第27話

アテネに教えてもらう時には、アテネと肉体を共有しなければいけない。

本来のアテネの体は、アテネ自身の魔力で作られたものだった。

しかし、呪いの解呪の影響で、その魔力は枯渇した。

だから今僕のなかに巣くって魔力を回復している。

そのため、僕の体を操って、動きを教える。

それを僕が真似る。

そういう風にして教わっていた。

体を動かす授業は好きだ。

色々と試せるから。

ただ、席に座って静かに話を聞くのは、なんだか退屈だった。

この時間を使って、もっと他の事をしたかった。

時間は有限だから。

今日はいつもより退屈な気がする。

どうしてだろう、と原因を考えても、思い当たらなかった。

そこで、さっきの事を思い出す。

そこでようやくわかった。

(焦ってるんだ、僕は)

先輩がアテネに興味を持った。

僕はアテネになると決めてしまった。

アテネになる、と言ってもその立場に甘んじるわけにはいかない。

アテネを越えてしまいたかった。

だから、僕は焦っている。

少しも時間を無駄にしたくないから。

そう思っていると終了のチャイムがなった。

教卓の上で話していた教師は、お、と声をだすと荷物を片付け始める。

「それでは次の授業も予習を忘れずに」

そう言い残して立ち去っていった。

昼休み。

授業が終わったから、とたんに騒がしくなる。

弁当を食べ始めるもの、会話を始めるもの、買い物に出掛けるものそれぞれだ。

午前の授業のみ必須科目のため、午後は自由出席となっている。

好きな授業を選択して、受講することが出来るシステムだ。

いつもなら、実践授業を選択して受けるけど。

授業選択をしようとした足を止める。

授業を受けるかはあとで決めようと思った。

先輩と一緒に食べようと思って、昼食の支度をする。

先輩の傍にいたいと思ったから。

昼休み終了間際に受けるか考えれば良い。

もしかしたら、先輩との間になにか起こるかもしれないし。

すると、突然肩を掴まれた。

あまりにも突然の事だったから、思わず転んでしまいそうだった。

振り返るとそこには、美空の顔があった。

なんだ、こいつか、みたいな顔をしてしまった。

それは相手もなんとなく察したようで、少し気まずい時間が流れた。

この時間を利用して逃げようとしたけれど、美空が口を開く方が早かった。

「一緒に昼食を食べに行かないか?」

「お断りします。僕にはこれから行くところがあるので」

急になんなんだよこいつ。

唐突すぎる美空の誘いを反射的に断る。

いや、関わりがあるならわかるけど。

急にご飯一緒に食べないか、なんて言われたら普通断る。

だって、怪しいし。

ついていって怪我とかさせられたら面倒だし。

美空だからそういう事はしないだろうけど。

他の兄弟が僕の事をいじめるのに対して、美空はなにもしなかった。

特に興味がない、とでも言いたげな態度だった。

その態度が少し苦手だった。

だって、美空が動けば、僕だって多少はましな境遇になっただろうから。

今さら美空にそのような恨み言を吐いたところでどうにもならないのは知っていたから。

だからその件に関しては口出ししていない。

少し前までは話す事すらしなかったのに。

全く関わりがなかったのに。

なんとなく昨日の一件が関係していることは気づいていた。

けれど、そんな事よりも。

先輩との時間が減ってしまうじゃないか。

僕にとってはそれが一番大事なのだ。

「良いだろ。...、塔の呪い子についての話があるんだ」

「は...?」

そう言った美空の顔が真剣だったので、少し話を聞いてみることにした。

それに先輩に関する事だったから。

美空が一体何を話したいのか気になったから。

美空が安心したような顔をして、人気の無い空き教室に入っていった。

僕も続いて一緒に入る事にした。

警戒心はちゃんとある。

あからさまに出すのは品がないから、すぐに魔法が発動できるようにしておいた。

扉を閉めると、美空が施錠する。

よっぽど他人に聞かれたくないんだろうな。

そう思った。

「凪先輩から手を引いて欲しい」

開口一番に美空がそう言った。

静かな空間にその声だけが響いた。

美空は冗談をいっているようではなかった。

だから余計にその事実だけが響いた。

あぁ、聞きたくなかったな。

こんな話なら、ついていかなければ良かった。

そう思った。

殴ってしまおうかと思ったけど、耐えた。

殴ったってなんにもならないことなんてわかっているから。

それよりも、どうしてそんな事を言うのかが気になった。

普段の美空ならこんなこと言わないから。

「...、どうしてですか?」

そう聞いても答えは返ってこない。

なんて答えれば良いのかわからないというような感じだった。

それに対してイラついてしまう。

どうしてすぐに答えてくれないの?

もしかしてとても言いづらい理由なの?

家名に傷がつくからだとか、そう言う理由なのか。

そういう、保身のための理由なのだろうか。

なんとなく、そんな気がする。

「黙ってないで、なにかいってくださいよ」

まだ答えは帰ってこない。

別に良いだろう。

そんなの。

そんな理由で止まれるほど、僕は温く生きてきたわけではない。

今までずっと不当な扱いを受けてきた。

僕自身が、僕の存在が家名に傷をつけていると言われた事さえある。

そんな僕が先輩と結ばれようがどうでも良いじゃないか。

それとも、僕が幸せになるのが嫌?

僕は幸せになろうとすることすら許されないの?

行き場のない怒りが僕のなかにぐるぐると回る。

息を吸って、勢いよく言う。

「僕は、先輩と結婚出来るなら。一緒にいられるのなら。王家から除名されたって構いません。一人でも生きていけるほど強くなりましたし。それくらいの覚悟を持ち合わせています」

そう言った。

本心からの言葉だ。

宣戦布告みたいだなと思った。

宣戦布告くらいしてやるよ、なんて思った。

全面戦争になったって構わない。

もとからそれくらい覚悟はできている。

ただ、隣に先輩がいればそれで良いよ。

そしたら僕の勝ちだ。

子供じみていようが、なんであろうが関係ない。

それだけで僕はいいのだから。

美空は目を見開いたあとに、羨ましそうにいった。

「...、俺も颯太みたいになれれば良いのにな」

美空がそう言った。

「うん、お前は良いよ。俺だってお前みたいになれたら良かった」

はは、なんて疲れたように笑って、僕の目を見ている。

その目は、とことん絶望を映しているように見えた。

もうなにもかもわかっているような、そんな瞳。

「そうやって望む事に全てを捧げられるなんて羨ましいよ。俺には出来ない生き方だ」

そう言って美空は笑う。

そりゃあ、お前にはできない生き方だろうな、なんて思う。

だって美空は王になるのだから。

僕みたいな憎まれものとは違うのだから。

僕のような生き方はできないだろう。

だって、僕らは生まれた瞬間に道が別れてしまったのだから。

「俺さ、お前の呪い羨ましいなって思ってた。だってさ、お前の呪い強いじゃん。俺みたいな支援特化型じゃなくて、攻撃特化型だから。出来たらお前の呪いと交換したいなって思ってたよ」

単純な戦力で見れば、僕の方が高いのは誰の目から見ても明白だった。

そりゃあ、僕のは攻撃特化型だし。

僕のデメリットは相当酷いから。

ハイリスクハイリターン。

僕のリスクは最高級のリスクだから。

その分リターンは高くなる。

そのお陰で僕は相当高いポテンシャルを得ることが出来た。

最悪の呪いがもつたったひとつの長所。

僕の呪いが羨ましい?

目の前の美空はそんな狂った事を言う。

正直何が羨ましいのかわからなかった。

だから最初は首をかしげた。

けど、徐々に怒りの方が大きくなっていった。

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