第30話魔法を解呪しようと

少し低い声。

城にいる兵隊達と同じような声。

たしか兵隊は成人している男性のみだったはずだから。

そうするとこの兵隊も大人なのかもしれない。

ふい、と顔を背ける。

迷子でもないし。

凪先輩以外に愛想を振り撒いてやるつもりはない。

なにかあるなら振り撒いても良いけど。

凪先輩の前でそんな自分を見せたくない。

ありゃ、と声を漏らす門番に凪先輩は苦笑してから、

「僕の連れだよ。悪い子じゃない。普段はもっと違うんだけど、初めて来たから混乱しているのかも。大丈夫だよ?」

そう言って俺の頭を撫でてくれるから、猫のようにすりよって求愛をしてみる。

えへへ、なんて笑ってみれば、ぎゅって抱き締めてくれる。

嬉しくて、顔が赤くされそうになる。

ふふ、と笑って顎を指先で擽られる。

擽ったくて、幸せで。

凪先輩からの甘やかしを存分に摂取して、幸せな気分だった。

そんな様子を見た門番は呆れたような溜め息を吐いて、

「はいはい、お幸せに」

とだけ言って通してくれた。

しっし、とこれ以上みたくはないと言いたげに。

「あーなんか熱いの見ちまったわー」

「ん...?どういう事?なんか熱いのあったの?」

首を傾げる凪先輩に早く行きましょう?と言って門を潜る。

余計な事なんて知らなくて良い。

そのまままっすぐ玉座へと進んでいく。

魔王に俺の解呪をお願いするのかな?

魔王と関わりがあるなんてビックリだけど。

凪先輩の行動なんて詳しくは知らないから。

そういうのがあってもおかしい話ではない。

「あ、理久!!久しぶり!」

そう言って笑顔で手を振る相手は、サイズが大きすぎてコートのようになっているパーカーを着た黒髪赤瞳の男だった。

楽しそうにかけてくる。

黒い髪に赤い瞳で元気そうな少年。

嬉しそうに走ってきて、微笑む。

目を細めると犬耳と犬の尻尾が見えそうなきがする。

なんだか威嚇したくなった。

少し殺気を出してみるけど、全く意に介さない様子だ。

「その子なの?明らかに勇者側の血を引いてんだけど」

少しげんなりしながら理久が言う。

すっと、僕から目を離してから凪先輩に目を会わせる。

「本当にこいつの解呪するの?ちょっとめんどくさいんだけど」

「お願い、理久...理久じゃないとだめなの」

凪先輩がお願い、というと仕方ないなぁ、と言って俺の手を握る。

「いい?今から君の呪いを解除してみるから動かないで。...凪のお願いだから今回仕方なくやるけど、本来魔王である僕が直々に解呪するなんてないんだからね?」

そのまま俺の瞳を見つめながら、なにかを唱える。

その瞬間、魔力が一気に理久に集束されていった

「人間の癖に僕の魔法が見られるなんてめちゃくちゃラッキーだね!」

辺りに風が巻き起こり、理久の目の色に青が混ざる。

足元には不気味な魔方陣が浮かび上がり、魔力がすべて集まっていく。

そんな理久の背後でガシャン、ガシャンと音を鳴らしながら鉄の処女が映っては消える。

まるで理久の魔力の象徴だと言いたげに。

血まみれになった鉄の処女がそこに鎮座しているのだ。

とにかく異様な空間だった。

まるでカルト宗教のような。

そんな空間。

変な汗が首筋を伝う。

怖い、なんて感情で覆われる。

自分より確実に力をもつ目の前の少年。

きっと、こいつの力で俺は簡単に死んでしまう。

今のままでは。

反射的に歌を歌おうと口を開く。

「だめ」

凪先輩がそう言って俺を後ろから抱き締める。

「大丈夫。理久は絶対に酷いことしないよ。もししたとしても、僕が守ってあげるから。だから、大人しくしてて」

そういった。

「そうだよ。大人しくしてくれないと僕の鉄の処女が君を殺しちゃうからさ」

そう理久も言う。

そうして、俺の解呪は行われた。

何かを探るように俺の瞳を見つめて、溜め息を吐く。

その瞬間、今まで溢れていた魔力は一気に霧散して消えた。

「僕には無理。魔族じゃ解呪出来ないようになってるみたい。これも勇者の力?めんどくさいね」

お手上げ、とでも言うように手を上へ挙げる。

あーあ、めんどくさい、なんて言ったあとに椅子に座る。

さっきまでの怖い雰囲気は一気に消えた。

まるで子供のように、凪先輩に一緒にお菓子食べよーなんていっている姿は本当に子供みたいだ。

「えーっと...あれって魔王、なんですよね...?」

「そうだよ。僕と同い年。美空からしたら一歳年上って感じかな」

そう言いながら凪先輩はどこかから取り出したお菓子を食べさせる。

羨ましいな。

俺もしてほしい。

「ところで理久。解呪できないってどういう事?」

「なんかねー、勇者側の血を引いている影響か、魔族の力を跳ね返してるんだよね。これが普通の子供だったらいいんだけど」

「...?つまり美空はなにか特殊な血を引いてるってこと?ただの平民っていってたけど」

「あー...うーんたぶんそうだね。平民でもそういうのたまにいるっぽいし」

「そんな...」

「どうしても解呪したいなら、凪が実力をつけちゃう方が早いかも」

そう言って、理久は凪先輩の頭を撫でる。

む、としながら口を膨らませた凪先輩は、

「無理難題押し付けないでよまったく...本当はめんどくさいからしたくないだけなんじゃないの?」

なんて言った。

それに対して、

「えー?そんな事ないし?」

なんてにしし、と笑う理久。

二人はすごく仲が良かった。

少なくとも俺の前ではそんな顔見せてくれない。

そんな風に笑ってくれない。

俺の前ではいつもあんなに大人びているのに。

そんな子供っぽい一面見たことない。

その様子をみながら、静かに嫉妬している自分がいた。

俺の知らない一面を知っている理久が嫌だった。

理久と言う存在それ自体がいやになりそうだった。

触らないで。

俺のだから。

そう叫んでしまいたいけど、そんな事を言って離れられる方が怖かった。

きっと俺の本音を聞いたら凪先輩は離れてしまうだろう。

だって凪先輩は俺の事そういう意味で好きな訳ではないから。

そんな事わかりきっているから。

だからあえて黙って睨んでおいた。

それくらいしか出来なかった。

なんだか負け犬のような惨めな気分だった。

そんな俺をみて、理久はやれやれと言ってから、

「あ、凪。ちょっと雪が呼んでたから行ってきてくれない?」

「うん、分かった。美空、一緒に...」

「あ、美空はここで待機。話したい事があるから」

凪先輩は一瞬え?なんて言ったけど、

「まぁいいからいいから。凪の嫌がる事はしないよ」

そういう理久に、そういうならと言って去っていった。

理久と二人きりになる。

気まずいから逃げたいな、なんて思っていた。

理久は俺に言う。

ニヤニヤしながら。

「ね、美空。凪の事好きなんでしょ」

「...、だったら、何?そんなのどうでも良いだろ。悪魔にとっては」

「それがどうでも良くないんだなぁ。僕も好きなんだもん」

そう言うと、椅子を二つ分出して言った。

「ね、今から話し合お?」

それに静かに頷いた。


気が立ったまま授業を受けた。

叫びたいような、暴れたいような、複雑な気持ちだった。

全部吹き飛ばしてしまいたい衝動に駆られるのを押さえつけていた。

自分のなかに生まれたどす黒い感情を飼い殺すのに必死だった。

どうして美空にあんな事言われなければいけないのかわからなかった。

「颯太?顔色が悪いですよ?」

アテネがそんな事を言う。

放っておいて、とでも言いたげに目を逸らす。

空き教室の中、僕以外誰もいない状況。

だから、僕がそんな奇怪な行動をしたとしても許される状況だった。

だって誰も見ていないから。

お前は良いよね。

こういう感情と無縁でさ。

人間の感情表現は複雑だ。

それは動物も同じか。

でも、言葉なんてものがある分人間の方がもっと複雑だ。

アテネは人間じゃない。

呪いだ。

むしろその性質は神に近い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る