第29話魔界へと行く

魔族と人間では、魔族の方が文明の進みは早いという話があったが、きっと本当だ。

だって、どこもかしこもお洒落で、色とりどりで、自由で。

こんなに楽しそうなんだから。

「さてと、それじゃあいきますか!色んな姿の子がいるけどみんな悪い子じゃないからさ。襲いかかったりしちゃだめだからね?」

確かに、色んな姿の魔物がいた。

それでも、分け隔てなく凪先輩は接する。

魔物達は俺の事をよそ者だから少し警戒をしているようだったけど。

凪先輩と同じように挨拶をしてみると、返してくれた。

そのまま凪先輩は話している。

相手はスライムのようだ。

「最近きれいな水が減っちゃってねぇ。人間達が大量に汚水を出すから探すのも大変で」

「そうなんだ。前に会ったときよりも少し色が増えてる気がするけど」

「そうなのよ!これはねぇ仕方ないからって汚水を取り込んでたらカラフルになっちゃったの!これが仲間のスライムにも大ウケで一代ブームになっちゃったのよねぇ!たまには良いこともあるもんよ。人間達もあたし達を狩るだけじゃなくて、もう少し歩み寄ってくれたら良いのにねぇ」

そう言って、俺の方を見て、

「あんたはどう思う?」

なんて聞かれた。

急なことでビックリしたけど、

「えーっと...俺もカラフルでお洒落だと思います!凪先輩もこういうカラフルな衣装似合うんじゃないですかね!」

なんて叫んでしまった。

すると、スライムは目を飛び出させたあとに体を震わせながら大笑いをした。

「はっはっは!!歩み寄ることについて聞いたってのにまぁ!もしかして凪の事好きなのかい?」

「そうですけど」

否定したくもないし、吃りたくないからはっきり答えた。

「なら、凪の事ちゃんと見ておやり。あの子は色々抱え込む子だから」

そう言って去っていった。

「えっと...とりま魔王城に向かおうか!」

なぜかこっちを見てくれない凪先輩を、後ろから抱き締める。

「ね...凪先輩。さっきの聞いてどう思いました?」

「どうって...、嬉しいって思ったよ。本当に」

顔を背けながら俺に言う。

耳が赤くなっている気がする。

「顔、見せてください」

「絶対赤くなっているからだめ。見せない。見せたくない」

少し意地悪かなと思ったけど。

前に回り込んで凪先輩の顔をみる。

すごく赤くなっていた。

「顔、赤くなってますね。すごく照れてる」

「...!言うな!馬鹿!」

そう言って俺を叩く。

けどいたくない。

少しだけ、ほんの少しだけ期待しても良いのかな、なんて思った。

魔王城へ行くよ、なんて言って凪先輩は俺に背を向けて歩く。

その背中を追いかけながら、ドキドキする胸を押さえていた。

魔王城へ行く理由は、魔王城には多くの呪いに関する知識が集まっているからだ。

だって、魔族の方が呪いに関する知識が深いから。

魔族のなかでは呪いなんて珍しいものじゃない。

昔から呪いと共存してきたからだ。

魔族の赤子は呪い持ちが生まれる事が多い。

その影響で、国の繁栄と共に呪いに対する対処法が産み出されてきた。

そもそも、魔族は人類に比べて遥かに進んだ文明を持っている。

だから、魔族と人間の争いに対して疑問を抱くものもいたりする。

そういう魔族は人間のもとへ説得しに行くようだが、今のところ成功していない。

どうやら、何度も訪れているようで、住民と親しげに言葉を交わしている。

とても楽しそうだった。

そんな凪先輩を眺めながら、あの王国よりもここの方が暮らしやすいのだろうと思った。

あの国では、凪先輩は獣のように扱われるだけだから。

気分によって可愛がられるならまだましだ。

あの扱いはどう考えても異常だ。

同じ人間に対する仕打ちとは思えない。

もしも二人でここで暮らせたら。

身分も全て捨てて。

ゆっくり暮らせたら。

あの王国からさよなら出来たら。

きっとそれは幸せで。

でも、俺の力じゃきっと無理だろうなと思った。

だって、俺の力は戦闘向きじゃない。

戦闘用の魔術だって、戦術だって沢山覚えた。

使えるようにだってした。

それでも、他の人には遠く及ばない。

精々一般の人間より少し高い程度で。

伝説の勇者のような強さには足りなすぎた。

普通の力なんてものでは凪先輩を完全に守りきれない。

そんな事はわかっていた。

だからできないとわかってしまった。

そりゃあ時間は沢山ある。

この間にずっと鍛練を続けていればいつかはなれるだろう。

でも、その間ずっと凪先輩が傷つく事になる。

父さんがいつまでじっとしているかもわからない。

いつ凪先輩を汚すのかも。

俺は、凪先輩に笑って欲しいと思っている。

蝶のように、花のように、心の底から丁寧に扱ってしまいたい。

なにも苦労して欲しくない。

隣で笑ってくれれば、他に何も要らないと思えるのだ。

それだけで幸せなんだ。

だけど、そのためにはどの方法も時間がかかりすぎて。

足りなくて。

手を焼いている隙に凪先輩はひどい目に会わされて。

そういう事を想像出来てしまうから。

どんなに苦労したって良いから。

凪先輩を救えるのならなんだって良い。

そう考えて一番最適なのは王座に立つことなのだ。

俺が王座を支配して、凪先輩の周囲を安全で暮らしやすくする。

それくらいしか考えられない。

そしてもしも凪先輩がどこかに行きたいなんて。

俺から離れたいなんて言ったそのときには。

この世の快楽と名のつくもの全てを俺の手で与えてしまうのだ。

そして、最後は俺抜きでは生きられなくなってしまえば良い。

気がつけば、そんな思考まみれていた。

いつだって俺はこんなドロドロの想いを抱えながら凪先輩の近くにいる。

だけど、そんな思考は汚くて、とても似合いそうに無いから、心の底に沈めておいた。

きれいな凪先輩にはこんな俺は似合わないから。

「迷ってしまうから、手を握っておこうか。ここから人混みが激しくなるから。人混みで酔ったりしたら教えてね?」

そんな事を微笑みながら言う。

ねぇ、凪先輩。

貴方が笑いかけている男は、あなたに対して普通じゃない異常なほどの愛情を抱いているんですよ。

そう素直に言えれば良いのに。

全部全部言えたら良いのに。

「はい、わかりました」

そう言って手を握る。

この温もりが消えることが怖くて口に出せない。

あぁ、苦しいな。

その際、指を絡ませた。

ん、と声を出して、強く握り返される。

この握りかたが世間では恋人繋ぎなんて呼ばれているのをきっと凪先輩は知らない。

知っていたら何かしら言うとおもうし、それでも握りかえすなら。

なんてあり得もしない妄想が頭を過る。

夢を見たって絶望するだけなのに、やめられない。

けど、そんな事を振りきり、凪先輩と肩を並べて歩く。

旗からみれば恋人同士に見えるように。

仲睦まじいカップルのように。

せめてもの抵抗だった。

子供みたいだな、なんて思ってしまった。

実際、俺は子供だった。

その手を必死に離さないようにしないと、死んでしまいそうな。

そんな子供だった。

連れ添って歩いて向かう先は魔王城。

美しい煉瓦で出来た城。

黒い煉瓦で作られたそこは禍々しい雰囲気を背負っていた。

門番は凪先輩に親しげに話しかける。

門番は外見は人間と変わらなかった。

二人でしばらくなにかを話している。

混ざる訳にもいかず、どうしようかと二人を見つめていた。

じっと見つめていると、

「そこの坊っちゃんはどうした?全く知らない子供だが、迷い子かい?」

と言われた。

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