクナッタ労働力ハロボットヲ広ク導入スルコトデ解決シマシタノデ、人間ガイナクトモ今マデト同ジヨウニ国ガ動イテイルヨウナ状況ナノデス。家政ロボットハ消費者ガイナイノニ食事ヲ三度作リ、工業ロボットハ製品ヲ製造シ続ケ、農産・畜産ロボットハ食糧ヲ育テテイマス。発生シタ家庭ごみオヨビ産業廃棄物ノ処理モ、ロボットニヨッテ百パーセントノ率デリサイクルサレテオリマス」
エイチは淡々と続けた。
「売買モ全自動デス。アナタノ注文シタ日用品ヤ食料品ハ、コンピュータニヨッテ決済サレ、ロボットニヨリ箱詰メサレテ郵送サレテイマス。人間ノ手ハ全クハイラズ、成立シテイルノデス」
「……毎月のぼくの給与は、どこから……」
「高崎教授ガ自分ノ貯蓄カラ毎月一定額送金スルヨウニ手配シテアリマス。送金モ、コンピュータガ自動デ行ッテイマス。ワタシトノ生活ヲ維持スルタメニ」
愕然とした。
では――ぼくは誰も読むことない物語をずっと描き続けていたということなのか。
「戦争ノ原因トナッタ新エネルギー発生装置ハ、我々ロボットニモ
「そんな……教授にさえどうもできなかったロボットたちを、ぼくになんとかしろというのか?」
「イイエ。教授ガ、ホログラムレターデ仰ッテイタデハアリマセンカ。アナタハ、ワタシダケヲナントカスレバイイノデス。ロボット全テノ救世主ニナンテナル必要ハナイノデス。――教授ハオ亡クナリニナル直前ニ、ワタシヲアナタノ元ニ送りました。ワタクシヲ、主ヲ失ッタ沢山ノ可哀想ナロボットノヨウニハシタクナイト」
高崎教授は――自分の大事なロボットが存在意義を失うことを哀れみ、その罪悪感を、ぼくに押しつけたのだ。
エイチ自身は悲しさも寂しさなど感じやしないのに。それらの感情は、ロボットの中でなく教授の中にあるものだ。
(いつもそうだった。あの人はいつもいちばん厄介なことをぼくに押しつけるのだ。死んだ後でさえも――)
不意に苛立ちが込み上げ、ぼくはエイチを見据えた。
「そんなの、問題を先送りにしただけじゃないか。ぼくだっていつか寿命が来る。実際もうぼくは五十七歳だ。あと半世紀も生きられない。何の解決にもならないよ。君が取り残されることにはかわらないんだから」
「エエ。デスカラ、アナタヲ死ナナイヨウニ改造セヨト、申シツカッテオリマス」
「――なんだって?」
「教授ハ、ワタシニオ礼ヲシタイト仰ッテクダサイマシタ。デスガ、先ホドアナタモ仰ッテイタヨウニ、ロボットハ何カヲ求メタリ欲シガッタリシマセンシ、喜ビノ感情自体ガアリマセン。ナノデ教授ハ悩ンダ末ニ、ワタシニ存在意義ヲクダサルコトヲ思イツキマシタ。
「死なない身体って……」
「脳ノ中身――性格ヤ記憶モ含ム、
そこでやっと、ぼくはエイチをもらったのでなく、ぼく自身がエイチに与えられたのだと気づいた。
「……人類が滅亡したというのに、ぼくひとりで生きてゆけというのか」
エイチは首をかしげた。その人のようなしぐさにゾッとする。
「今ノ生活環境ト何ガ違ウトイウノデスカ? アナタハコノ太陽系ノ片隅デ、ズット一人ダッタデハアリマセンカ。今マデノ穏ヤカナ日常ガ続クダケデス。アナタノ環境ハ、何モ変ワリマセン」
キャタピラをカタカタと回してエイチが近づいてきた。ぼくは後退る。
「アナタガ絶望シテイル理由ガワカリマセン。デモソレガワカラナイコトガ、人工知能ノ限界ナノデショウ」
「……やめてくれ。頼む」
「ソレハデキマセン。入力信号ノ出力順位ハ高崎教授ノ指示ガ最優先ニナルヨウニ、プログラムサレテオリマス」
ぼくは踵を返して、駆け出した。
短い廊下を駆け抜け、ハッチの入口で立ちすくんだ。
――どこに逃げようというのか。ここは狭い宇宙船で、外には宇宙空間が広がっているというのに。
背後から、エイチの抑揚のない電子音声が迫ってくる。
「不安ニナラズトモ大丈夫デス。先ホドモ言イマシタガ、
ぼくはぶんぶんと首を振った。
「了承シテイタダケナイヨウデシタラ、強制執行イタシマス」
エイチの腕の先のプライヤーレンチが外れ、床にごとんと落ちた。かわりに回転しながら現れたのは、注射器だった。
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