第4話 脱出


 一歩後ずさって、はたと気付いた。靴底が溶けている。熱くなっているのは前の車両だけでない!


 五、六歩下がり、床を触る。熱は前から移ってきている。通路を走り、後部車両のドアノブに手を掛け、後部車両に移る。ドアを閉め、そのドア本体に手を当ててしばらく待つ。熱くなってきている。


 駄目だ! さらに後ろに!


 通路を走り、後部ドアを開けた。空と湖。見渡す限りの青と列車の小さいテラス。三両編成だった。


 ここで終わり。


 僕は車内に戻り、ドアを閉めた。ふと、頭によぎったのは地獄。


 もしかして、僕はあの世に向かっている?


 トンネル! トンネルを抜ける時のあの衝撃! あそこで事故があったんだ。この列車の行き先はあの世。


 ドアを開け、テラスに立つ。手摺から身を乗り出して前方車両を見た。二両目半ばまで真っ赤に変色している。


 すごい熱風だ。肌がジリジリ痛い。ここがフライパンの上になるのは時間の問題だった。


 飛び降りるしかない。


 列車の後ろにはバラストに枕木、そしてレール。両側面は、水面!


 選択肢にもならない。当然だ。これが夢にしろ、僕が霊体だったにしろ、あえて石や鉄の塊りに身を投じるなんてない。


 テラスの手摺の上に立つ。バランスを保つため左手は車体を掴んでいた。飛ぼうかと思ったその時、遮断機! 目の前を横切って行った。


 忘れていた。飛んだら遮断機だった、は洒落にならない。二車両目も全て真っ赤に染まっていた。


 遮断機は? 


 前方に警告灯は目視できない。警告音も大丈夫だ。飛ぶなら今。


 大きく息を吸った。足を踏ん張る。出来るだけ遠くに。


 ガクンと車体が揺れた。バランスが崩れた。体が振り回されるのを車体に身を預けるようにしてなんとかバランスを保つ。


 小さく息を吐いた。右手で汗をぬぐう。


 すごい汗だ。緊張だけではない。前から流れて来る熱気。三両目の壁面も熱を帯びているのが分かる。車体に預けている体をもう一度定位置に戻した。


 三両目の頭も赤く変色している。


 もう時間はない。遮断機は? 大丈夫。大きく息を吸った。


 踏ん張り、飛ぶ。


 宙に舞ったかと思うと僕の体は水面に打ちつけられた。


 ブクブクと泡の中をもがく。湖底は暗く、全く底が見えない。


 何かに見られているようでぞっとした。光を求め、浮上する。


 水面を出ると急いて線路の道床を目指す。水面の遠くに列車が走っているのが見えた。列車は赤く変色するどころか輝きを放っている。


 魅入っている場合ではない。


 湖底から何かに襲われそうで手足をフル回転させた。


 道床に張り付いた。が、まるで蟻地獄のようだ。バラストのせいでのり面をしっかり掴めない。足場にしようとも足が食い込まない。踏ん張ればバラストはゴロゴロと崩れ落ちて行く。


 底を覗くとまるで奈落だ。僕は海溝の壁に張り付いているようだった。多くの石が雪降るようにゆっくりと闇の底へと消えて行く。


 慌ててはいけない。力任せではバラストは崩れる一方だ。出来るだけ体の面積をのり面に接触させた。全身を使ってジリジリと時間を掛け、レールへと向かう。


 やっとレールを掴むことが出来た。力の限り腕を縮めて水面から体を離す。レールとレールの間で天を仰いだ。


 突然の爆発音!


 咄嗟に身を丸めた。


 音は遠くだ。自身に被害が及ばないのを悟ると耳をつんざく先に目をやる。レールの延長線上に火花と爆煙。破片が飛んでいるのか天に触手を伸ばすように煙の筋が無数に伸びていた。


 僕が乗っていた列車。


 恐ろしい光景だった。あれに乗っていたかと思うとゾッとした。ここは危険だ。帰らなくては。


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