第3話 切符
ふと、通路側に人の気配を感じた。振り向く。
また子供!
息を飲んだ。
しかも、今度は全身包帯ずくめ!
ぞわぞわっと血の気が引いて行く。
包帯の子供は何の了承もなく、僕のいるボックシートの中へと入って来た。そして、僕の前のシートによじ登る。
何なんだ! 止めてくれ!
包帯の子供は普通に腰掛けた。メカギオラの子供よりまだ小さい。小学校に入る前か。
花火セットを胸に抱いている。包帯の隙間からこぼれる満面の笑顔。
不気味だ。身震いが起き、鳥肌が立った。
包帯の子供は上機嫌のようで鼻歌を歌いながらリズムを取るように足をブランブランしている。全身に巻かれている包帯には数多くの赤い点と
なるほど、そういうことか。胸に抱いている花火セット。それを皆でやるんだ。楽しみなんだな。
驚いて悪かった。この子は普通の子供だ。
けど、君は感染症だ。誰とも花火は出来ないし、君は小さい。一人で花火は出来ないよ。
包帯の子供は鼻歌に合わせて体も揺さぶっていた。あまりのうれしさに落ち着いていられないのだろう。
想わず僕は、包帯の子供を抱き締めていた。
分からない。勝手に体が動いた。なぜかそうしなければならない気持ちに僕は駆られてしまっていた。
また、列車は停車するようだ。包帯の子供は僕の手を振りほどくと僕の車両から出て行ってしまった。
ホームは無人であった。列車が発するとメカギオラの子の時と同様、多くの人でホームは埋め尽くされた。そして、あの包帯の子供も。
さっきのはなんだったのか。なんで僕は子供を抱き締めた? ホームはもう小さくなっていた。
一体全体、何がどうなっている。窓の外の遮断機が蠅のように五月蠅い。考えに集中できない。夢だとしても何か理由があるはずだ。
コツコツと足音が聞こえた。僕以外の無人車両にまた誰か現れた。
車掌だった。
ひょろっと背が高く、手足が長い。制服はぶかぶかで、異様に高い襟と深くまで被った帽子。まるでかかしのような男だった。
車掌が僕に手を出した。手のひらは大きく、指も長い。白い手袋をしているのでより一層大きく見えた。
視線を上げた。襟と帽子が邪魔して車掌の顔が見えない。また視線を戻す。車掌の手は僕の前にずっとあった。
何かを要求している。車掌が要求するとすれば決まっている。切符だ。
切符か。レトロな列車の内装から想像するに、紙のやつなのだろう。そんなの、ここ何十年も使ってない。
無ければ、買えってことになる。僕の世界の現金は通用するのか。無賃乗車で降ろされればどうなる。降ろされるならまだしも、犯罪者として扱われたら。
いや、難しく考えるな。夢の中でのことだ。もしかしてスマホが通じるかもしれない。駅のホームにはスマホを通して入っている。
僕は上着の内ポケットに手を入れた。問題はスマホがあるか、だが。
あった。僕はスマホのアプリを開いた。
車掌の差し出された右手。余っている左手が僕に差し出された。
そこには切符切りがあった。これみよがしにその切符切りを車掌はカチカチと鳴らす。
困ったことになった。ここまでの経緯を話してこの車掌に通じるだろうか。駅にはスマホで入ったって、この列車に乗るつもりがなかったって、この車掌は分かってくれるだろうか。
車掌を見上げた。全く表情が掴めない。切符切りをカチカチ鳴らしている。明らかにイラついている。僕は紙のやつなんて持ってない。
目の前の車掌の手のひらが、僕の左ポケットを指差した。
咄嗟に僕はそのポケットをまさぐった。
何かある! 紙の断片を指で感じる。切符?
ポケットから手を出す。まさしくそれは切符だった。
そうだ。確か紙の切符には出発地点と区間が表記されているはず。確認しようとしたその瞬間、切符は僕の指先からスルリと抜けた。
車掌が切符を持っている。切符切りを切符に入れた。
カチン。
一辺が欠けた切符が僕の手に戻される。慌てて切符の表記を確認した。何か書いてある。
日本語でもない。英語でもない。ペルシャ語でもない。中国語でもない。韓国語でもない。記号? 見たことない文字。
読めない。
そうだ! 車掌だ。車掌に直接聞けばいい。
振り向くと、いない。どこいった!
車掌は前の車両のドアに手を掛けていた。
「車掌!」
車掌は何の反応もない。僕を無視して、隣の車両に消えて行った。
僕は追った。前の車両のドアを開ける。ものすごい風圧。そして、熱気。
あまりの暑さに前の車両に行けない。車掌もいない。慌ててドアを閉めた。前の車両はサウナところか灼熱地獄だった。
どういうことだ! 何が起こっている?
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