第34話修行

切り込みは入ったけれど、先ほどのように切れない。

みかけはおなじなのに全く性能が違うそれは、美空と僕を連想させた。

「外見だけは立派ななまくらになったみたいだな」

その発言に少しイラッとした。

別になまくらとまで言わなくたって良いじゃないか。

「けど、初めてにしては上出来だ。初めから魔力を込められるやつなんてなかなかいないからな。凄いよ。お前は」

...、少しだけ。本当にほんの少しだけ気分が良くなった。

誉められなれてないから嬉しい、なんて思うだけだ。

単純な自分に少し嫌気が差したけど、まぁ、良いかと思う事にした。

これが人間なのだから。

誉められたり、認められたりすると嬉しいもので。

そうやって自分を高めていくんだから。

...、もし先輩に誉められたら。

少しだけ想像してしまった。

もしもの妄想。

「颯太凄いよ。良く頑張ったね!偉い偉い」

そう言われて、頭を撫でられて。

それに僕は笑いながらありがとうございます、だなんて言って。

きっと馬鹿みたいにはしゃいでしまう。

嬉しくて嬉しくて仕方なくなってしまうだろう。

だって、先輩に誉められるのだから。

そんな事を簡単に想像出来てしまう自分に乾いた笑いが出た。

僕の事を誉めてくれるはずないのに。

僕がどれだけ努力したところでアテネには及ばないし、先輩にも敵わない。

だから、僕は先輩に誉められない。

アテネなら、凄いよなんて誉められるだろうけど。

それはアテネに向けてってだけで、僕に向けられる事はない。

そんな事を想像して悲しくなった。

けど、今はそんな事気にしないようにしよう。

そう考えて、切り替える事にした。

目の前の修行に集中する事にしたのだ。

「これは魔力操作を鍛える事も出来るからな。一石二鳥ってこと。理久は一発で成功させた」

奏多は淡々と修行の効能を述べた。

だけど。

理久、という名前を聞いた時に暴風を吹き荒らした。

理久。

先輩にくっついている魔王。

こいつの双子の弟。

先輩と自分が結ばれると信じてやまない奴。

あいつも僕は嫌いだった。

いつか理久を越える。

それは僕の目標のひとつだった。

一発か。

「おっと...、禁句だったみたいだな」

「あんまりその名前を出さないでください」

そう言うと、やれやれと言いたげな顔をされた。

「まぁ、そういう対抗心もどんどん糧にしていけ。その方が早く成長出来るぞ」

「言われなくてもそのつもりです」

次こそ完璧な物を作ってやる。

そんな気持ちで次の剣をつかんだ。


理久は凪先輩の事が好き。

それは本人の口からも告げられた事で、最初意味がわからなくてポカンとした。

その好きってどういう意味なのか。

一番重要なのはそこだった。

好き。

その言葉は沢山の意味を持つ。

友達として好き、相棒として好き、親友として好き、恋人として好き、家族として好き、信仰対象として好き....。

理久は恋人として凪先輩が好きだと言った。

今はまだ恋人じゃないけれど、いつかなるつもりだっていっていた。

だからお前とはライバルだって宣言された。

俺の気持ちがバレている事に対しては、なんの疑問も抱かなかった。

バレているなんて分かるから。

あんなわかりやすくして気付かないのは凪先輩くらいだ。

まぁ、それも仕方ないのかもしれない。

だって凪先輩はきっとそこまで人と関わらなかったから。

赤子の頃に両親と離れ、両親に会ったと思ったら牢獄に入れられ。

人と関わる事が許されなかったのだ。

だから仕方ないと思うし、そういうところも好きな所だから。

そして、凪先輩はそれとなく理久が気になっていたみたいで。

よく二人で一緒にいる所を眺めるようになった。

凪先輩と理久は長い付き合いだと言う。

凪先輩が教えてくれた。

「事故に遭った日、迷子になった僕はたまたまここにたどり着いてさ、理久に会ったんだ。そしたら凄く優しくしてくれてさ」

恩人みたいな物かなぁ、でも、理久はそんなこと言うな、僕らは友達だって言ってくれるけど。

なんて付け加えた。

俺と遊ぶ時も、魔界へと向かう時間が多くなった。

俺の呪いを解く為という目的もあるから止められないけど。

そんな二人の様子を眺めている時間が、一番嫌いで、一番苦痛を感じた。

俺の愛する人に近づかないで。

口から溢れる言葉はそれ一色だった。

でも、溢さないようにした。

だって、まだ異常だって認識出来たから。

呪いなんて無ければ良かったな。

魔界の遊園地に凪先輩と理久と俺で来たときにそう思った。

凪先輩と出会ったのは呪いがきっかけだったくせに、そんな事思うなんてなんだかおかしな話だけど。

だって、呪いが無かったら、俺がいるときに魔界に訪れる必要ないでしょう?

「僕、遊園地なんて初めて来た!三人で来れて嬉しいな」

そう言って嬉しそうに笑う凪先輩。

俺は、二人きりが良かったよ。

俺の国よりもとても楽しい遊園地。

楽しいけれど、どこか楽しくない。

複雑な気持ちでそんな事を思っていた。

帰り道、楽しかったね、なんて言う凪先輩に言う。

「ねぇ、凪先輩。ずっと俺の傍にいてくださいね」

「勿論だよ。急にどうしたの?」

そう言って笑う凪先輩。

二人きりの時、いつもこういって凪先輩と約束を交わした。

意味の無い誓いを、凪先輩の口から引き出している間が、一番安心した。

きっと、凪先輩は守ってくれるから。

それがわかっているから、安心できる。

俺の薄汚れたエゴを、凪先輩へ。

ドロドロの執着心を、言葉というラッピングで包んでさも無害そうに差し出して。

食べさせている瞬間が至福だった。

その時だけが安心できた。

それと同時に、俺の想いはきっと一生伝わらない気がした。

それでも良いかと思った。

凪先輩の傍にいれるなら、それで。

ある日理久が言った。

その日はいつも通り魔王城に訪れていた。

いつもならすぐに出てくる理久はその日に限っていなかった。

丁度、城のなかを歩いていた奏多に、理久を見たか聞いた。

「さぁ、俺は知らん。そういや雪や闇奈なら知ってるかも...。行ってみたらどうだ?」

そう言われて、凪先輩はわかったと言って俺を置いていってしまった。

「雪と闇奈って?」

「あぁ、美空は知らないか。この城に仕えている双子の吸血鬼で医療担当だ」

そういわれた。

この城には俺の知らない人がまだまだ沢山いるんだ、くらいに考えていた。

凪先輩の後を追いかけるのは止めておいた。

邪魔はしたくないから。

凪先輩は学ぶことや知ることが好きな一面がある。

だから呪いの解呪なんて言う面倒な事も楽しく学んでいる。

そういう所もあるから止められなかった。

いつも通りだと思っていたから、理久がいなかった理由なんて気にしていなかった。

それから時間がどれくらい流れていたんだろう。

奏多と一緒に訓練をしていた頃、理久が現れた。

糸の切れた人形のように、どこも見ていない瞳で。

いや、違う。

ぐるぐると絶望を煮込んだような瞳をしていた。

なんだか、狂ってしまったような瞳。

なんだかあの時と同じ感じがした。

俺の呪いを解呪しようsとした時のような。

「ね、美空。凪に見られちゃったから記憶消しちゃった。ごめんね」

どういう事なんだ、何があったんだ。

奏多はどうした、なんて理久に聞くけれど、理久は黙って。しか言わない。

奇妙な間が流れた。

俺は、どうしたら良いのかわからなかった。

ただ、理久の状況からも、イレギュラーな事態が起こった事だけが確かだった。


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